第8話 天才魔術師と4人目の少女


 森でのテゴラックス騒動から一夜明けた。


 まだ、日が昇らない薄暗い時間に起きて、俺はヒアラとかしゃ猫の様子を見にいく。


「わふ」

「お前もくるか」


 ヴィルも連れて、ヒアラとアクナが寝てる部屋へ入ると、そこには先客がいた。


「ダルクくん。おはよう」

「ああ、おはよう」


 フェイは身支度をぱっちり整えた状態で、ヒアラの平らな胸のうえに、カゼノコを置いていた。


「安定性ばつぐん」


 すごい怒られそうな事言っている。


「怪我の具合はどうだ?」

「うん、どっちも平気そうだよ。しばらく、安静にしてれば治ると思うなぁ。治癒霊薬があれば、もっとよかったけど……わたしは作れないから」

「学院じゃ、霊薬学れいやくがくの単位も取ってたから、簡単な治癒霊薬なら俺でも調合できるぞ。素材があればな」


 まあ、肝心の素材がないから困ってるわけだが。


「ダルクくんは霊薬がつくれるの?」

「錬金術はものづくりに役立つ。修めておいて損はない」

「へえ。凄いんだね」


 フェイは感心したようにうなずくと「そろそろ、ご飯作らなくちゃ」といって、部屋を出ていった。


「わふ」

「……俺もおそなえしとくか」


 俺はヴィルを持ちあげ、安らかに眠る少女の安定性の高い胸に、カゼノコと隣あうに感じに、我が精霊を置いておくことにした。

 






