最終話 「2人の記憶が戻るとき」

「お母さん、じゃあ行って来るよ」

里中恭介、大学に通う20歳の青年である。


夏休みを利用して単独のツーリングに出掛ける為に車庫から大型バイクを出すと見送る母親に声を掛けた。


「事故には十分、気を付けてね!」

この計画に最初は反対だった母も父親の口添えもあり、今は快く手を振りながら笑顔で見送ってくれた。


優しく理解ある両親に育てられ大病を患うことも無く、元気で明るい青年に育った彼は何かの衝動に駆り立てられる感じで今回の旅行を計画するに至った。


物心ついた頃から誰かを探しているように落ち着きが無かったそうだが、今でもそれは変わらない・・・

自分でも誰を探しているのか、わからないがとても大切な人を忘れているような申し訳なさをずっと持ち続けていた。


市街地の渋滞ではエンジンからの熱気でさすがに暑かったが渋滞を抜けて海岸通りに出ると夏の海風が気持ち良い!


一度、給油を済ませた俺はすでに県境を越えていたが太陽も西の空に傾き始め綺麗な夕焼けを映し出している。


俺は何かに導かれるようにオフィス街の大通りを抜けた小さな公園の前でバイクを止めた・・・

初めて訪れた場所なのにとても懐かしい気がしていた。



彼女の名前は長谷川蛍、20歳の会社員である。


平凡なサラリーマンの家庭に生まれ、平穏な日常を過ごして来たが中学に入る頃から同じ夢をみるようになった。


夢の中で彼女は同じ青年と同じ場所で会うのだが、彼の姿を見ることが出来なかった。


何か楽しそうに2人で話しているが声も聴こえない・・・

彼女にとって夢の中でしか会えない彼の存在は次第に彼女の心の中で大きくなって行った!

高校に入学し、寄り道した帰りの途中でその公園をみつけた彼女は夢の中と同じ光景に自分の目を疑った。


公園の敷地内に入るとコンクリート製のベンチに腰掛けてみて周囲をぐるりと見渡した・・・

やはりここに間違いない!

ここで待てば彼に会えるかも知れない・・・?

そう思った彼女の瞳から大粒の涙が溢れ出した。


蛍は夢でしか会ったことが無い彼に恋していたのだった!


「恭介・・・」

いつの間にか思い出していた彼の名前を呟く

あの日から機会あるごとにこの公園を訪れていた。


今年で20歳になった彼女は所々ではあるが霊界で体験した日々を大王のお節介で思い出していた!

自分でも信じられないような内容なので誰にも話していないが、恭介のことは両親に話していた。


夢でみた男性を自分が生涯を共に生きる相手だと言った娘に対して何と答えればいいのかもわからず、呆気にとられる父親を笑った母は彼女の頭を優しく撫でながら

「きっとその願いは叶うわよ」

そう言った後で父には諦めなさいと釘を刺した。


今日は近くに用事があり、夕方になってからこの公園に来たが遊具も無いここは相変わらず静かだ・・・


そんな静寂の中、バイク音が鳴り響くとすぐに止まった。



エンジンを切った俺はヘルメットを外そうとしていた時に眠っていた記憶を

垣間見た気がした!


「蛍・・・そう、俺が探していたのは蛍だ!」

周囲を見回しながらここが彼女と2人で誓い合った場所だということを完全に思い出していた俺は脱いだヘルメットをバイクに掛けてゆっくりと歩き出す・・・

薄いピンクのワンピースを着た女性がベンチに座りながら西に広がる夕焼け空をのんびりとした感じで眺めていた。


俺にはそれが誰であるか、わかっていた。


「ちょっと大人になって綺麗になったようだな?」

「俺って鈍いから記憶が戻るのが遅くなってしまったみたいだ」

照れ臭そうに言った俺を見上げた蛍は

「随分、若くなって男前になっちゃったみたいだけどそなたの隣りに私が居られる場所はちゃんと残してあるの?」

冗談交じりで言い返して笑ったがすでに泣き顔である。


「永遠を誓い合った仲なんだから当然じゃないか」

「ずっと待っていてくれたんだね?」

「迎えに来たよ、蛍・・・」

もっと何か言うつもりだったが嬉しくて言葉が途切れてしまった・・・


俺の胸に彼女は泣きながら飛び込んで、遅いとかバカ野郎と叩きながら散々に文句を言っている・・・

「わかってる、お前の言いたいことは全部わかってる」

「俺はお前を愛してるから全部わかるんだ!」

そう言った俺は彼女を力強く抱き締めながらキスをした。


人間として生まれ変わった恭介と蛍はこの後の人生を一緒に暮らしながら幸せに過ごした!

子供にも恵まれて優しい父親と優しい母親になり、やがては優しいお爺ちゃん、優しいお婆ちゃんとしてこの世を去った。


恐ろしい鬼の姿であるにも関わらず愛された蛍と人間に戻らず彼女を愛し続ける道を選んだ恭介の不器用な2人に地獄の閻魔大王も力を貸さずにはいられなかったのでしょう?


今でも2人は永遠の世界で仲良く暮らし続けています。


幸せは気づかないだけで、そこら中にたくさんの小さな幸せが落ちているのかも知れません・・・



「完」

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「終わり無き世界できみ想う」 新豊鐵/貨物船 @shinhoutetu

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