第2話 月盗り

 舞台は、地中海のどっか━━あるいは蘇鉄に似た植物がいたるところに生えている坂の多い住宅街。

 

 若き男が一人、どうしたことか、お屋敷のバルコニーに向かって何かを訴えていた。静まり返った真夜中のこと。

 すると、月光に照らされたバルコニーに、今まさに麗しき女性が現れたではないか。女性はドレスを着ていて、まるでプリンセスのようであった。どうやら、男はこの女性に対してプロポーズをしていたらしい。


 やがて女性は、突然、右手を夜空に突き出した。その先には、満月が煌々と輝いている。

 人形のような女性は、この時何か忌々しそうにしゃべったが、おそらく、こう言ったのだろう。━━あの月をここに持って来て頂戴、そうすれば、あなたと一緒になりましょう、と。


 それはまるで、かぐや姫が、求婚者に無理難題を要求したのに似ている。


 男は、何かを叫んで、すぐにどこかへ走って行った。

 石畳の坂の多い町である。

 坂の途中、野良犬が一匹、男の走りに驚いたのか、その様子をじっと見ていたが、通りにいたのはその犬だけである。


 自宅に戻った男は梯子を使って屋根に上り、満月を両手で掴んだ。思いの外、満月はポカポカとしていて、平板であったが、とても明るい。


 男が月を抱えて、再びバルコニーへと向かったことは言うまでもない。

 ところが、あの野良犬がいた坂道で不祥事が起きた。男はとんまなことに満月を落としてしまったのだ。月は平板であるが円形なので、コロコロと坂を下って行った。


 ある屋敷の石垣にぶつかって月はやっと止まったが、その衝撃で、八つに割れてしまった。━━なぜ八つなのかは、この際、聞かんといてください。

 で、男はあわててそれを拾って、家に持ち帰り、ガムテープで引っ付けたのだが、あまりにも見栄えが悪いので、とてもこれを彼女に見せるわけにはいかなかった。 

 しかし、何日か療養すれば、月は元通りになるのではないかと男は考えた。それで男は再び屋根に上り、満月を夜空に戻したのだ。もちろん、ガムテープだらけの痛々しい姿である。


 因みにこの夜、どこかのカップルが、それを見て━━「あのお月さん、イギリス国旗みたい」と言ったとか、言わなかったとか。


 はい、この話は、これで終わりでございます。

 

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ナンセンス・ショートショート 有笛亭 @yuutekitei

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