第2話 部屋でただ一人
タイチは翌日まで生の実感を得られないようなそんなフワフワした感覚で時間を潰していた.今日はどうも授業を受ける気分ではない。
昨日、話を聞かされた後に、タイチ達は静かに解散した。何事もなかったかのような雰囲気は作り得なかったが、そう取り繕うとしている雰囲気は確かにあった。
タイチは昨日なんと言って解散したかも思い出せない。
タイチは初めてその日大学をサボることとした。
昨日からは到底考えられないし、ましてや毎日必ず余裕を持って欠かさず授業に参加していた去年からも考えられない。なんだか今日学問を学ぶことよりもしなくてはならないことがあると感じていたからだ。
午後ようやく布団から出て、不快感のある口内を雑に歯磨きでリフレッシュしていた。特に目的もなく近くのコンビニに立ち寄り、意味もなくおにぎりを手にして、それを体内に放り込んで帰った。
タイチは、夕方になるにつれだんだん自分の中でも整理がついてきた。タイチは自覚していないが、今しなくてはならないことにようやく無意識下で整理がついたようだった。とりあえず紙に書いて整理しよう、そう思い立つと戸棚からキャンパスノートを取り出した。
「え〜っと、どこから考えようか」
独り言を言いながら、タイチはこの数ヶ月のことを必死に思い出そうとしている。今日が8/17、昨日がユキチの死体発見日 ... 最後に会ったのは、2月下旬...で... まずは時系列で整理をつけようと試みる。
しかし、いざ振り返ってみると外出していないゆえにどの日もどの日も同じようなことをしており、日にちとやったことが対応しない。
ふと自身の行動をスマホで確認できるのではと思い至り、タイチはスマホを拾い上げ、スマホやWebサービスの全履歴を確認する。そこには、今までのタイチの様々なロケーション情報が記載されていた。
そこから再度自分たちの行動を振り返ってみる。コンビニに行ったりスーパーに行ったりテイクアウトに行ったり……
しかしだ。 肝心の、一番、ユキチに繋がりそうな情報は残っていない。 あくまで自分の情報だけ。外出していなかったから尚のことそうなっている。唯一の頼みの綱であったSQQNは、会議の様子が全く保存されていない。つまりこちらからユキチについての情報を整理して、提供することはできないのだ……
そうなると我々の中で最も根拠となる情報は、少なくともタイチにとっては、この数ヶ月のチャットの思い出しかない。
タイチはよく思い出してみることとした。どんな会話をして、どんな違和感があったか、どんなトピックがあったか。ただあまり特徴的な会話がすぐには出てこなかった。
しかし、会話を思い出す中で、ふと当たり前の疑問が、そもそもの疑問点がタイチに降りかかった。
―― 昨日までは誰と話していたんだ……?
確かにユキチは写っていたし、会話に参加していた。……ように思える。多くのメンバはそこまで発言せず、サヤがあの集まりでの話の主導権をいつも握っていたからしょうがない。誰もサヤの勢いを越してずっと主導権を握って話せてはいなかったのだ。
タイチは、会話ベースの思い出しは一旦後回しにして、孤独なブレストによって色々な可能性を考えてみた。
―― ユキチは途中で誰かにすり替わっていたのか……?
―― だとしたらいつすり替わっていたんだ……?
そんな疑問がタイチを悩ます。
―― なぜそもそもそれに我々は気づけないのだろうか?
―― どんな方法で犯人Xは1ヶ月以上に渡って我々を騙せていたのか?
―― 彼にそっくりな双子がいた…?
―― そんなことは聞いたことがない。彼はずっと一人っ子だったはずだ。
考えても考えてもタイチの中でこれと言った案がわかない。
―― 実はユキチは死んでなくて別人が死んでた...?
時間が立つにつれて何か考えなくてはという義務感からやや雑な検討に終いには至っていた。
そうこうしながら数時間が経っていた。
布団で寝返りを打ちながら、何かを見つめるわけでもなく部屋を見渡していた。今日食べたおにぎりのゴミが散らかっている。スマホも何かの通知が来たようで点滅している。何を見ても動く気がしなかったが、トイレに立とうと思い立った。
最後に経ってから数時間前だからか体が重い。
やっとの思いで立ち上がったところ、別の案が出てきた。
―― もしかして、ユキチは初めからユキチじゃなかった?
タイチ達が会っていたと思っていたユキチは実際は別人でただ単にユキチを名乗っていただけなんじゃないか……?そう思って、タイチは少し動揺していた.
まだ亡くなった人の確認はタイチ達はしていなかった。昨日会えなかったという事実と亡くなったという二つの事実と聞いていたからもちろん"あのヤマカワユキチ"が亡くなっていたと考えていた。
しかしそれではタイチ達が昨日まであっていた人間の説明がつかない。だからこそ、そもそもヤマカワユキチがまだ死んでいないのではと思い当たったのだ。
―― 1年目から会って話していた人間はそもそもヤマカワユキチなんて人間ではなかったんじゃないか……?!
タイチは誰かにこの説を聞いて納得してもらいたかった。その場合は犯人はヤマカワユキチになるのかもしれないが、自分たちが会っていたヤマカワユキチは確かにまだ生きている可能性もある。それは非常に複雑な気持ちだったが、それでも生きているに越したことはないと思っていた。タイチはどういうつもりで雲隠れしているのかも気になっていたし、問い詰めてやりたかった。
一通り舞い上がったあとで、タイチは部屋の中をグルグル歩き回るのをやめて、布団の上に胡座をかいた。そして、もう一度、ユキチが初めからユキチじゃなかった場合について、タイチは真面目に考え直そうと思った。そう仮説を立ててユキチはこれまでのことを再解釈、再構築しながら静かに深夜まで考え込んでいた。
考えごとから目覚めたのは、サヤからの電話だった。
「もしもし……」サヤは暗そうにそう言う。
「タイチだけど?」タイチも引きずられて声を落とした。
「どこかで話したいことがあるんだけど……」サヤはさらに細い声で言う。
タイチは正直驚いていた。サヤから電話が来るとはタイチは思っても見なかったからだ。よほど深刻と見たタイチは電話での深堀は避けようと思った。
「じゃ、いつものファミレスで待ってる」タイチはそう言うと直ぐに電話を切った。
タイチはすぐにジャケットを羽織って約束のファミレスへ向かった。
その接続先で死んでるよ imstiparo @imstiparo
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