第34話 父親と未来
それから俺たちは、俺が色麻に肩を貸す体勢に戻り、再び歩き始めた。特に、何かきっかけがあって戻ったわけではない。ただ、いつまでもこうしている訳には行かないという意識が、俺たちには共通してあったのだ。
「帰ったら、お父さんになんて言おう」
家の前まで来たところで、色麻は不安げな表情を見せる。
「……俺は、出来れば全部正直に話して、謝りたい」
「亘理君が謝ることなんて、何もないでしょう」
「お前の嘘に加担したし、家庭の事情に首突っ込みもした。謝ることだらけだよ」
思えば、最初から俺は、啓吾さんを騙しているようなものだ。愛娘がこの世界を後にしようとしているのを知っていながら、それを教えずにいた。さっきだって、色麻が異世界へ行く準備を直前まで進めていたのに、何も言わなかった。啓吾さんは、娘が母親と再会したことさえ知らないのだ。
「そうね。……全部、話すべきよね」
覚悟を決めた様子で、色麻は玄関のドアを開く。
すると、廊下の奥から、色麻のお父さんが出てきた。寝間着姿で、目を擦るお父さん。しかし、俺と色麻の姿を一目見ると、途端に目が覚めたようだった。
「どうしたんだ、こんな時間に……」
泥と汗に塗れた俺たちの姿に、色麻のお父さんは動揺しているようだった。
「突然、すいません。その……今日が、何の日か、ご存知ですか?」
「今日……?」
「正確には、今日の日の出に何があったか、ご存知ですか?」
俺がそう聞いたところで、色麻のお父さんは言っている意味に気付いたらしかった。彼の視線が色麻に移る。
「真結、お前……」
色麻は一瞬バツの悪そうな顔をしたが、直ぐに、自分の父親と正面から向かい合った。
「お父さん。その、話したいことが、あるの」
それから俺たちは、リビングで話をした。
大半は、色麻からの説明だった。彼女がずっと、異世界に行こうとしていたこと。偶然俺を誘ったこと。母親と会ったこと。異世界に行くのに、失敗したこと。その全てを、色麻は自分の言葉で話した。
「私、ずっと、寂しかったんだと思う。上手に友達が出来なくて、お母さんが居なくて。良いことだっていうのは分かってるけど、お父さんも、ずっと小説を書くので忙しかったから。凄く自分が、一人ぼっちなんだって感じてた」
色麻は少し間を置いて、俺の方を少し見る。
「でも、亘理君がね。私のことを、友達って言ってくれたの。一緒に、この世界を楽しくしようって言ってくれた。その時、自分の悩みを知って、受け止めてくれる人が居るのって、こんなに安心するんだって、そう思ったの。だから」
色麻は自分の父親に、深く頭を下げる。
「ずっと黙ってて、ごめんなさい。相談しないで、ずっと抱え込んでて……本当に、ごめんなさい」
その声は、酷く震えていた。
「俺からも、本当に、勝手なことをしてすいませんでした」
俺もそれに合わせて、謝罪した。この世界を捨てて消えることが、どれだけ周りの人を傷つけるのか。俺はそれを、今日一日で痛いほどに理解したつもりだ。
大切にしていた娘がこの世界から消えようとしていたなんて話を聞いて、啓吾さんのショックは計り知れない程だろう。
「真結」
色麻のお父さんが、いつもよりか低い声を発する。
「……はい」
色麻は緊張した面持ちで、丁寧に返事をした。
「本当に、すまない」
啓吾さんは、色麻を強く抱きしめる。抱きしめられた色麻は、ただただ驚いた様子で、ぽかんとしていた。
「気付いてやれなくて、本当に、すまなかった」
震えていた声は、次第に鼻声になってゆく。色麻のお父さんは、娘を抱きしめながら涙を流していた。
「ごめんなさい……。ごめんなさい、お父さん」
父親が泣いているのが分かって、色麻は啓吾さんを抱きしめ返す。父子二人で抱きしめ合い、謝り合い、涙を流し合う。
俺はそんな二人の姿を見て、酷く安心した。
過去、色麻の両親の間に何があったのか俺は知らない。もしかしたら、啓吾さんは色麻のお母さんに、随分酷い仕打ちをしたのかもしれなかった。そしてそれが結果的に、色麻を傷付ける結果となったのかもしれない。そして、幾ら反省しても、色麻の傷は癒えなかった。
でも、それで終わりにならなくて、良かった。
色麻が今、この世界に居て、俺や啓吾さんと同じ未来を歩める。そのことに、俺は安心したのだ。
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