         ⌛︎⌛︎⌛︎







 早朝の庭に出てきた。

 フェイが朝食をつくり終わるまで、なにかしようと思ったからだ。


 ここ『泉の魔術工房』は、辺境の牧場まきばを思わせる、そこそこのスペースの草原が深い森のなかにポツンと置いてある感じの空間だ。


 そのため、人間の住処として悪くない環境だが、一方で魔物たちにもよく目立つ。


 俺は草原のはしっこと、森の境目に近寄りしゃがみこんだ。


 地面に突き刺さる、木人形を手に取ってみる。


「トーテムか」


 かなり古い魔術形態だが、辺境魔術師のなかには、まだわずかばり、このトーテムを使ってる魔術師がいるとか聞いたことはある。


 アクナか、フェイか、ヒアラか……あるいは出かけているというズィーペか。


 誰かしら、珍しい術をつかってこの空間を防衛する結界を張っているようだ。


 俺はトーテムを地面に刺しなおして、ぐるっと一周回ってみることにした。


 先ほどと同じトーテムが『泉の魔術工房』を囲むように展開されていることを確認して、一応の安心を得る。


「最低限、安全は確保されてる、と」


 正直、昨晩は眠れなかった。


 ヒアラの怪我が気になったし、朝起きたらテゴラックスが工房内に侵入していて、誰かが襲われてるんじゃないかと不安にかられたからだ。


「農作、家の改築、精霊研究、食料調達……安全確保」


 やることは山積みだ。


 これらすべてを人力で解決するだけのノウハウが俺たちにあるのか。

 あったとして、それを実行できる能力があるのか。


 まだ何とも言えないが、ひとつ確かな事がある。


「魔術が必要、か」


 俺は確信する。

 魔術師やめたとか言ってる場合じゃない。


 俺は魔術師に戻ることを決心した。


 しかし、残念なことに魔術師に戻ると思ったところで、『泉の魔術工房』とその近辺では杖をもちいた現代魔術の多くは使えない。


 この空間には法則が働いてる。


 草原の中央にある古民家、そこに近づけば近づくほど、おそらくこの空間では魔力の操作が難しくなる。


 昨日、ひとつのエビデンス根拠を得た。


 それはある程度、『泉の魔術工房』から離れた森のなかでなら、俺が魔術を使えたことだ。


 ただ、あの一撃は例外ではある。


 精霊術≪黒筆くろふで≫……あれはヒアラを追っている最中、ヴィルの属性がまさかまさかの珍属性『くろ』だと気がついた事と、俺が『無気の魔力』を使えたことが大きい。


 『黒』属性は、近年新しく提唱された魔力の色だ。

 ある魔法生物を詳しく調べることで得られた、メジャーな現代魔術『四大属性式魔術』に連なりながらも新しい分野の魔術である。


 ちなみに、提唱者は俺だ。


 学会でこの研究を発表したことで、俺は『黄昏たそがれ』となったと言っても過言ではない。


 しかし、この黒属性式魔術、今のところ魔法生物の魔力の使い方を参考にいくつかの魔術を考えてはいたのだが、実は致命的な欠陥が存在する。


 それは人間が″黒″を扱えないということ。


 人間の身ではどれだけ頑張っても、魚と同じように泳げないように、黒属性はヒトには適しておらず、操作は困難を極める。


 ただ、俺はどうしても自分で提唱した魔法領域を″流行らせたかった″。


 あらゆる属性魔力への変換を可能にした、新しい魔力ーー『無気の魔力』の発見は、すなわち黒属性式魔術を使うことが目的であった。


 ちなみに『無気の魔力』の発見者も俺だ。


 俺はこれらを使い、人間には不可能な新しい魔術を使えるように練習してきた……その成果が、昨日、ヒアラを助けた≪黒筆くろふで≫なわけだ。

 

「精霊の属性適性のおかけでブーストがかかって、無詠唱ではなく、魔術式を3節まで呼んだから魔術をギリギリ発動できた、と」


 俺は裏庭の畑予定地を散歩しながら、考察をふくらませていく。


「ただ、出現した黒槍は一本だけ……消費魔力は、俺の全魔力量の3分の1……ヴィルとの契約ブーストがあっても杖なし魔術は無理があるな。ただでさえ『無気の魔力』を代替案として使ってるせいで魔力効率がよくないのだし」


