【一話完結】【オリジナル小説】unity

@kaikigensyo

第1話


 由美とジェシカは買い物に来ていた。4月から新生活が始まるのだ。昨日のことのように思い出せるたくさんの出来事を語り合いながら表参道を歩いていた。二人とも青春に終わりを告げようとしている。

「次、埼玉だっけ?」

お気に入りのイヤリングを揺らしながら由美が聞いた。

「ううん、神奈川だよ。横浜にオフィスがあるの。由美は?」

ジェシカは、慣れないレギンスにウキウキしながら歩いている。

「あたしは、地元かなあ、お父さんとお母さんのお手伝いしなきゃ。」

「えー、えらいね。お父さんとお母さんは、たしか居酒屋やってるんだっけ?」

「いや、小さな港町だから、お父さんが釣ってきたものを、お母さんが捌いての繰り返しかな。居酒屋っていうより、流れ作業?みたいなもん。」

ジェシカには、「流れ作業」という意味があまりわからなかった。スマホを取り出し、メモを開き「流れ作業」という言葉を追加した。すぐに検索し、意味を調べた。せっせと親指を動かし、言葉の引き出しを豊かにしていく。彼女はアメリカから家族で日本に来てまだ5年目だ。知らない日本語を耳にすることもしばしばある。この作業は彼女にとって、食事のように繰り返されている。

由美はキラキラした店の軒並に、素早く目を走らせていた。

「ねえねえ、このお店見てもいい?」

由美が尋ねる頃には、ジェシカの「入力」は済んでいた。

「いいよ。入ろっか。」

二人は店のBGMとともに扉の中に消えていった。



「忘れてないよな。」

「まて、もうすこし。」

―今日は広い地域で夕方から雨になるでしょう―

ブラウン管の中で、アナウンサーが喋っている言葉は二人の男の耳には聞こえていない。

男たちは、昔から悪ガキとして有名だった。しかし今では、ただの住所不定無職でしかない。

「お前、絶対だな」

小柄な男がしかりつけるように確かめていた。

「ああ、まちがいねえ。おいらが覚えてるってことは絶対だ。」

この図体のでかい方の男は噛みしめるかのようにゆっくりと話した。

「しっかりと覚えてる。おいらが見た夢でこんなのは初めてだが、はっきりと覚えてる。」

「長年の付き合いだから、もう疑いたくねえけどよ、まさかそんな夢見るとは思わねえからよ。お前が見た夢を覚えてるときは、絶対に全部本当になっちまうんだよな。」

「おい、信じられねえのか。そりゃいつもはもっとつまんねえもんだったよ。このまえは醤油ラーメン頼んだらチャーハンが3人前サービスしてくれる店員の夢だったけどさ。」

男は、少し見上げながら唾を飲み込んでいる。

「ありゃ、最高だったな。並んでまで待った甲斐があったぜ。でもいつもは、もやしの特売日を変えたスーパーの店長とか、ゴミ箱に財布を捨てる婆さんとかを見せてくれる程度のたいしたことねえもんばっかだったじゃねえか。」

男は立ち上がりながら続ける。

「ま、それのおかげで今までギリギリ食ってこれたってとこはあるがな」

ニヤニヤしながら話す男の顔つきが変わった。

「本当に今日だな?」

「今日だ。間違いない。」

「持ったか?」

「ああ。いつでもばっちりさ。」

二人の男たちは、黒い帽子を手に取り、歩き出した―



「これ、ちょーかわいい!」

痩せているジェシカには大きすぎる服を着たキャラクターが画面の中で踊っていた。

「みて!由美!」

しかし由美は近くにいなかった。どうやら、違うフロアに当たりの台を見に行ったようだ。

「んー、どうしよっかな…。」

ジェシカは画面の前で右手を顔にあて、やがてハンドルから手を離した。

「学生気分は、もう終わりにしなきゃだよねえ…」

そうつぶやくと、一玉4円のパチンコ台を求めて、またゆっくりと向こう側を眺め始めた。

その時だった。

突然、女性たちの叫び声が聞こえてきた。

ジェシカは、何もわからなかったが、店を出るために走り出した。恐怖という感情だけは、彼女の脳に直接飛び込んできたからだ。

銃声が鳴り響いた。

叫び声を上げようとしたジェシカの口は何者かによって塞がれていた。言葉にならない声をあげながら、すでにこめかみには金属の冷たさが伝わったいた。

「おいらの言うことを聞け!でなきゃこいつの命はねえからな!」

男は、夢で見た通りに一つひとつの行動を、順番になぞっている。人質となったジェシカに銃口をぶつけながら叫んでいた。

すぐに、店から人はいなくなっていっていた。ジェシカはしばられ動くことができずにいた。金の詰まったカバンを担ぎ、もう1人の男は満足げだ。

「ずらかるぜ。」

そろそろ警察が来てもおかしくないのに、なぜか来ない。どうやら、近くの別の場所で、凶悪事件が起き、出払ってしまっているらしい。男たちは逃げ出す準備をしている。ジェシカにはもう逃げ出せるような体力は残っていなかった。その時、由美の姿が目に留まった。

「由美!」

由美は静かにこちらを振り向いた。

「由美!由美!助けて!」

由美は、笑顔だった。

「誰?あなた。」

ジェシカは、全てを思い出した。由美はつい30分前に駅前で声をかけてきただけなのだ。お互いに年齢も大学も知らない。ましてや、出身や就職先なんて知る由もないのだ。お買い物に付き合ってほしいといわれ、予定のなかったジェシカは優しそうな由美の笑顔についてきてしまったのだ。

男たちは、ジェシカに銃口を向け、

「じゃあな」

銃声が響き渡った。



ここまで、男の夢で見た通りであった。襲う店や逃げ出す客ども、人質の殺すタイミングまでばっちりなのだ。大金を抱えながら男たちはハイタッチを繰り返した。

「やっぱり、全部お前の言うとおりだったな!」

「まさか、人質が見捨てられる展開までも予定通りだとは、思わなかったぜ」

大喜びの男たちに突然真っ黒な布がかぶせられた。



「最近はどう?」

「元気にやってるよ。お母さんは?」

「んー最近は、あまり仕入れ先とうまくいってないわね」

「お父さんは、うまくやってる?」

「そろそろ帰ってくるから聞いてみたら?」

何か複雑な機械音が聞こえる。

「由美ぃ!久しぶりじゃないか。でかくなったな!どうだ?来月から働けそうか?」

「もう、お父さんったら仕事の話ばっかり…」

「お!こんな大物釣りあげてきたのか!こりゃもう明日から、由美にバリバリ働いてもらえるな!」

袋に包まれた男たちの頭上には大型のギロチンが用意されていた。

「それではこちらを、さばいていくっ」

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