ひとでなしを勇者にしてしまった!

monaka

ひとでなしを勇者にしてしまった!


「あんたも少しは手伝いなさいよ! このままじゃみんな殺されちゃう!」


「……なんで? 別にいいでしょ知らない人がいくら死んだって」


「あんたそれでも勇者なの!? 信じらんない……」


「君らが勝手に呼び出して勝手に勇者にしただけだよね?……ボクは別にこいつらが死んでも困らないし」


「この陰キャ! ひとでなし!」


「まぁ、ひとでなしの部分は認めるけど。……いや、陰キャもかな」


「どうでもいいのよ! 早くなんとかしなさいよ!」


「やだよめんどくさい。全部終わったら教えて。それまであっちの丘で寝てるから。あ、でも死なないでね? 困る」


「ちょっ、待ちなさいよ! 冗談でしょ!? え、ほんとに行っちゃうの!? お願い待って! 皆を、というかあたしを助けて!! あ、待ってよ! 待ちなさい! おい待てゴルァ!!」



最低。

あんなのが本当に勇者なの?

罪も無い人が目の前で殺されてもなんとも思わないなんてどうかしてる。


その上なんの罪も無くて超絶可愛いこのあたしが殺されそうになってるのに助けてくれないなんてもう人じゃないわ。


死んだら困るって何?

案内役が居なくなるからでしょ??


どうしてこうなったんだ。


あたしはただ、勇者様の力になる為にひたすら頑張ってきたのに。


学院一の問題児と呼ばれたこのあたし、シャルロッテ・ウィンディ・マッケンロウが、この為だけに頑張ってきたのに。


まさかお前が神の巫女に選ばれるなんて思いもしなかった。世も末だなとまで言われたこのあたしが!


イケメン勇者様と魔王倒して結婚して玉の輿に乗って生涯幸せに暮らしましたとさ、まる! ってなる筈だったのになんなのあの腐れ陰キャは!!


思えば最初からおかしいと思ってた。

容姿端麗成績優秀文武両道のイケメンパーフェクトヒューマンだって女神様が言ってたから勇者に選んだ筈なのに女の子だったし!

転生を受け入れるかわりに女神様に女にしてもらったとかわけわかんない。


その時点で私の玉の輿計画は破綻してる。


女神の信託を受けてあたしが勇者召喚した時、目の前に美少女が現れた時のあたしの気持ちがわかるか!?


イケメンとウキウキの冒険に出発する筈だったのになんなんだあいつ!


事前の情報とまるで違う。

こんなの詐欺だ!


間違えたかと思って本人にいろいろ確認したけど「それは間違いなくボクのコトだね」って。


だったらそれがどうしてあんな腐れ陰キャなの!?


あたしは神の巫女になってしまった以上勇者と冒険に出なきゃいけない決まりだし、あいつ全然コミュニケーションとってくれないし、ご飯の催促だけは凄いし、訪れた街が魔物に襲われてるって言うのに見てるだけだし昼寝しに行っちゃうしもう死ね!

貴様のような勇者はさっさと死ね!!


そしたらあたしは御役目から開放される。

あたしは今までこの時の為に頑張ってきた。それが全て無に帰すのは辛いしショックだけど、あんなド腐れ陰キャと今後も旅を続けなきゃならない苦痛に比べればだいぶマシだ。


それにそれに、今まさに私の人生終わりかけなんですけどどうしてくれるの?


「あ、あんた見た事があるぞ! 確か最年少で巫女に選ばれたっていう……ちょうど良かった! この街を、俺達を助け……」


「うっせーボケ! こっちは自分の身守るんで精一杯なんじゃ自分で何とかしろーっ!」


「そ、そんな……そうだ、あんたが居るって事は勇者様がこの街に来てるんだろ!? なぁ、なんとかしてくれよ! このままじゃ本当に皆殺しにされちまう!」


「……あー、勇者ね、うん。そのあんたが期待してる勇者様なら今頃あっちの丘の上で昼寝してるわ」


「ひる……ね? 瞑想とか精神統一とか……」


「ううん、昼寝よ。あのド腐れ糞陰キャ勇者はあんたたちの事なんてどうでもいいんだってさ。むしろ超絶可愛いこのあたしの事すらもね!」


ほんと最低。

あたしこんなところで人生終わっちゃうの?


