神への冒涜

 うっすらと笑ながら、恥ずかしそうに恵壱は頭を掻き毟る。


「いや、でも、うん。めちゃくちゃ好きな本の作家さんに、面と向かって18禁の感想を言うとは思わなかった。なんか、めっちゃ恥ずかしい」

「めちゃくちゃ好き? 私の事」

「うん、めちゃくちゃ好き」


 未唯はさらりと返ってきたその返答に、嬉しそうににっこりと笑う。

 その赤い唇の口角がいたずらに上がって、恵壱は美しいと見惚れてしまった。

 しかし次の瞬間、恵壱はとんでもないことを口走ったことに気付いて、わたわたと焦る。

 焦る恵壱を見て、未唯はまた吹き出してしまった。


「!? 違うよ、ええと、作家さんとして!」

「あはは、分かってるよ~。すっごく嬉しい。ありがと。ねえ恵壱くん、私と――友達になってくれる?」

「えっ?」

「嫌?」

「嫌じゃ、ないよ……そりゃ……だって」


 神に友人になってくれと言われて、断れる人間がいるだろうか、いやいない。


「また本描いたら、最初に読んでほしいな。感想も聞きたいし、もっといっぱい話したい。ゲームの話も漫画の話もしたい。友達って、そういうものでしょ?」

「うん、変な態度、とったらごめん。……頑張る」


 そう返事をした恵壱を見て、満足したように頷くと、未唯は恵壱に手を差し出す。

 その手と未唯の顔を交互に見ながら、恵壱はキョトンとした。


「握手」

「え?」

「友達になったから、友達の、握手」

「う?」

 

 そんなこと、今まで男の友人にだってしたことはない――と恵壱は言いたかった。

 しかし、どうにもそれを口に出して断れる雰囲気ではないと知る。

 数秒後おずおずと、恵壱は手を差し出す。

 それを、マシュマロのように柔らかく小さな手が、ぎゅっと握り返した。

 まだ描き始めて間もないせいか、彼女の中指にあるペンだこは、さほど固くなかった。

 ドクドクと胸が高鳴ってうるさい。

 いや、これが胸の音なのかどうかさえ、判断がつかない。

 耳元に心臓があるかのように、脈拍数がバカみたいに上がっていく。

 この高鳴りは、恐らく本当に何年かぶりに女性に触ったからなのだと、恵壱は無理やり自分にそう言い聞かせた。

 そう言い聞かせなければ、そのうち自分が破裂してしまいそうだ。


「ね、恵壱くん」

「え、うん?」


 オドオドと返事を返す恵壱を、未唯はじっと見上げる。

 掌に汗が出てきたのを感じて、恵壱は離したくなったが、未唯は離してくれなさそうだった。


「女の子は、怖くないでしょ?」

「!!」

「あ、この言い方だと語弊があるか。ん~……私は、恵壱くんの苦手な女だけど、怖くないでしょ? 怖い人もいるかもしれないけど、それは男女関係ないって私は思う。私は、恵壱くんに酷いこと言ったりしないから。ゆっくり、一緒にがんばってこ?」

「……うん」

「だからね、いくらでも私を使ってね? いっぱい、使ってくれていいから。私、いっぱいい~っぱい頑張るから」

「!!」


 じっと恵壱を見上げながらそう言う未唯に、また恵壱はびっくりして白目になりそうになった。


(無自覚なのか。それ、『なゆゆはいっぱいい~っぱいご奉仕します♡』30P目の、で言ったセリフ……。自分で描いた本なのに)


 恵壱が硬直したのを見て、未唯ははっと気づく。


「え? あれ? 私、またおかしいこと言った???」

「ん、んんっ!!」


 恵壱は思わず目を逸らしてしまう。


(自覚がないのが、一番怖い……)


「……!! あっ!! ああっ!!? ち、ちがうよ!! え、えと、……恵壱くんが、女の子に慣れる手伝いはいくらでもするから、ってことで……。そういう意味で言ったんじゃないから!!」

「うん、分かってる。分かってるんだけどね……」


 分かっていても、動揺してしまうのは仕方のないことだ。


「これも、私が悪いよね。ごめん……。私、よく迂闊うかつだって、友達にも言われるんだ。あ、そうだ。本繋がりでなんだけど、私がエッチな同人誌を描いてること、他の人には秘密だよ? 友達同士の約束」

「分かった。誰にも言わない」

「ふふっ! 二人だけの秘密だね」

 

 そう言って一度ぎゅっと強く握った後に手を離して、未唯はそのまま空を見上げた。

 首を捻り彼女の目線を追いかける。


「星が綺麗だよ、恵壱くん」

「うん」


 確かに、月が細いからか、普段よりも星は良く見える。

 だが、恵壱が出てきた山間の田舎よりは、星がぐっと少ない。


「他の光に負けて、光りが強い星しか見えないけどね」

「うん……」


 それは――似ていると思った。

 生き馬の目を抜くような、同人誌、商業誌の世界。アニメや美術、芸術製作の世界と。

 売れなくてもいい、読まれなくてもいい、見られなくてもいいなんて、それこそ表現者にとっては詭弁で。

 表現者は誰だって、誰かに自分の作ったものを届けたいと願っている。

 誰かの眼に留まりたいと、自分を見つけてほしいと。


 その一筆に、その手に、何かを載せて。

 己をさらけ出す。


 ――でなければ、物作りなどしない。


「私も、同人誌で他の光に負けない大きな光になるぞ~!! それで、いっぱいいろんな人に、読んでもらいたい!」

「……うん!」


 恵壱は、明日にでも自分のサイトで未唯の同人誌を批評することに決めた。

 それが、どう転がるのか、分からない。

 なんでこんな本を紹介するんだと、言う人間もいるかもしれない。

 それでも――。


 自分が彼女の作品に、光を見たから。

 それを載せないのは、やっぱり『嘘』なのだろう。 


(だから、ずっと……怖かったんだ)


 嘘を吐かないのが信条の自分が、自分の心に嘘を吐いていたから。

 なのにそれを、ただ誰にも言っていないだけで嘘じゃないと自分に言い聞かせていたから。


 晴れやかな気持ちになって、恵壱は嬉しくなった。

 今にも、駆け出したい気分だ。

 その感情が口をいたのか、言葉が勝手に漏れ出した。


「ありがとう」

「ん? なんでお礼? 友達になってくれてありがとうってこと?」

「……いろいろ」


 未唯は、恵壱の顔から何を読み取ったのか、それとも何も読み取らなかったのか。

 嬉しそうににっこりと微笑んで言った。


「いろいろか~! ふふっ! うん、どういたしまして!!」


 どこかで、風鈴の音が小さく軽やかに響いた。



―おわり―


――――――――――――――――

 お読みいただきありがとうございました。

 私自身この『どちゃシコやないかい』という言葉の響きが好きで、いつか使いたいなと思って書きました。勢いがありつつ、めちゃくちゃ萌えたのだなというのが分かり、尚且つ飽きのこない響き。好きです。

 日常生活で使うことはもちろんないのですが。

 秀逸な言葉と言うのは、いつの間にか新しく生まれるものですね。


 お楽しみいただけたなら、☆や♡や感想などいただけますと嬉しいです。

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どちゃシコやないかい!!って言ったら、女友達が出来た話 I田㊙/あいだまるひ @aidamaruhi

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