第9話 杖を作ってみる


 朝の食卓を4人で囲む。

 ヒアラは重症なのでベッドの中だ。


「ズィーペ、村の様子はどうだった?」


 アクナは聞いた。


「次の税徴収が厳しいっていって、みんな困ってたかな。バリスタじいさんは健在だったけど」


 ズィーペはそう答え、肩をすくめた。


 俺はたずねる。


「バリスタじいさんって?」

「私たちに協力してくれる、優しいおじちゃんよ。『泉の魔術工房』は決まった座標とは繋がってないんだけど、″えん″がある土地には繋がる。バリスタじいさんは、そんな縁のある村に住んでる、この空間のかつての住民なの」


 この神秘の迷い家には、昔からたくさんの人間が住んでいたらしい。


「質問なんだが、村にいけるなら、そこで農具なり、食料なり分けて貰えばいいんじゃないか?」


 俺はたずねた。


「それは……。でも、その村ね、すっごく貧しいのよ。鉄器てっきの類いもくたびれて、代えがないくらいに。だから、道具も借りられないわ」


 ふむ。

 まあ、なら仕方ないか。


 ただ、なにか変な感じがする。

 ここ2日間見てきたアクナの行動力を考えれば、魔術も使えないこの土地で畑を起こすのではなく、外で食料をつくり、ここへ持ちこむ……そんなアイディアを実行に移していそうなものだが。


「……」


 アクナは俺と目を合わせようとせず、視線をスープに落としている。


 俺はそんな彼女を見ていて、なんとなく抱いている気持ちを察した。


 ここがいい、という事だろう。

 俺もその気持ちは十分に理解できる。


 お互い深くは詮索せんさくしないが、ここに流れ着いた者たちは、みんな何かしら人間社会というものを遠くに置きたがっている傾向がある。


 俺だってそうだ。


 だからきっと、ズィーペはひとりで村へ行って交渉して、様子を伺ってきたのだろう。


 つまるところ、みんな根暗なのだ。

 俺を含め、陰キャの集団なのだ。


 ただ、勘違いしてはいけないのは、これはネガティブな意味ではないこと。


 別にいいじゃないか。

 だって、疲れちゃったんだから。






 朝食を取り終わると、俺たちは裏庭へむかった。


 ズィーペの杖の力を確認するためだ。

 

 俺とアクナ、フェイは、得意げに大杖をもち菜園予定地へ向けて魔術を行使するズィーペを遠巻きに見守る。


 ズィーペは杖を片手に持ち、かかげ、もう片方の手にフータを乗せて無詠唱の魔術を使用した。

 

「≪土操どそう≫」


 魔術トリガーだけが静かにつぶやかれると、昨日俺が無理やり耕したふかふか土たちが、再び沸騰する湯のようにぶくぶく動きはじめた。


 土のなだらかな動きは、波となって伝播していき、俺の耕した範囲まで広がると、土たちは自分たちで、縦列を揃えて畑らしく外観を整えはじめた。


「おーちゃんと魔術だ〜!」


 アクナは嬉しそうに手をたたいた。


 ズィーペは自慢げに鼻を鳴らして「まあ、こんなとこかな!」と杖で地面をつく。


「たぶん、各属性なら今までと同じように魔術を使えるはず。気をつけないといけないのは、精霊の維持コストに普段から魔力リソースをから、あまり過信しないこと。あと単純に魔術行使に必要な魔力量が、平均して増えてるから、これまた残存魔力には細心の注意をはらうことかな」


 ズィーペが「わかったかね、精霊使い諸君!」と楽しげに言うと、アクナとフェイは「はーい」と呑気な返事をかえした。


「それじゃ、さっそく各属性に合わせた、マイ・ロッドを作ろうか」







 ズィーペたちと古民家に戻り、俺たちリビングを片付けることにした。


「んぅー、んぅー」


 机をひとりで押そうとしているのはフェイ。

 ただ、まったく動いてはいない。


「いっしょに持つべきだ」


 俺はそう進言して机の反対側を持った。

 フェイはにへーっと笑い、机を押すのをやめて、持ちあげにかかった。


「……」


 ただし、フェイの側だけ持ち上がってはいない。


 なるほど。

 体育会系魔術師はあの赤いのだけらしい。

 