まだイケメンと出会えてもいないのに?


……嫌だ。

そんなのは絶対に嫌。


伝承にある通りなら勇者には自然と強力な仲間が集まるはず。


それだけ世界に対しての求心力が働いているはずなのだ。


だとしたら、この先あいつと一緒にいればイケメン聖騎士とか、イケメン大賢者とか、とにかくいろいろなイケメンが集まって来るはず!


そうだ、希望はまだ捨てちゃダメよあたし!

あたしの人生まだまだこれからなんだから!


「ブツブツ言ってないでなんとかしてくれ!」


「うっせーっつってんだろぉぉぉ!? あたしの人生の肥やしになれぇぇぇっ!!」


あたしはうるさい街人Aを担ぎ上げて、こちらに向かってくる魔物に思い切り投げつけた。


激突したショックで魔物も街人Aも動かなくなったから大成功。


「よっしゃかかってこいオルァ!! てめーら全員ぶち殺してやんよぉぉぉ!!」


一斉に魔物たちがあたしにギラついた眼を向ける。


あんたらにモテたって糞ほどの意味もないわ!


このあたし、シャルロッテ・ウィンディ・マッケンロウが学院一の問題児と言われた所以を見せてやんよ!!


あたしが使えるのは治癒の魔法一式、そして簡単な攻撃魔法各種、そして、魔力を全て筋力に変換する特殊魔法!


「あたしを怒らせた事がどれほど罪深い事なのかその身に刻んでやるぁぁぁぁぁぁ!!」


魔物へ向け走る。


「マッスルコンバージョン!! マッスルコンバージョン!! マッスルコンバージョン!! マスバ!! マスバ!! マスバ!! うぅぅぅ……まっそー!!」


ありったけの魔力を筋力に変換し、魔物の顔面に拳を叩き込む。


どっぱぁぁぁぁぁぁん!!


「ひぃぃぃぃ!!」


今のは誰の声だ? 多分魔物の脳症をぶっ被った街人Bとかだろう。


「オラオラ次かかってこんかーい!!」


あたしは本来魔法に全く興味なんて無かった。

勇者様と結婚する為に、それだけの為に魔法を習うためセント・マリアン学院に入った。


セント・マリアン学院は、代々、この世の危機に勇者を召喚し、サポートをする女神の巫女、通称めがみこを育成する為の機関だ。


元々格闘技一本だったあたしは血の滲むような努力によりめがみこ候補生まで上り詰め、ライバルのエバーラスティン・ブリリアント・エリザベス・パーラーを闇討ちして再起不能に追い込み見事巫女に選ばれた。


つまり、あたしの本気は魔法じゃない!


「こっちなんだよぉぉぉ!! 死ねっ!

死ねっ! 死ねーっ!!」


魔物の群れの中へ飛び込み、回し蹴りでミノタウロスの胴体を真っ二つにし、その勢いを殺さずにキメラへ向かって高く飛んで踵落としで頭を砕く。


スライムが飛びかかって来たので「喝!」と衝撃波を飛ばしバラバラにした後背後から攻撃してきたオークの斧を指で挟んで受け止め、がら空きの鳩尾に前蹴りをかまして風穴を空ける。


空を飛んでるグリフォンにオークの斧をぶん投げて首を飛ばし、群がるゴブリンどもを片っ端からぶっ叩く。


途中から魔物達が逃げ惑うようになったけれどあたしの怒りはこんなもんじゃおさまらない。


逃げる魔物を追いかけ、回り込み、一番図体のデカイトロールを張り倒して両足掴んでジャイアントスイングしながら周りの魔物達を薙ぎ倒し、既に遠くへ逃げてしまったガーゴイルにトロールを投げつけ押し潰す。


「はぁ……はぁ……、これで、全部かしら……?」


気が付けばあたり一面血の海で、まともに動ける魔物は一匹も残っていなかった。


「……お、おわっ、た……」


あたし、やったよ。

一人でも魔物の群れを全滅させたよ!


