ゆめうつつ

科学世紀

第1話 午後6時の視聴覚室


下校時刻5分前を告げるチャイムが、閑散とした校舎内に鳴り響く。そのチャイムを聞きながら、無人の薄暗い廊下を私は駆け抜けていた。


(忘れ物さえしなければ、今頃電車に乗れていたのに)

心の片隅でため息をつく。


大事な課題用のノートを置き忘れたのは、3階にある視聴覚室だ。息を切らしながら階段を登りきった私は、勢いよく視聴覚室の扉を開く。


ガラッ


ノートを置き忘れたのはどこだったかなとあたりを見渡していると、部屋の隅から不意に一つの影が近づいてきた。


(…誰だ?かなり背が高いようだけど)


あいにく視聴覚室の電気はついておらず、影の主の姿はよく見えない。必死で目を凝らしているうちに、頭を鷲掴みにされたような感触がした。


「…なんだ、てめぇ。随分チビじゃねーか。ここは県立円高校。小学生が来るところじゃねーぞ」


「いや、私はこれでも高校一年生で…」


小学生と間違えられ、男子生徒に向かって反論している私の横からもう一つの人影が近づいてきた。


「バカかあんたはっ!!この子はちゃんと制服着てるし、れっきとしたここの生徒だよ!」


「あ、姉貴…いたっ!!」


ポカッ


小気味いい音が視聴覚室に響いた。私はゆっくりともう一つの影の方を見るが、やはり姿はよく見えない。


「あぁ、暗いね。ごめん、電気をつけるから」


一旦人影が遠ざかったと思うと、電気をつける音がした。視聴覚室の電気が一斉につき、眩しさのあまり私は目を細める。人影の正体である二人の生徒は私の方に再び近づいてきた。


「悪かったね、うちのバカな弟が失礼なこと言って。」


そう言ったのは私より頭一つ分ほど高そうな女子生徒だ。長くてサラサラとした茶髪は腰くらいまであり、腰のところで学校指定用のブレザーを巻いている。印象はやや不良に近い感じだが、物腰は柔らかそうだ。


「…暴力姉貴にいわれたくねーよ」


そう呟いて二度目の鉄拳を喰らったのは、180センチはありそうな高身長の男子生徒だ。先程の女子生徒より更に高いので、必然的に見上げる形になってしまう。

こちらの男子生徒が黒髪なのを見ると、姉の髪は染めているだけだと推測できる。


「あたしは黒谷翠(くろたにみどり)。こっちが弟の朱羽(しゅう)」


翠と名乗った女子生徒は、バンバンと朱羽と呼ばれた男子生徒の肩を叩きながら「よろしく」と言う。


「こーみえてもあたしとこいつは双子なんだ。まぁ、そこまで似ていないからよく疑われるけどね」


確かに二人とも顔立ちは整っているが、そこまで似ているわけでもない。まぁ、理由も察しはつくが。


「二卵性双生児だからです」


「……は?」


唐突な私の言葉に朱羽さんは首をかしげる。


「あ…突然すいません」


「いいんだよ、続けて」


そう促され、私は深呼吸する。


「はい…えっと…そもそも双子には一卵性双生児と二卵性双生児があるのは知っていますか?」


「はぁ?何だよそれ」


「その…一卵性双生児というのは、一つの受精卵が2つに分裂してできるんです。だから、姿形はよく似ます。

逆に二卵性双生児は2つの別々の卵子が受精卵になるので、姉弟程度にしか似ないそうです。それで、男女の双子が一卵性で生まれる事はまずほとんど無いので…」


あんまりうんちくくさかったので、ウザがられたか?と思って顔を上げると、翠さんが笑いかけてきた。


「へぇ、君はものをよく知ってるね。名前は?」


「………あ、北条縁(きたじょうゆかり)です…」


まさか褒められるとは思わなかったので、反応が数秒遅れてしまった。


「縁っていうのか。面白い話をしてくれてありがとう」


「別にお礼を言われるような事してません」


「いいんだよ、あたしが言いたいんだから」


変な人だ。正直な所、全く理解ができない。


―でも、貶されてないんだし悪くはないか。


その時


「ところでもう下校時刻過ぎちまってるぜ?お前ここに居ていいの?」


「…………あ」


「あああああっ!」


そう叫ぶと同時に、私は視聴覚室を後にした。

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