可愛い琴音の化けの皮

@yukinohu-ta

第1話 理想の女の子

「佐原さーん。加地君が呼んでるよー」

教室の扉の前で、クラスメイトが私を手招きして呼んでいる。

加地君……心当たりが無い名前だ。

「んー、何の用事だろう?」

一緒に喋っていた友人、優香と朱音に聞くと、二人は揃ってニマニマ笑っている。

「そりゃあ、アレでしょ」

「さすが琴ちゃん、今月で3人目じゃん。やるねー」

それを聞いて、私は顔を赤くし、わたわたと手を振る。

「ち、違うって、そういうのじゃないよっ」

「いいや、絶対そうだって。加地君、琴音のこと可愛いって言ってたし」

「琴ちゃんのこと、見かける度に目で追ってたしねー」

それを聞いて、私は目を丸くする。

「そうなの?全然気付かなかった……」

そういうと、優香は呆れたような顔をする。

「琴音、あんたってモテるくせに超鈍感だよね」

「ちっちっち。琴ちゃんはそういう純粋なところがいいんだよー」

人差し指を振りながら、朱音が得意げに言う。

「佐原さんー」

「ほら、早く行ってあげなよ」

「わわっ」

二人に背中を押されて、しぶしぶ教室の外に行く。

呼んでくれたクラスメイトにお礼を言って、前を見る。

そこには、見覚えがあるような、無いようなといった感じの男の子がいた。

ええと、そうだ。同じ委員会の子だったよね、確か。

「こんにちは、加地君。私に何か用事?」

「……ここじゃ、ちょっと。場所を変えてもいいですか?」

「うん、分かった」

そして、私たちは人気のない場所へ移動した。



琴音を見送った後も、優香と朱音の話は続く。

「琴音は本当におモテになるなー」

「そりゃそうでしょ。あんなに可愛くて性格もいい子、絶滅危惧種といっても過言ではない」

「おまけに女子力もあって、成績も優秀な学級委員。非の打ちどころがないってやつね。世の中にはああいう人間もいるんだって、しみじみ思ったよ」

「見て、男子の顔。可哀そうに、こわばっちゃってる」

「加地は結構女子に人気あるから心配なんでしょう。でも急だね、あの感じだともう少しウジウジするかと思ってた」

「新藤君が競争に参加する前に、モノにしたかったんでしょうね」

「彼が出てきたら、勝ち目ないよなあ。ちょっとだけ男子に同情するわ」

「あら、優香も新藤君お気に入り?」

「別にそんなんじゃないけどさー」


雑談して、5分くらいが経った頃、琴音が教室に戻ってきた。

「おっ、おかえり琴ちゃん。で、どうだったの?」

「えっと、その、恋愛に興味無いからって……」

申し訳なさそうに琴音の声が尻すぼみになる。

「駄目だったかー、加地、無念!」

優香が芝居がかった調子で項垂れる。

すると、クラスのどこか張りつめていた空気が緩んだ。

あからさまに嬉しがっている男子もいる。

「ちょ、ちょっと大きな声で言わないでよ」

「大丈夫だって。加地の性格的に、変に気を使われる方が辛いでしょ」

「そういうものなの…?」

「あたし去年同じクラスだったから、あいつのことはなんとなく分かる。すぐに立ち直るよ」

「琴ちゃんは優しいねー」

朱音がいいこーと、琴音の頭を撫でる。

「もう、朱音ちゃんってば、すぐに私の頭撫でるんだからー」

「ごめんねー、琴ちゃんの頭気持ちよくてつい」

琴音が抗議しても、撫でる手は止まらない。

「お二人さん、じゃれあうのは結構だけど、そろそろ5限始まるぜ」

ちょいちょい、と優香が時計を指さす。次の授業まで残り2分ほどだった。

「ああ残念。続きはまた後でねー」

名残惜しそうに、朱音が琴音のそばを離れる。

「だから、気にしないでいいよ琴音」

そう言って、優香も自分の席へと戻っていった。

琴音はもともと自分の席に座っていたので、移動する必要は無い。

周りに悟られないように、琴音は小さくため息をつく。

優香に気遣わせてしまったな。実際私は何も気にしちゃいないのに。

最近、やけに告白の回数が増えたわ。なんなのよ一体。

私の可愛さにさらに磨きがかかったから?いや、それだけじゃないわ。

新藤幸人。こいつが私と一緒に学級委員になってから、クラス全体がなんか変なのよ。

まあ、大体検討はつくけどね。

男子からチヤホヤされ放題の私と、女子から黄色い声を浴びせられている新藤。

そんな二人が学級委員になっちゃって、皆焦っているんだ。

学級委員は仕事が多いし、二人で行動することが多くなる。

『その間にとられたらどうしよう』って。

相手が相手、勝ち目が無いからね。

まあ、この人ならいいかって温かく見守る人達もいるみたいだけど。

余計なお世話なのよ。

私は新藤なんかなんとも思ってないわ。

惚れられたって、迷惑なだけ。

私が一番好きなのは、私なんだから!


教師が教室に入ってくる。

琴音は号令をかけ、授業に集中する。



私には理想の女の子像がある。

小さくて、華奢で、守ってあげたくなるような可愛い可愛い女の子。

男子からも女子からもモテて、先生からの評価も高い。

そんな女の子になるために、ずっと血のにじむ努力をしてきた。

毎日5時に起きてストレッチからのランニング。

終わったらシャワーをあびて入念にボディクリームを塗りこむ。

理想の体型を維持するために、メジャーで体の測定をするのも忘れない。

ニキビができやすいから、食生活は専用のノートで徹底的に管理。

ヘアアレンジもすっごく練習して、常に完璧なヘアスタイルを保っている。

どんなに遅くても10時までに寝るようにしている。

性格はさすがに変えられないから、普段は『清楚でおしとやかな琴音ちゃん』を演じているの。

まだまだいろんなことをやっているけど、書ききれないからまた今度。

これを全部やるのは面倒くさそうって思う人がいるかもしれないけど、私は平気だった。

だって、鏡を見る度に自分の理想像がそこにいて、人に会う度に外見、内面を褒められるのよ。

皆が私に一目も二目も置いてて、どこに行っても大事にされる。

高校入学の時なんかそれはすごかったんだから。

隣のクラスだけでなく、上級生まで私のことを見に来て、連絡先教えてくださいって列作んの。

面白くて仕方なかった。

私はそんな自分が好きで好きで仕方ない。

『理想の女の子』はちょっと疲れることもあるけどねっ。

小学生の時からこうだから、もう手慣れたもんよ。

あなたはこれを聞いて、私のことをナルシストだとか言うのかもしれないけど、こんなことを考えているなんて誰も気づかない。

私の演技は完璧だから。


そんなことを考えて、琴音は今日も理想の女の子を演じる。

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