「あ、ありがとうございます! この街を救ってくださり……ひぃぃぃ!?」


どこかに避難していた街人達がぞろぞろと出てきてあたしに感謝の言葉を述べるけれど、振り返って微笑んだら悲鳴をあげられた。


「……その態度はないんじゃないかなぁ?」


「も、申し訳ありません! その、巫女様があまりに、その……」


なんだって言うのよ。この超絶可愛いこのシャルロッテ・ウィンディ・マッケンロウちゃんに向かって失礼よ?


「……あ」


我にかえって自らを見てみれば、全身どす黒い血と魔物の臓物に塗れている。


これは怖がられても仕方ないわね。


「どこかでお風呂貸してくれない?」


「は、はい! 勿論ご用意させて頂きます!!」


「あー、それとね」


「な、何でしょう……?」


「この街のとびきりイケメンを集めて接待してちょうだい」


「……はい?」


「二度は言わないわよ……やるの? やらないの?」


あたしはただ、善意剥き出しで微笑んだだけなのに街の人たちは悲鳴をあげて「やりますやりますすぐに集めます!!」と蜘蛛の子を散らすように逃げていった。


こんな街でもイケメンの一人や二人居るはず!


勿論あたしが狙ってるのは顔だけじゃなくて地位も金も権力も名声もある人だから疲れを癒やすだけ。


少しでもいいからとにかくイケメンに囲まれて安らぎたい。


街の中心にある噴水の縁に腰掛けて十分ほど待つと、街の代表だと名乗る老人が、「準備が整いました」とあたしを案内してくれた。


お風呂は流石に個人宅のを借りるわけにいかず、大衆浴場を貸し切りにしてくれたのでのんびり身体に纏わり付く血肉を洗い流した。


服に関しては自分で水魔法と炎魔法を駆使して洗って乾かす。


あたしはこういう生活的な魔法も得意な家庭的めがみこなのだ。


良い奥さんになるぞ?

世の中のイケメンよ、あたしはここに居る!


「……ふぅ、気持ち良かった」


「それではこちらへどうぞ。この街のイケメン達を五人程用意いたしました」


「ほほう、苦しゅうない」


平然と返事をしたけれど、あたしの心はウキウキワクワクだ。


「さぁ、この扉の中です」


案内された部屋の扉を期待値MAXで開け放つと……。


「わからない奴だな。巫女はどこに居ると聞いてるんだけど」


「あ、あががが……っ!」

「許してやって下さい! そいつには昨日産まれたばかりの子供がッ!」


「うるさい。聞いた事だけさっさと答えて」


勇者様がイケメンにアイアンクローしてた。


「ちょっ、えぇ?? あんたなにやってんの!? 今更出て来てあたしの至福の時間を邪魔しないでよ!! ってか子持ち混ざってんのかよ!」


「……そこに居たの? ボクは全部終わったら教えてって言ったよね?」


「うっ、放置したのは悪いけどさ、でもあんた昼寝してたんでしょ? いいじゃんもう少し寝てなさいよ! あたしはこれからお楽しみタイムなの!」


「どうでもいい。お腹が空いたからご飯作って」


ご飯作って。なんて可愛い顔して可愛い事言ったってダメだかんね!


これはあたしのご褒美タイムなんだぞ!


「頑張ってあたしが魔物全部倒したのよ!? ご飯なんてその辺で勝手に食べてくればいいでしょ!? あたしのご褒美取らないでよっ!」


「知らないよ。お腹すいた。シャルの作ったご飯が食べたい」


……なんでこいつあたしの手料理にそんな執着心出してんのよ。


確かに道中食事作ってあげてたけどさ……。


もしかしてそんなにあたしの料理が気に入ってたの?


あたしって必要とされてる?


「早く」


「っもう……しょうがないなぁ♫ そんなに言うなら作ってあげるから待ってなさい。あ、そこのイケメンさん、厨房ってどこかしら?」


勇者のアイアンクローから解放された子持ちイケメンは泣きながら厨房の場所を教えてくれた。


ふふ……しかしあの勇者がねぇ、あたしの手料理以外食べたく無いだなんて可愛いところあるじゃない♫


厨房にはいろんな食材が用意されていたので、腕によりをかけて作ってあげた。


料理を褒められるのは悪い気がしない。

女子力の為とがっつり修行しておいて良かった。


いや、こんな勇者に気に入られても意味なんて無いんだけどね?

