エピローグ

エピローグ

 システム回復後、千世さんの自治官任命承認が執り行われた。

 ただし、システム復旧までにちょっと長くかかったため、その間に色々と事情がねじれ、一旦は十三番艇の五席に任命されたものの、五分後には別の艦の自治官に異動することとなった。

「七番艇一席――まった気苦労の多そうな席ですなあ」

「仕方ないだろ。水のことをまともにやれるのはお前しかいないんだから」

「ほまれ一席が自分でおやりになればいいのでは?」

 七番艇の自治官舎を片付けながら、他愛のない会話が続く。

 千世さんは現在七番艇唯一の自治官だ。一席と言いながら、実際は全ての席を兼ねることになる。

 移住者のいきなりの就任には当然反発もあった。

 でも、あれだけ焼け野原のようになった七番艇。一人はいるだろうという風潮にゴリ押しの十三番艇一席太鼓判で、なんとか収まった形。

 ちなみに、水を巡る七番艇の一連の騒動はやはり全面的に政府のせいだった。失踪扱いになっている二人の自治官については摩耶市内で匿われており、折を見てこちらへ帰ってくる予定になっている。

「それにしても、千世さんってちゃんとしたらちゃんと見えるんですね」

「どういう意味だ?」

「櫻紗、似合ってます。あの変なチャックシャツ、似合わないです」

「あー、あれね。あれも演出だから。普段あんなにダサくないからね」

「あと髪型もそっちの方がいいです」

「おでこ出してる方がいいってこと?」

「そうです」

「じゃあこれ継続で。眼鏡は?」

「ない方がいいです」

「はいよ」

 ほまれ一席から就任祝いにもらったという藍色の櫻紗は、とてもよく似合っていた。

 人間、衣装が変われば違って見えるものだなあと感心する。

「ところで、補佐官はどうする? 要する適性を記入して求人を出せば希望者が手を挙げてくれるけど、やるか?」

 ほまれ一席の提案に、千世さんは少しだけ悩んで。

「あー、個別に声をかけるのは駄目なのか?」

「構わないけど……お前そんな人脈ないだろ?」

「いや、そういうことじゃなくて」

 千世さんは不意に私を見たかと思うと、手首を掴んで引っ張った。

「なっ……?」

「明日海をくれ」

 あまりのことに、理解が追い付かない。

 そんなこと言う人、今まで鴎六席くらいしかいなかった。

「お前、それはいくらなんでも」

「引き抜きは駄目なのか?」

「そうじゃないけどだなあ」

「だって俺、自治官初心者だよ? このくらいサービスしてくれてもいいんじゃないの」

「うーん……明日海」

「はい」

「この際、あんたの意志を尊重するよ。どっちにつく?」

 少しだけ、千世さんの力が強くなった。

 私の手首を握る左手には、長弓親方の装具が嵌まっている。

 ほんの数秒考えて、決めた。

「……自分の可能性を試してみようと思います」

 ほまれ一席のところでは色々なことを学んだ。

 でも千世さんは外のことを持ち込んで教えてくれる。得られるものは得ておきたい。

 それに、この人の力になりたいと思わせるだけの強さがあるから。

「分かった。手、出しな」

 拳を合わせれば艦環が紅色に光る。ほまれ一席の色。見納めだ。

「契約解除宣言。十三番艇自治官第一席櫻河ほまれ付補佐官紫明日海、現時刻をもってその任を解く」

《十三番艇自治官第一席 櫻河ほまれ 補佐官 紫明日海 契約解除申請》

《承認しました》

 そのまま、今度は千世さんと拳を合わせた。

「契約締結宣言。七番艇自治官第一席千世織路付補佐官に、紫明日海を任命する」

《七番艇自治官第一席 千世織路 補佐官 紫明日海 契約締結申請》

《意志確認 紫明日海 契約締結に同意しますか?》

「謹んで拝命いたします」

《要件充足 契約締結承認》

《各種権限情報を更新します しばらくお待ちください》

 新しい色は、深い藍色。海の色だ。

「さてと。優秀な右腕を捥がれてしまったから、代わりを探さなきゃならん」

 大きく伸びをすれば、櫻紗の袖が捲れて二の腕まで露わになる。こらこらと言いたくなるけど、我慢。我慢。

「ほまれ一席、今までありがとうございました」

「ん。こっちこそありがとね。……千世があんまり駄目だったら、いつでも戻ってきていいからね」

「聞こえてるぞ、ほまれ」

「聞こえるように言ったからな。明日海を泣かせたら許さないから」

 言い置いて、ほまれ一席は官舎を出ていった。

「改めまして、よろしくお願いします、千世さん」

「よろしく。ところで、さっきから気になってるんだけどさ、俺のことは一席って呼んでくれないの?」

「あ、すみません。ずっと千世さんって呼んでたんで、つい。千世一席、ですね」

「いや、ほら、ほまれみたいにさ、呼んでよ」

 ほまれ一席の呼び方を思い出す。でもあの人は基本呼び捨てだ。

 いくらなんでもそれは違うし、と考えて、思い違いに気づく。

「分かりました、織路一席」

「うん。よろしく」

 ものすごく満足そうな顔。

 私のことも気づいたら呼び捨てだし、本当は人懐っこい人なんだろうな。

「よーし、巡回でも行くか」

「はい。あ、ルート調べますから、少し待っててください」

 七番艇の全艦巡回ルートなんて知らないから、と艦環で調べかけて止められた。

「いいよ。適当に回ろう。そういう前例踏襲はよくない」

「でも」

「いいの。行くぞ、明日海」

 灰色の装具をつけた左手が、私の手首を引く。

 官舎の外は晴天で、波が太陽を受けて煌めく。

 向かいの艦の腹のところ、櫻河の桜のマークが海に照らされ輝いていた。


9月18日 七番艇事務分掌変更通達

変更事由:七番艇自治官空席解消のため

・六・八・十三各艦艇にて取り扱っていた各事務については戻すこととする

・七番艇自治官各席は当分の間一席が代行することとする

以上

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海照りの桜 櫻河艦艇群へようこそ 姫神 雛稀 @Hmgm

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