エピローグ
異世界の扉が開いた夜明けから、二日経った。
あの後、家に帰ると、俺は父さんにこっぴどく叱られた。父さんは夜が明けてもずっと、俺の帰りを起きて待っていたのだ。
そして俺は自分の部屋に戻り、死んだように眠った。仮に無理をして学校に行っても、授業に集中できないどころか、直ぐに早退してしまうんじゃないかというくらいの疲れだった。
そういう事情があって、俺が学校に来るのは、数日ぶりになってしまった。
何故か妙に緊張してしまって、俺は教室の前で、深呼吸をする。それから少しだけ手櫛で髪を整えて、俺は扉を開いた。
「おはよう」
開かれた扉の向こうには、まるで待ち構えていたかのように、東也が立っていた。
「あぁ、おはよう」
さっきの緊張はどこへやら。俺は不思議と、自然に挨拶を返すことができた。思えば、今まで何年もこうして挨拶をしてきたのだから、たかが一度の喧嘩で挨拶がぎくしゃくする方が難しいのかもしれない。
「おっはよー!」
奥の方で友達と話していた加美ちゃんが、俺に向かって手を振る。
「おはよう!」
加美ちゃんに届くよう声を張って返事をすると、クラスの皆が俺の存在に気がついたらしかった。
「おぉ、亘理。何やってたんだお前」
「あ、サボり魔じゃーん」
「お前が居ないせいで順番がずれて、英語めっちゃ大変だったんだからな」
俺が数日学校に来なかったことは結構な話題になっていたらしく、普段あまり喋らない奴からも話しかけられてしまった。
「やっぱ、一人居なくなるって、結構でかいのかな」
ぽつりと呟くと、東也が首を傾げる。
「何言ってんだ。人が一人消えたら大事だろうが」
「……だよな」
東也が当然のことを言うので、俺は苦笑した。そうだ。思えば、それはあたり前のことだった。
ひとしきりクラスメイトに挨拶を済ませて、俺は教室を出る。目的地は、他クラスの教室だ。四組の扉から、中を覗く。全体を見回すと、教室の隅に小さな背中が見えた。
「色麻、色麻。おーい、ちょっと良いか」
俺が呼びかけると、色麻が反応するよりも先に、四組の奴らがこちらを見てきた。何だか珍しいものでも見たような、好奇の視線。
「亘理君。どうかしたの?」
色麻はその視線を気にせず、立ち上がって、俺の方へ小走りでやってきた。
「放課後暇かなーって思って」
俺も特に周りは気にせず、色麻に笑いかけた。
「暇だけど……サッカー部は? 戻るんじゃないの?」
「今日は休みなんだ」
言いながら、俺は色麻の鞄に視線を移す。
「未練ノート、持ってる?」
「まぁ、一応。……恥ずかしいから、もう二度と見せないけど」
「……そんな恥ずかしいこと、書かれてたか?」
「あったわよ。その……彼氏が欲しい、とか。お嫁さんになりたい、とか。書いたのはだいぶ前だけど」
色麻は何やら口をもごもごさせている。別に恋人が欲しいなんて、恥ずかしいことでも何でも無いと思うけど。
「まぁ、俺に見せなくても良いからさ。何か今日出来そうなやつ、幾つか考えといてくれ」
「うん。一生付き合ってくれるって話だったから、沢山考えとく」
色麻が花のように綺麗に笑う。ちょっとからかうような口調だった。
「恥ずかしいからその話はしないでくれ……」
俺が恥ずかしさに頭を抱えるのをよそに、色麻は既に今日の放課後の予定を考えているようだった。
「今日は、どこで何をしようかな」
心底楽しそうに、色麻が独り言ちる。
その様子はまるで、異世界を夢想する少女のようだった。
ぼっち美少女が俺と異世界に行きたがってるんだが かどの かゆた @kudamonogayu01
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