Pilot in Highschool
芳原 秀也
『一人で行ってくれよ!』編
飛行機雲が青い空に一本の線を描いている。真っ青なキャンバスに白い一本の線。体育の授業。今日はサッカーだ。啓徳学園中学2年の白根勇治は球を追いかけることも忘れ、ただ空を眺めていた。かなり高いところを飛んでいるようだ。エンジンの音は聞こえない。いや、聞こえるのかもしれないが、サッカーに夢中な生徒の声でかき消されているのかもしれない。同じグループの奴が球をリードしてしまった。こっちに来る。勇治はコートの淵を球の進行方向とは逆に歩き始める。
笛が鳴る。ゴールでも決めたのかと思ったが、どうやら試合終了のようだ。結局この数分間、球を追いかけるでもなく球とは反対の方向に歩いただけで、特段疲れを感じていない。汗だくのクラスメイトに混ざりながら、形式だけの挨拶を気だるく交わし、ベンチに引っ込む。
「おう勇治、また今日も散歩か?」
天野が声をかけてきた。
「まーね。これが俺のデフォルトよ。球が飛んできたら逃げる。これ、球技の鉄則でしょ。」
「お前その割にはバドミントンの時は張り切ってたじゃんか。」
「バミトントンは球技じゃなくてお遊戯だから良いの。」
天野の横に腰を降ろす。
「勇治、お前夏休みどうする?どこ行く?」
「え?どこって?」
「嫌だな勇治、お前去年一緒に沖縄行ったじゃんか。今年もどっか遊びに行こうぜ、飛行機乗って」
勇治と天野は入学したばかりの1年の夏、飛行機好きで意気投合し、2人で沖縄へ飛行機で旅行に行った。それを今年もしようということだ。
「いや、さすがに毎年行くとカネが続かないよ。今年は羽田で飛行機眺めるだけでいいじゃないの」
「いやいやいやいや、飛行機は乗ってナンボのもんでしょうに。地上から見る太陽より、空から見る太陽は格別だよ!今年は思い切って海外旅行でどうだ?」
「海外は来年になればニュージーランド行けるでしょ。何も今年行かなくても」
天野は大きなため息をつく。
「それはそれ、これはこれ。男同士の2人旅で先生の目を気にせず、のらりくらりと旅するのも良いじゃないの」
勇治は内心、たしかにそうだとも思った。だが旅費は国内の比ではない。
「天野はどこに行きたいの?」
「シンガポール」
「あの口からゲロ吐いてるライオンいるとこ?」
「ゲロ言うな!マーライオン!あれの置物でも買ってこようぜ」
だが啓徳学園は高校の2年次に行われる研修旅行で、マレーシアも選択肢に入っている。中国や韓国、沖縄、マレーシアの中から行先を生徒自身で選べるのだ。
「マレーシアなら高2で行けるじゃん。何も今行かなくても。それに置物は去年の沖縄で石敢當買っただろ。あれで十分だよ。机の上がごちゃごちゃになる」
またしても天野は大きなためいきをつく。
「お前なあ、それはそれ、これはこれなの。何度言ったら分かるのよ勇ちゃん」
「悪いけど俺は今年は無理だ。さすがに金がないよ。親と交渉してうまくいくわけないじゃん」
「大丈夫だよ勇ちゃん、やればできるよ」
天野は顔をくしゃっとしながら勇治の肩をポンと叩く。だが勇治は、それを振り払った。
「行くならお前ひとりで行ってくれよ。あ、国内で近場の鉄路なら考えてもいいけどな」
「ちぇー、つまんねえ男だねぇ勇ちゃんは」
ちょうど授業の終わりを告げる集合がかかり、天野はそそくさと行ってしまった。勇治は心の中では海外旅行への憧れもないわけではなかったが、旅費の問題は家族に反対されること間違いなく、期待するだけ無駄だと諦めていたのだった。
Pilot in Highschool 芳原 秀也 @yoshihara_shuya
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