神のセクハラ
「あ、いや、えと……!」
「あはっ! あははっ!! やだ、もう……! ごめん、こんなっ……笑うつもりなんか、なかったのに……フフッ! くふふっ!!」
未唯が笑い続けるので、オドオドと挙動不審だった恵壱は、逆に徐々に落ち着きを取り戻す。
ひとしきり笑った後、笑いすぎて出た涙を拭いて、未唯は大きな瞳で恵壱をまた見上げた。
「神なんて言われたの初めてだし、恵壱くんはびっくりするほど挙動不審だし……。でも、その神のDMに、返信をくれなかったのはなんで? 神は少しさみしかったよ?」
「……それ、は……」
「うん、それは?」
恵壱は、迷う。
あの本に、今までないほどの劣情を感じたことや、何度も繰り返し使ったことを、この目の前の作者に告げてもいいものなのだろうか?
(絵の描けない僕が言うのもなんですが、絵はそんなにうまくなかったと思います。5P目とんでもなく下手でしたし、もうちょっとパースの勉強をした方がいいと思いますし。なんなら背景は自分も映ってる写真を撮ってきてトレースした方がいいと思います。人物との対比がめちゃくちゃでした。でも、正直めちゃくちゃ抜けました。タンクが空っぽになりました、ガチで。俺もあの12P目、めっちゃ好きです。本に開き癖がついてるくらい好きです。あの本を世に送り出してくれてありがとうございます。今度買う時は複数冊買わせて下さい。次の新刊本当にものすごく楽しみにしています。絶対買います。これからも頑張ってください)
あの時、本を読んだ瞬間の勢いがあれば最低でもその位は書いたと思う。
だが、賢者タイムだったのが幸いした。
本当に完璧に冷静だった。今なら宇宙の真理も解けるかもしれないと思う程に。
あんなに澄みきった気持ちになったのは、初めてではないだろうか。
こんなことを作者とはいえ女性に言うのは、普通にセクハラでは? と気付いた自分に拍手を送りたい。
だから、差し障りのない曖昧な感想になった。
それなのに、神からの返信に冒頭から使ってもらえたようでとか書かれてあったので、図星を突かれて返信をどうしたらいいのか分からなかったのだ。
「……」
「……そっか、やっぱり言えないか。そうだよね、ただでさえ女性恐怖症なのに、あんなエッチな漫画書いてるような女は、もっと嫌だよね」
未唯は、言葉に詰まる恵壱に、どこか諦めたように曖昧に笑った。
なぜかその顔に、ぎゅっと胸を締め付けられたようになって、恵壱は口を開く。
「ち、違う。違うんだ」
「……え?」
「あのDMに返信しなかったのは、単純に恥ずかしくて……。それに、その普通にセクハラじゃないかなって思って……」
「恥ずかしい……? セクハラ??? ……。……! ……!!!!」
セクハラという言葉で、未唯は混乱してしまった。
よく考えてみれば……、使ってもらえたようでなどと返信をするのは、セクハラだったと、今更気付いてしまったのだ。
なぜ全く気付かなかったのだろうか。
(あ、そうか……。私、感想が貰えたことが嬉しすぎて……そんなことに、気付けなかった。)
サーっと青く顔色を変えて、未唯は不自然に震えだした
「ごごご、ごめ、ごめんなさい! ごめんなさい!! うわー! 私、な、なんてことを!!」
「え!? なんで解良さんが謝るの?」
「だって、私……恵壱くんにセクハラを……」
「??? え? 解良さんが、俺に……? いや、違うけど……」
なぜか話が噛み合わず、恵壱は考え込む。
先ほどの恵壱の言葉が、どうやら『本の感想で、恵壱がセクハラになるようなことを送ってしまうかもしれなかった』と言ったつもりが、未唯には『未唯が恵壱にセクハラになるようなことを送った』という意味に捕らえられたと気付く。
「違わないよね!? ごめんなさい、私恵壱くんからの感想が嬉しくて、いっぱいお話したいと思って。読んでくれたってことは、使ってくれたってことなのかなって……。だって、エッチな本って自慰行為に使うんだよね?」
またしても、自分の性別に自覚があるのかないのか分からない言葉を、未唯が吐き出す。
(違わないけど、それを本人に訊くか!?)
「宵見先生」
「! はい」
「これから俺が言うことは、セクハラじゃなくて感想だから、ちゃんときいて下さい。でも、聞くに堪えなくなったら、止めてくれていいです」
「……」
「まず、表紙ですが、僕はとても好きです。なゆゆが一人でエッチな顔で立っている。その表情が扇情的でした。中で何が起こるのかとドキドキしました。ただ、もうちょっと色を考えた方がいいと思います。五色刷りは派手に見えるし、いいと思うけど、そうするならもうちょっと背景の色味を考えた方が良かった。少し目が痛かったです」
「はい」
「そして、中表紙+その裏2p目。中表紙では、服を着たまま白濁したアレをぶっかけられたなゆゆが、掬って舐めている表情で、それは本当にとても良かったです。ですが、どこか一つ足りない気がしました。服に厚みを感じられるようになればもっと肉感的にそそるようにできると思います」
「はい」
淡々と、出来る限り感情的にならないよう気を付けながら、恵壱は良かった所と改善した方が良いところを羅列していく。
未唯は、その場で恵壱の言葉を一言一句聞き逃すまいと、真剣に耳を傾けていた。
「で、最後のあとがきのおまけ絵ですが。デフォルメの主人公となゆゆが手を繋いでいる絵は、可愛くて良かったです。先生はデフォルメの絵がすごく可愛いですね」
「ありがとうございます」
「これからも、同人誌を描いてください。僕は、ずっとあなたの本を買います。僕にとって、あなたは神ですから」
「っ!! はい、はい……!! ありがとうございます!!」
少し目を潤ませながら、未唯は嬉しそうに何度も頷く。
「あと、神からのDMを無視したのは……、ごめんなさい。なんというか、自分の行動が見透かされたみたいで、怖くて」
「いえ、それは……こちらこそ、ごめんなさい……」
憑きものが落ちたかのように、ふっと恵壱は息を吐いて力を抜いた。
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