第10話

「あのですね、あれから何年経っていると思っているんです? 四年ですよ、四年。私、世間知らずではありましたが勇者であるあなたに婚約者がいることは知っていましたので。……とっくに結婚してると思ってましたし、とっくに子供ができていると思っていたので……とうの昔に諦めがついています、失恋の傷はとっくの昔にふさがっているんです。淡い初恋の記憶はすでに色褪せているんです。お分かりですか?」

「う、うん……」

 もうすでに結婚したんだろうか、子供とかもできているのだろうかと思いながら涙すら流す事ができずに頭を掻きむしったのは、随分と昔の話になる。

 最初の一年は辛かった、二年目は時々ヤケになりそうになったけど、すっかり落ち着いて。

 三年目では懐かしい思い出となり多少美化されて、四年目の今はもう、すっかり色褪せた。

「正直言って、混乱はしています。とっくに死んだと思っていた恋しい人が突然現れたのですもの。……取り戻したいという思いが全くないわけでもありません……ですがもう、今更です。何もかもが手遅れで、遅すぎたんです」

 例えば二年前くらいだったらまだあの人を取り戻そうと躍起になったかもしれないけど、今はもうそういう気はほとんど起きない。

 いてくれたら嬉しいけど、どうしたって混乱と違和感が勝るし、勇者を取り戻そうとするであろう多くの人間と敵対する気力も勇気も知恵も技量もない。

「……それなら、何故あんな事を」

「ですから、ただの冗談です……呑気なあなたに対する警告でもあり、意趣返しです。あなたとあなたの周囲の人間にとってあの人はただの厄介者で消えてほしい存在でしかないのでしょうけど……その逆だって存在してるんですから……簡単にあの人の存在を漏らすのはどうかと思ったので」

「……逆、って」

「私はもちろんですが……例えば、魔族の生き残り、とか」

 そう言うと、勇者は目を見開いた。

「あの人が自分勝手で横暴で我儘で他人の言う事を簡単には聞かない問題のある方というのは周知のことですが……それでもかつて魔王軍の一員として多くの人間の英雄を屠った彼を求める者や利用したい者は少なからず存在しているのでしょう」

「………………確かに、そうかもしれないな」

 小難しいことを考えるような顔で、勇者は小さく唸るようにそう言った。

 こんな発想、少し考えればすぐにでてくるだろうに。

「あなたに何があっても別に構いやしませんが……ディアンさんが何かに利用されるのは個人的にはすごく嫌なので、今後は注意してください」

「わかった……。それで……意趣返しというのは?」

 それはわざわざ説明しなければわからないだろうかと思いつつ、一応説明することにした。

「そりゃですね、好きな人を消したいと……殺したいと何度も言われれば腹が立つに決まってるじゃないですか。殴ったって大した傷にならないのは明白だったので、なら少し脅してビビらせる事が出来たら……多少は気が晴れるかと思って」

 それだけですよ、と笑うと勇者は顔を引きつらせて、小さな声ですまない、と謝ってきた。


 話は大方終わった。

 互いに聞きたいことも聞き切ったし、言いたいことも言い切っただろう。

 ならば、もうこれ以上の話し合いは不要だろう。

「さてと、私はもう言いたいことも聞きたいこともありませんが。他に何かあります?」

「……いや、ない」

「そうですか。それではおかえりくださいな。この家から離れれば自然とこの森の入り口付近にたどり着くので、ご安心を」

 ドアまで歩み寄って、開け放つ。

 強い風が部屋に舞い込んできた。

「…………ああ。改めて、礼と謝罪を。疑ってしまってすまなかった、それから……色々とありがとう」

「……別にいいですよ、そういうの。それでは、できれば永遠にさようなら」

「…………ああ、さようなら」

 去っていく勇者の背を見送ってから、ドアを閉じてしっかりと施錠する。

 大きく溜息をついた後、その辺に寝転がって、天井を見上げて、目を閉じる。

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ほしい物リストに『使い魔』をぶち込んでみたら洗濯済みの勇者が送りつけられてきた件 朝霧 @asagiri

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