スクランブル!
関谷光太郎
第1話
警報が鳴り響く。
コントロールパネルのスイッチをすべてオンにし、オールグリーンの音声を待って分離レバーを引く。すると、本体を固定したバランサーが解除され、駆動する姿勢制御システムによってコックピット内が、海に浮かぶ船のように揺れた。
「ゲートオープン!」
何度も練習したかけ声が全天球型ドームの開閉を促して、天井がゆっくりと割れていく。
『敵、武装機械は帝都東部Cブロックを急襲。甚大なる被害を与えつつ西へと移動中。機獣ガイ・ドラクター各機は迅速なる展開をもってこれを殲滅、帝都の防衛にあたれ!』
ゲートが開いていくその向こうに青空が広がった。
ヘルメットのシールドに陽光が反射する。
「スクランブル!」
スロットルを押し込むと、背中のジェットノズルが火を吹いた。機獣ガイ・ドラクターの出撃である。
コックピットの両サイドに仮想スクリーンが開く。四つに分割された画面、計八面のパネルに僚機の搭乗員が映し出された。
「こりゃ、わくわくするね。体感なんてもんじゃないよ。本物だ、本物!」
「この臨場感なら、弾に当たれば本当に死んじまいそうだ」
「おお、半端ないスリルだぜ!」
おデブとのっぽのコンビだ。いかにもオタクといった風情のふたりで運動神経とは無縁のように思えたが、機体の操作技能は高かった。この手のものを相当にやり込んでいるのだろうか。楽々と空を舞う。
神谷の方は噴射の調節がうまくいかず、失速ぎみに安定した飛行ができないでいた。車の運転とは勝手が違う。
「スロットルの調整が甘いんだ。飛行制御はコンピューター任せなんだから出力に神経を使え」
ひときわ高い声でアドバイスしたのは、紅顔の美少年だ。どう見ても変声期前の中学生で、その幼い容姿とは裏腹に言葉の調子は鬼軍曹だ。他の五人の参加者も、誰もが神谷よりシステムを熟知しており、機体の扱いに慣れていた。
ひとり遅れを取った神谷だが、何とか隊の後方へと追いすがる。
「その調子、その調子。オジサン上達早いよ」
若い女の子だ。このチームの編成は年齢も性別もまちまち。しかし、技能レベルだけは共通して高かった。ただし、神谷を除いてだ。
コックピット正面に仮想スクリーンが開き、十人目のメンバーが現れた。このチームの指揮官、マクガイヤー隊長だった。
「進行中の武装機械と接触する。みな装備を解放、地上戦に備えよ!」
機体が降下する。
眼下に迫る帝都のビル群。火の手が上がり、黒煙が巻くビルの谷間を移動する武装機械の大隊が確認できた。
あらゆる機械部品の寄せ集めで構成された全身がヌメヌメと動く。多脚型や、人型、四足の動物風もあれば昆虫をモチーフにした機体もあって、雑多なバリエーションで編成された大隊であった。武装機械と呼称されているが、正式名称は『機械生命体』。つまり、連中は命を持った機械なのである。
「アタック!」
マクガイアー隊長の号令と共に、フル装備を解放して、突撃を始めた。
ぶん、と重低音が耳に響く。
「……!」
神谷の押し込むスロットルに手応えが無くなった。同時にコクピットの電源がすべて落ちる。
「な、なんだ、どうなってる?」
唖然とする神谷のコックピットの扉が乱暴に開かれた。
「申し訳ございません。停電によるシステムダウンが発生致しました。原因は不明です。安全確認のため、ポッドからの移動をお願い致します」
女性スタッフの機敏な指示に、神谷は従わざるを得なかった。
航空機用のシミュレーション機能を応用したアトラクションポッドである。頭部を覆うバーチャルヘッドとの併用で臨場感溢れる世界を実現させている。
戦術ロボットゲームに興じていた神谷たち10人の客は、ゲームの中断を余儀なくされ別フロアへと待機させられることになった。
「いいとこだったのに」
「ホント、中断はねえよな」
おデブとのっぽのコンビだ。
本当に同感だ。全身に満ちたアドレナリンをどうしてくれる!