それでも美味しそうに手料理を食べてくれるのは嬉しいのよ。


「さ、美味しく出来たと思うわ。たっぷり食べなさいよね♫」


「うん、これは美味しそうだ。いただきま……」


どっがしゃぁぁぁぁぁん!!


……は?

目の前に何か降ってきた。

建物の屋根を突き破って誰かが降ってきた。


あたしが腕によりをかけて作った料理の上に。


「あ、あぁぁぁぁ!! 何してくれてんのよ!! 誰だ貴様!! ぶっ殺してやる!」


「我の名はゴズィール。四天王アラクネ様の右腕、ゴズィールだ。覚えなくてもいい、すぐに死ぬ事になろう」


うげっ、四天王のアラクネって言ったら魔王軍の中でもかなりの過激派として有名な奴だ。

しかもその右腕?? イキナリ出てくるボスとしては順序がおかしい!

でもあたしの手料理台無しにしてくれた怨みはきっちり晴らさせてもらう。


「貴様が勇者だな……先程は我が配下を可愛がってくれたようで……」


「あ、それあたし」


「……なんだと?」


あらやだこの人よく見たらかなりイケメンじゃん!


「勇者様は何もしてくれなかったからあたしがやった」


「ふふふ……冗談の上手い小娘だ。気に入った。貴様は見たところ女神の巫女だな?

ふむ、使えそうだ。我の妻となれ」


……は?


「何それプロポーズ? ゴズィールさんだっけ? すっごくイケメンだからちょっと考えちゃうけど……」


そうだ、良く考えたらこんなド腐れ勇者の世話係よりもイケメンで権力も実力もあるゴズィールの嫁になった方が幸せなのでは?


魔物だけど、ほとんど人と変わらない外見してるし。背中の羽くらいだし。


これは中々に優良物件なのでは??


「あ、あたし……」


「ねぇ、新しい料理を作ってよ」


勇者が何事も無かったかのようにあたしに料理を催促してきた。嘘でしょ? この状況で?


「で、でもほらあたし今プロポーズされててそれどころじゃないっていうか……」


「そういうのいいから、早く作って。お腹すいた」


「何だ貴様……勇者かと思ったがただの阿呆だったか……?」


「ほ、ほらゴズィールさんもご立腹みたいだしさ、ご飯は諦めて……」


「やだ。お前こいつの嫁になるのか? そしたらご飯はどうなる?」


「えっと……まだ決まったわけじゃ……でもそうなったらもうご飯作るのはね、流石にね?」


「そう……じゃあ殺すか」


そう言って勇者はゴズィールを睨む。


……いや、睨んでないや。阿呆みたいにぼーっと見てるだけだこれ。


こんなんで勝てるわけない。

そもそもこの勇者まだ駆け出しだから特殊な能力なんも覚えてなかったはず。


殺されるぞ。


「あ、あのゴズィールさん? この人ちょっとお腹すいててまともな判断ができないだけなの、許してあげて……」


「……いくら阿呆と言っても勇者は勇者、ここで殺しておく事にするか」


ほらぁぁぁ!! ゴズィールさんやる気になっちゃったじゃんどーすんの!?


「ボクは死なないし死ぬのはお前だよ?」


「は、ははははは!! これはいい。阿呆の小娘勇者が、四天王の右腕である我を、殺すと! ふはははは!」


「話が長い」


どぎゃぁぁぁぁぁぁん!


あたしは何が起きたのか全く理解出来なかった。

ただ、勇者がいつもの気だるそうな感じでゴズィールに殴りかかって、それを彼がほくそ笑みながら片手で受け止めて……。


そのまま建物の壁をぶち破って飛んでった。


「は? えぇぇぇ!? 今あんた何したの!?」


「あいつ殺してくるから料理作っといてね」


「ちょっと待ちなさいよ! ……って、もう行っちゃった……なんなの?」


料理作れって言われても、こんな戦い気になるに決まってるじゃん。


壁に空いた穴を五つほど通り抜け、ゴズィールは外まで吹き飛んでいた。


かなり怒っているらしく、鬼のような形相だ。


「我に戦いを挑んだ事、後悔させてやる!」


「そういうのいいから」


あの勇者には感情って物が無いのか?