 うーむ。

 黒属性式魔術を使えることは嬉しいが……やっぱり、普通の属性のほうが使い勝手はよかったなぁ……。


「地属性とかなら、畑無双出来たんだけど……ん?」


 思考にふけっていると、背後から何やら忍んでくる足音に、俺は気がついてしまった。


 さてはフェイが驚かしに来たな。

 やれやれ、察しが良すぎるのも困りものだ。


 俺は力なく首をふり、フェイにチャンスを与えてやることにした。


 そうして、ドッキリに気がついてしまった仕掛け人の心境で待機すること2秒後ーー、


「不審者確保ぉお!」

「?」


 突如として、俺の足元の地面がもこもこしだして、足が取られてしまう。


 そうして、一呼吸の間に、俺の体は″肩まで″柔らかい地面のなかに埋まってしまった。


 水のなか直立したまま飛びこんだ気分だ。


「て、そんな感想抱いて場合か! 誰だ!」


 首が動かせないせいで、背後の人物を見れない。


「ついにここにも不審者がやってくるようになってしまいましたか」


 背後からぐるっとまわって、その者は俺の前に立った。


 茶髪の少年……いや、少女だ。

 メガネを掛けていて、一見してわかりにくいが、胸が大きく、黒いスパッツを履いている。


 さらにはヒアラやフェイ、アクナたちとお揃いの上着を着ていた。


 手には魔法の大杖らしき物をもっている。


 もしやこの子は……。


「お前がズィーペか?」

「……なんで、それを知っているんですか、不審者」

「アクナが教えてくれたんだ。あと俺は不審者じゃない」


 俺の言葉をきき、茶髪の少女ーーズィーペは目を見開く。


「もしかして、もうアクナたちにひと通り破廉恥なイタズラしたあとだと言うのですか?!」

「え?」

「こうしちゃいられない。フータ、この不審者を見張っていてください!」

「ほーほー」


 ズィーペはメガネの腹を押しあげ「アクナぁああ! フェイいい、ヒアラぁああ、今助けますよおおお!」と叫びながら、真ツリーハウスへと走っていってしまった。


「あ」

「ほーほー」


 身動き取れない俺の顔まえに、茶色く綺麗な毛並みをしたフクロウが降りたった。


 くりっとした瞳で、もふっと膨らんだハト胸が愛くるしい。ふくろうなのに。


 フータと呼ばれたフクロウは、まるで感情が読めない眼差しを向けてくる。


 そういえば、鳥って目とかつついてくるんじゃなかったか。


「やめろ。頼むから、落ち着けよ……?」

「ほーほー」


 俺は恐怖と戦いながら、はやく誤解が解ける事を祈った。







 ーー数分後


「ごめんなさーい!」


 メガネ少女は土だらけの俺へ、深く頭を下げていた。


「別に怒ってないぞ。何となく君に見つかったらこうなる事は予想できてたし」


 俺は土を払いながら言った。


「うう、でも、ヒアラを助けてくれた恩人になんて事を……」

「本当に怒ってないから気にするな。それより、そのフクロウは君の精霊か?」

「あ、その通りです。さあ、フータ、挨拶して」

「ほーほー」


 やっぱり、フータというらしい。

 ふかふかな頭を撫でさせてくれた。


 フクロウも可愛いな。


 俺はズィーペに俺がやってきた2日前からの出来事を話した。


 彼女は愛想良く聞いてくれて、ヒアラよりずっと話が通じそうな感じで、俺も安心できた。


「ところで、それは?」


 俺はズィーペの手にもつ、魔法の大杖らしき物についてたずねてみた。


「見ての通り、杖です!」

「っ、それじゃ、さっき俺を地面に埋めたのは、土の魔術を使ったってことか?」

「ええ、ボクのフータは土属性の精霊なので、あれくらいなら朝飯前ですよ」


 ほうほう、いろいろ興味深いな。


「その杖は、まさかこの空間でも使えるように改良を加えた杖ってことなのか? フェイはそんなこと言ってなかったが?」

「ふふ、当然ですよ、だってこの杖、ボクが時間かけて行ってきた村で、作ってきたばかりの新品なんですからね! フェイたちは知らないんですよ」

「凄いな。俺にもちょっとだけ使わせてくれるか?」

「あ、それは、ダメです」


 なんだよ……。

 ちょっとくらい良いじゃん……。

 けちんぼかよ……。


「実はこの杖、土属性の魔術しか使えない仕様に限定することで、安定をはかってるんです」

「ふむ……それしゃ、俺が土属性使えばいいのか?」

「んー、それもやめておいた方がいいですよ。ダルクも精霊使いになっているのでしょう? 別の属性魔力の使用は、契約精霊に負担をかけてしまうので、あの黒い仔犬……ヴィルと仲良くしたいのなら、これから異なる属性魔力は使わない事をオススメします」


 精霊使い、制約多いな。

 こりゃ廃れるのも無理はない。


「まあ、まあ、そう落ち込まないでください、ダルク。ボクはちゃんとみんなにお土産を持ってきたんですから」

「お土産?」

「ええ、とっておきです」


 ズィーペはニコニコ笑い、ポケットから真っ赤な宝玉を取り出した。


 内側にメラメラと燃える炎が見える。

 これは高密度の魔力物質だ。


 市場で買ったら、うちの新商品『バロック』10個分くらいの値段がつきそうだ。


「これはヒアラ用ですが、ほかにもいくつか素材を融通してもらいました」

「素材って、まさか」

「そうですよ、ダルク。今日はみんなで杖を作りましょう! きっとあなたの属性にあう″しん″もありますから、明日には魔術師として復活できますよ!」


 ズィーペの頼もしい笑顔がまぶしい。


 たくさんの素材か。

 黒属性の魔力核があればいいが……。


 一抹の不安を胸に、俺とズィーペは朝食の知らせを持ってきたフェイと共に家にはいった。


 

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