 仕方なく俺はアクナとズィーペがリビングに戻ってくるのを待って、机をはしっこに寄せた。


「これでよし」


 ひと通り片付け終わると、ズィーペは、村から持って帰ってきた素材をリビングの床に大雑把にひろげはじめた。


 みんな床に直ずわりして、興味津々に袋を開いていく。


 俺は貴族的に、なんとなく抵抗を感じたが、みんなにあわせることにした。


 座ってみると、なんだか、同年代の友達たちと遊んでいるような、不思議な懐かしさを感じた。


 ずっと昔、まだ幼い子供の頃。

 たしかこんな風に遊んだ友達がいたのだっけ。


 今となっては、記憶は定かではない。


「あー! ずるいぞ! あたしも混ぜろよ!」


 階段のほうから声が聞こえた。


 案の定、ヒアラ様だ。

 彼女は普段は雑な着こなしを好み、いろいろはだけさせているヘソだしさんなのだが、今はそこら中に包帯が巻かれている。


 頼むから寝ててくれ感、を強く感じた。


「ヒアラちゃん、寝てないとだめだよ」

「うっせえやい。人が寝てるからって、好き勝手ひとのうえに乗せてやがって。みょうに息苦しいと思ったぜ」


「のそのそ」

「わふぅ」


 ヒアラは両手に抱えたカゼノコとヴィルを、フェイと俺のもとに押しつけて、そのまま俺のすぐとなりに腰をおろした。


「わふ」

「よしよし。そうかそうか」


 整地されてて寝心地よかった、とかヴィルが言ってそうだけど、わざわざ声に出しては言わない。言わぬが花というやつだ。


「で、マイ・ロッドってどう作るんだ?」


 皆が定位置につき、俺はズィーペにだすねる。


「それじゃまずは、一番大事なものからだね」


 ズィーペはそう言い、袋から赤い宝玉を取りだして見せた。


 宝玉はとなりのフェイに渡され、俺にまわって、ヒアラへとたどりつく。


「今から作る杖で大切なのは″魔力核まりょくかく″の強さだからね。この魔力核が強いほど、より高い次元の魔術を行使できる。つまり、ボクたちが手づくりする杖は、かの天才てんさい作杖師さくじょうしオズワール・オザワ・オズレのつくる杖のような複雑なモノじゃない、魔力核をつかった、ごく簡易的なものなんだ」


 オズワール・オザワ・オズレ。

 魔術世界に名を轟かせる世界一の杖職人。

 

 彼が現れてから、人類の魔術レベルは、いち段階が進化したといわしめる程の偉人だ。


「これは?」


 ヒアラは手のなかで宝玉を、ポンポン投げて遊びながら聞く。


「バリスタじいさんが隠し持ってたお宝をボクが交渉して手に入れたんだ。他の属性は、いくつか″魔力核″の候補があるけど、火属性ならもうそれ一択だからね。先に渡したんだ」

 