やる気を出す訳でもなく、ただ料理食べたいから邪魔な奴殺す的な感じだよねこれ。


「我本来の姿で相手をしてやろう! 行くぞ!!」


ゴズィールの体がメキメキと音を立てて変形し、体はドス黒く、そして大きくなり、頭には角、尻尾が生えて……こ、これって……。


ベヒーモス!?

伝説級の魔物じゃんか冗談じゃないぞ!


「ふははは! 魔王軍に鬼神ゴズィール有りとまで呼ばれたこの力、思い知るがいい!」


ゴズィールの豪腕が振り下ろされ、勇者に直撃し、途轍もない衝撃があたりに撒き散らされる。


死んだ……!


てかあたしこんな奴の嫁になるのやだよ!

やっぱり魔物じゃダメだ!

イケメンは人間に限るって!!


に、逃げなきゃ……!


「これが鬼神の力なの?」


けろっとした勇者の声が聞こえた気がした。


嘘、あれを受けて生きてるの?


勇者は頭の上でゴズィールの攻撃を受け止めていた。


「な、なんだと!? 貴様、いったい……」


「鬼神なんて言うから少し期待したんだけど……あのね、本当の鬼って言うのはこういうのだから。覚えといて」


可愛らしい勇者の外見。

おでこの真ん中に赤く輝く角がニョキっと生えて、腕が肘の先から巨大な何かに変わっていく。


「お、お前は……何なのだ! 人間では無いのか!?」


勇者が、人間じゃない?

間違いなく人間を選んだ筈だ。女神様の提示した候補の中には人間しか居なかった。


「ボクは鬼だよ。日本……って言っても君には分からないだろうけど。日本で古来より生きている鬼。社会勉強で人間に紛れ込んでたのにこんな所に飛ばされてさ……まぁいいけど」


「な、何を言っているのだ……! こ、これは、アラクネ様に報告しなくてはッ!!」


「待ちなよ。逃がすわけ無いでしょ? ボクがお腹いっぱい美味しいご飯食べる為に君には死んでもらうね」


「わ、訳がわからん! あの女ならもういい! 貴様にくれてやるから! だから……ッ!」


まだちゃんと戦ってもいないのにゴズィールは勇者にビビってる。


そう言えば武術の師匠が言ってたっけ。

弱者は強者の力に気付く事が出来ない。

恐ろしさに気付けるのは強者のみだって。


あたしはそれを聞いた時、分かる奴も強者なら強者同士でたいして差は無いんじゃないかと思った。


でも師匠が言ってたのはこういう事なんだ。

【相手が自分とどれほどかけ離れているのか】を理解できるのは、【それなりに】強い者だけだ、と。


ゴズィールはもう泣き出しそう。ちょっと可哀想になって来た。


「ね、ねぇ勇者様? その人もう許してあげたら? ほら、ゴズィールさんもあたし達に二度と関わらないって約束して! そしたら……」


「約束……? する! もう絶対お前らには近付かないし魔王軍にも戻らない! 山奥で隠居生活するから!!」


もうプライドもへったくれもない。

ただ生きたいって感情が全面に出てる。


これだけ怖がらせとけば大丈夫でしょ。


「……勝手に話進めないでよ」


ぼぎゃり。


勇者様がゴズィールの腕をねじ切った。


「ギャァァァァァァァッ!! な、なんで……どぼじで……」


「だって殺すって言ったじゃん。お前がどういう奴だとか、この先どうするかなんて関係ないし知らないよそんなの」


「ぞ、ぞんな……」


「バイバイ」


ぐちゃあっ。


鈍い音と共にゴズィールの大きな体が斜めに切り裂かれ……いや、切り裂かれたと言うより圧し切られて汚い内臓がどっばどば街に飛び散った。


「ひ、ひえぇぇぇ……」


勇者がこんな危険人物だったとは!!


