与えるのは、どちら

@SO3H

与えるのは、どちら

 1年生でソロパートに抜擢された俊才。それが私。隣で音を鳴らすだけでも必死な初心者。それが茅乃かやの

 頬を真っ赤に膨らませてマウスピースに息を吹き込む姿があまりに哀れで、特訓に付き合ってやった。整った音階が吹けるようになり、滑らかに曲が奏でられるようになり、無垢な瞳で「ありがとう」と茅乃は言う。それは母に褒められた子どものようでもあった。施しを受けた貧者はこんな顔をするんじゃないかなんて、下卑たことを思った。

 2年生になっても、教えるのは私。努力するのは茅乃。部活の後、休日、2人だけの時間。足掻く茅乃の髪は汗で肌に貼り付いていた。彼女は初めに比べれば随分と美しく、繊細に吹けるようになってきた。けれど私がより高らかに優美に手本を吹いて聞かせると、茅乃は晴れやかに拍手をする裏で、唇を噛み涙を溜めた。

 だから私は彼女に追い越されることなんて微塵も考えなかった。私が軽々飛び越えてきたものを彼女は泥臭く這って食らいついた。私は高みから微笑んで情けをかけている気分だった。

 きっと優越感に浸っていたからバチが当たったのね。いいえ。きっと、傲りだった。

 3年生最後のコンクールのパート。ソロを任されたのは私。ではなく、茅乃だった。顧問も部員も、彼女の懸命の努力への憐憫ではなく、その実力への敬意を持ってその座を渡した。血の滲むような練習が報われた瞬間、歓喜と充足感を噛み締める間もなく、彼女は私を見た。

 いつの間にその目をするのが、私から貴方に変わっているのよ。そんな、そんな痛ましいものを見る目を、私に向けないで。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

与えるのは、どちら @SO3H

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