神谷の心の叫びを汲み取ったかのように、すっと缶コーヒーが差し出された。
「あ、マクガイヤー隊長」
目の前に缶コーヒーを差し出す隊長の姿があった。
「申し訳ないね。これ飲んで気を鎮めてくださいな」
そうだ。隊長のマクガイヤーはここのスタッフなのだ。ゲーム中は隊長という役を演じているだけで、目の前にいるのは気の良い外国人さんだった。彼は他のお客さんにも缶コーヒーを配って歩く。
『お客様に申し上げます。ただちにこの施設からの退避をお願い致します!』
拡声器を使った主催側からの退避勧告だった。しかし、その言葉は拡声器のハウリングに掻き消されてあとを続けることができなかった。
フロアに押し寄せる奇怪な生物の群れ。抗う大勢のスタッフに取りついて噛みつき肉を喰らうその生物は、産まれたままの赤ん坊の姿をしているのだ。
パニックに陥る神谷たち。
赤ん坊の大顎が神谷の眼前に迫る。
絶叫。
恐怖のあまり、投げ捨てたのは。
――VRのゴーグルだった。
がっこん!
瞬間、なにが起こったのか分からなかった。周囲を見渡すと、さっきまで一緒だった仲間の姿はなく、何事かと視線を向ける数人の見知らぬ男女がいた。みな手にVRのゴーグルを持っている。
床の隅に転がる大型のゴーグルを確認して神谷は、それがVRの疑似体験であったことを理解する。
「す、すみません。俺、なにをマジで怖がってんだか」
「いえ、いえ。それ程このシステムの出来がいいという事です」
青いスタッフジャンパーの男性が微笑んだ。
「本当にすみません。VRのゴーグルを投げちゃうなんて……とんでもない事を」
頭の中を弁償の文字が駆け巡る。
しかし、VRのゴーグルを投げ捨てたことを詫びる神谷に、スタッフは寛容に応対した。
「大丈夫ですよ。このような状況も想定して、ゴーグルには相当な強度を持たせていますから」
「でも……」
「ご心配なく。弁償なんて心配はご無用ですから」
神谷は安堵した。
それにしても、あまりにもリアルすぎるアトラクションだった。ロボット戦術ゲームの臨場感といい、おデブとのっぽ、マクガイヤー隊長の実在感は仮想空間のものだと思えなかった。
まさか……これも仮想現実か?
神谷は自分の頬をつねった。
ほどよい痛み。ほっと息を吐いて 、彼はアトラクション施設をあとにした。
ちょっとした船酔いに似た症状で、足元をふらつかせた神谷が外に出た。
「お、おい、おい!」
目の前を形相を変えた人々が走り抜けていく。街全体を騒然とした空気が包み込み、逃げ惑う人々の上に瓦礫が落下する。
高層ビルが崩れ落ちていた。倒壊した建物が黒煙をあげ、その向こう側に姿を現したのは、巨大な怪獣だった。
バーコード頭のオッサンの顔と、ティラノサウルスが合体したような気味の悪い怪獣で、咆哮する度にバーコードの髪の毛が逆立った。
「ま、またかよ!」
逃げる神谷。
振り返れば、今までいたアトラクション施設が怪獣に踏み潰されていた。
「わわわわ! これも仮想現実なんだよ。絶対、バーチャルな世界に決まってる!」
背後に迫る怪獣。
瓦礫に足を取られて神谷は転んだ。
巨大な怪獣の足裏が頭上を覆う。
「ひやあああああ!」
自分の叫び声で神谷は。
――目を覚ました。
「は……はえ?」
間抜けな声を発したのが自分であると気づき、少しだけ冷静さを取り戻した。
寝ていたのは手術台。どうやら施術が終わった直後らしく頭には包帯が巻かれていた。
室内に設置されたテレビモニターでは、白衣の若い女性が歌うように宣伝文句を口にした。
「これからは、装着ではなく内蔵する時代へ。簡単、安全な施術によって疑似体験プログラムがいつでもご利用いただけます」
ベッドから降りた神谷は、手術室を出た。清潔な院内に人の気配がまったくない。
院内の至る所で、モニターの中の女性が宣伝文句を連ねる。
「レッツ、バーチャルシステム! あなたの頭部に内蔵されたシステムチップが、現実と仮想の狭間で、あなたをかつてない未体験ゾーンへと誘います」
不安にかられて廊下を走り出す神谷。閑散としたロビーを抜けて外へ出ると、乱暴に頭の包帯を剥ぎ取った。
眼前に広がる光景は、ドロドロに溶け切った街だった。今も熱線が周囲を焦がし、その熱は津波のように神谷を呑み込んだ。
「レッツ、バーチャルシステム! システムチップを頭部に埋めるだけで、今日からあなたもバーチャルトリップ! ストレス発散に、仲間とのコミュニケーションに、家族、友人との共有で無限に広がるバーチャル生活」
焼かれる肉体に実感がないのは、これが仮想現実だからなのか……それとも……。
頭部に手をやったその指に金属が触れた。ポロッと取れた金属には、神経繊維のようなものが伸びている。
手のひらで溶けていく金属を目にして、神谷は呟いた。
……熱い。
おしまい
スクランブル! 関谷光太郎 @Yorozuya01
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