「ふーん、良いやつなんだ」


「いいなー、ヒアラちゃんだけずるい」

「ヒアラにはちょっと勿体無いかもかな〜」


「へへ〜ん、いいだろ〜!」


 羨望の眼差しを受け、ヒアラは気分良くニヤニヤ笑った。


「さあ、それじゃ、これをよく見てね」


 ズィーペは自分の杖を手本に、皆に杖作りを説明しはじめた。


 彼女の杖は、魔力素材であるエルダートレントの材木の先に、土属性の魔力を保持して結晶化した、純度の低いクリスタルをつけたものだ。


 見たところ、魔力伝達する素材の支え木に、魔力核を乗せてるだけなので、本当に簡単なつくりなのだとわかる。


 フェイとアクナが候補となる素材を選ぶなか、ヒアラは一足先に魔力核を乗せる支え木の工作に入った。


 俺もフェイとアクナに混じって、魔力核を探してみる。


 しかし、


「黒属性の魔力核ってあるか?」

「え? 黒属性って?」


 そうなるよね。


「ヴィルの属性で、俺がこれから付き合っていく属性なんだけど……ちょっと珍しくて……」


 俺が歯切れ悪く言うと、みんな可哀想なものを見る目で俺のことを見つめてきた。


 ヒアラでさえ、空気を察して、ひとりだけ順調な杖作りの手を止めている。


「いや、いいんだ。なんとなく、わかってたから」


 俺はそう言いつつも、心の中では落胆していた。


 そうだよな。


 これまで1000年近い人類の歴史のなかで、黒の属性が体系化されてこなかったのは、それだけ黒い魔術を扱う魔物が少ないってことだ。


 黒属性の魔力触媒なんて、意図して探そうとしない限り絶対に手に入らないだろう。


「ごめん、ダルク。たぶん、その属性の魔力核となれる魔力触媒は無いと思うよ」

「そうか」


 俺は支え木を置いて立ちあがる。


「どこ行くの?」

「ちょっと、外の空気吸ってくる」


 俺はそういって、真ツリーハウスを出た。


 




「わふぅ、わふぅ……」

「なんだ、責任感じてるのか?」


 泉の近くに腰をおろしていると、ヴィルが申し訳なさそうに細い声をあげた。


「別にいいんだ。元から魔術を捨てた身だし、これは必然の結果なんだろ」


 杖を捨てた日に、こうなるのは決まってた。

 

 魔術に頼らない生活も悪くない。


 これからは健康的に体を鍛えてもいいしな。


「ダルクくん」


 声が聞こえて振りかえる。

 フェイが憂いの眼差しで立っていた。


 俺は手を鷹揚にふり、気にしないよう告げる。


 すると、フェイは「そんな事できないよ」と言った。


「ダルクくんが落ち込んでるの、誰が見てもまるわかりだもん」

「そんな落ち込んでない。当たり前のことが、ただ当たり前のように起こっただけ。起こるべくして起こった課題に、落ちこむ事なんてないさ。研究者とは、開発者とは、魔術師とはそういう者だろ」

「それは″ダルクくんの魔術師″だよ、ていっ」

「痛っ」


 背後から頭を叩かれる。

 

「ん?」


 頭のうえに適度な重みを感じる。

 今、フェイがなにか置いたのか?


 手にとってみると、それがひび割れたコインだと気がついた。


「それをダルクくんにあげます」

「……でも、これは宝なんだろ?」

「ごめん、実は気がついてなかったかもしれないけど、あれは嘘だったのです」


 気がついてました。


「わたしたちは無事、杖を手に入れられそうだから、もう魔導硬貨は不要。丁寧に使えばまだ使用に耐えられるはず……なので、ダルクくん、それで元気だしてほしいなぁ」


 フェイは俺の隣にしゃがみ込み、寂しそうな眼差しを向けてくる。


 そんな顔をされたら、選択肢などあっても、なくなってしまう。


 俺はフェイから視線をそらし、ため息をつき、立ちあがった。


「ありがとな。これはありがたく使わせてもらう」

「うん! よしよし、みんなに心配かけないように元気になって、えらいえらい、だよ」


 フェイはつま先で立ち、ぐっと背伸びして俺の頭を撫でてきた。


「あ、赤くなった」

「……なってない」

「ううん、なってるよ。あはは、アクナの言うとおりだねー」


 フェイはにかーっと陽だまりのような笑顔をうかべ、元気よく真ツリーハウスへもどっていく。


 やれやれ。

 良からぬ噂が広まってるな。


「別に、赤くなってないよな?」

「わふぅ」

「……わりと赤くなってる? 嘘つけ」

「わふんっ」


 契約者をからかう悪い精霊を、指先でこずき、俺も真ツリーハウスへと戻った。


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疲れきった天才魔術師、深森の魔女たちと精霊を飼うことにした ファンタスティック小説家 @ytki0920

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