第4話
「ドア叩く音ってスタッフさんが叩いていたんですか…?」
木村が尋ねた。
彼女の顔は疲れ切っている。小林を除く参加者全員がそうだった。
撮影スタッフたちが姿を現した時、最初は全員状況を呑み込めなかった。今は少しずつ落ち着きを見せた。
「ええ。タイミングを見計らってこっそり待機していたスタッフが叩いていたんです。」
地元のおじさん―わかばテレビのディレクターの高井亮平が答えた。
「ちなみに鍵が壊れる音は録音です。僕のポケットにスイッチが入っていて胸を押さえるふりをしてスイッチを押したんです。」
スタッフの中で一番の仕掛け人―小林は声を弾ませた。
「いろいろと大変でしたよ。ドアにカギをかけるのもドアの前で先頭に立つのも僕でないといけないので。」
「そして、その後で幽霊の登場‼」
高井が幽霊役の女性スッタフをちらりと見た。女性は笑いながらお茶目に手をたらして幽霊らしいポーズを取った。
「ラップ音は…?」
伊藤はまだ息が落ち着かない様子で聞いた。
「古い建物ですからね。丁度いいタイミングで軋みました。下見の時も何度か軋む音が鳴って『こりゃいいな』と思って、すぐにここだと決めました。心霊物のドッキリにはピッタリでしょ。ねっ‼裏口に花を置いたら雰囲気がますます出ていい感じに…。そして
高井は意気揚々と答えるが参加者からしたらふざけるなという感じであった。
高井の横で小林が参加者全員を見つめて言った。
「何はともあれお疲れさまでした。木村眞子さん。伊藤龍太さん。岩瀬友美さん。皆さん三人のおかげでいい映像が取れました。」
翌日
何も知らずに参加してしまった三人には思う存分森林浴を楽しんでもらいロケ隊と共に帰ることになった。
「しかし…いい具合に建物が軋みましたね。皆さんラップ音って騒いでました。」
小林は車に乗り込む木村、伊藤、岩瀬を見て言った。
小林の運転してきた車とロケバスが停まっている。ロケバスは撮影中に三人にばれないように山小屋から離れた所で停められていた。三人は来た時と同じ車に同じ座席に座った。
「本当…本物の曰く付きの山小屋でドッキリなんて中々無いでしょう。」
「えっ…‼」
平然と話す高井に小林は仰天して低音ボイスを腹の奥底から出した。
「曰くって…本物の曰くですか…」
「ああ、何でも10年前に学生サークルがこの山に遊びにきたらしいけど、その中で女子大生が一人はぐれてしまって行方不明になったとか。」
「…どうなったんですか…その後?」
「地元の警察や消防が探そうとしたが、あいにく天気が悪くて山に入れなかったんだ。そして捜索が始まった時、山小屋で女子大生が倒れているのが発見されたんだ。空腹の中、山をさまよい続けたみたいでね…やっと見つけた山小屋の裏口から中に入った。足跡が裏口に残ってたらしいよ。そして廊下を歩き食堂に辿り着いた所で息絶えた…。もしかしたら、あれは本物のラップ音だったりして…。」
高井をわざと暗く低めに淡々と語った。小林は青ざめて体を震わす。声が途切れ途切れになる。
「大丈夫なんですか…?そういう所で撮影したりして…」
「大丈夫‼大丈夫‼何にも出なかったし。それにその女子大生もとっくに成仏してるはずでしょう。久保田梨奈さんって名前なんだけどね。」
静かな森林の中、高井の笑い声が響いた。
小林はブルっと震わせ逃げ去るように車に向かった。高井もロケバスまで静かに歩いて行った。
軽自動車とロケバスが段々と小さくなっていく。
梨奈はその様子を山小屋の窓から見つめていた。
「最後まで誰も私の事…気づいてくれなかったなあ…」
梨奈は寂しく溜め息をもらした。
山小屋で一人息絶えると警察と消防が駆け付けたが彼女の遺体を回収すると用が無くなり現れなくなった。
マスコミや面白半分でやって来た若者たちがやって来ることもあったが彼らもすぐに去ってしまった。
今回の参加者とロケ隊も撮影を終えて帰ってく。二度とここには来ないだろう。
小屋の中で誰かが話してたら口を挟み、誰かが移動したら後をつけたりしたが誰一人として彼女の存在に気づく者はいなかった。
返事をされることも声を掛けられることも無かった。
「ラップ音出しちゃった時は怖がらせちゃったって思ったけど、まさかその後で幽霊騒動を起こして皆を怖がらせようとする人が出てくるなんて…それにしても俳優の吉村さん亡くなっていたんだ。ショック…私死んでから結構年月経っているから何も知らなかった…」
梨奈は天井を見上げる。
パーン
破裂する音が響く。だが驚く者は今は一人もいない。
「久しぶりに人がたくさん来てくれて賑やかだったなあ…」
梨奈は呟いた。
だが、その言葉に返事をしてくれるような誰かさんは山小屋にはいない。
山小屋に誰かさんがいる 桐生文香 @kiryuhumi
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