「……なんでここに居るの?」


「えっ」


「……料理は? 出来たの? まさか……作らずにこんなところで油売ってるの?」


「今すぐ作らせて頂きますぅぅぅ!! しばしっ、しばしお待ちをぉぉぉ!!」


こっわ!!!

なんだあいつめっちゃ怖い!!


え? 鬼?? 社会勉強で人間の振りしてた鬼をあたしが勇者として召喚しちゃったって事!?


ひとでなしだとは思ってたけど人で無いなんて聞いてない!!


やっべぇ! やっべぇ奴だ!!

あんなのと一緒にいたらいつか殺される!!


ダメだ! イケメンと結婚したいんだあたしは!


最悪地位とか権力とかなくてもいいからイケメンと結婚する!!


あんなのと一緒に居たら命がいくつあってもたらんだろ!!




「うん、美味しい〜。おかわりちょうだい」


「はいはーい♫ ほんと美味しそうに食べるなぁ」


「美味しい食べ物には最大限の感謝をってのがとうさまからの教え」


「そっかそっかー。手作り料理をこんなに喜んでくれるなんてあたしが居なくなったらどうする気なの? ちゃんとご飯食べられる?」


「……居なくなるの?」


うっ、しまった。

あんまりにも美味しそうに食べてくれるから女としての喜びを感じてしまっていた。


でもこいつはやべぇ奴なんだから早めに離れないと。


「もしかしたらの話だよ。あたしが死んじゃったりする事もあるかもしれないでしょ?」


「……このご飯が食べられないのは困るからシャルはボクが守るよ」


ちょっとだけキュンと来てしまった我が身を呪う。

こいつ今女だし、ひとでなしだし、最低のド腐れ勇者なんだから。


「でもほら、あたしだって病気で死ぬかもだし」


なんとかひと芝居打って死んだ事にすればこの危険な勇者からは逃れられるかもしれない。


そしたらもう高望みせずに普通のイケメンで手を打とう。


幸せな家庭を手に入れられたらもうそれでいいや。


「シャルが死んだら……もう手料理食べられない?」


「そりゃねぇ、仕方ないでしょ?」


「……」


あれ? 思った以上にショックを受けた顔してる。


ちょっとだけ面白いかもしれない。


「それじゃあこんな世界なんの意味も無いね」


「えっ? あたしが居ない世界には意味が無いって言ってるの……?」


おいおい、こいつどんだけあたしの料理好きなんだよ……。


いや、むしろアレか?

こいつが好きなのは料理じゃなくてあたしか?


頬が緩んでる自分に気付く。


……待て待て、冷静になろう?

こいつ女だし、鬼だし。ヤバイし。


無い。こいつは無いって。


「もしシャルが死んだらもうこんな世界要らないや」


……ん?


「え、どういう意味?」


「手料理食べられないならこんな世界壊そうかなって」


無表情な勇者が、初めてにっこりと笑いながら料理を頬張った。


……あたしは自分の置かれている状況を正しく理解できていなかったようだ。


もしあたしの料理を食べられなくなったら、そして、あたしが死んだりしたら、この世界が終わる。


仮にあたしが何か理由をつけて離脱してもこいつは絶対追いかけてくるし、死んだ事にして逃げたりしたら世界が滅ぼされて結局あたしも死ぬ。


イケメンと結婚どころじゃないぞ……!


あたしの人生詰んだ……!!


なんでこんな奴を勇者にしてしまったんだ。

なんでこいつ女になってんだ!


ちくしょう。

何もかもがうまくいかない。


もう生きる意味ってなんだろう……?

諦めるしかないの……?


「ごちそうさま。また作ってね」


はぁ……。鬼の笑顔は破壊力抜群だった。


こいつから解放されるにはこいつが死ぬしかない。


そもそも鬼だったとして、この世界に転生したくせになんでまだ鬼のままなの?


てかどうやって死んだのさ。

転生するからにはどこかの世界で死んだはずだ。


「ね、ねぇ……女神様に転生させてもらったなら一度死んでるのよね? それ、死因はなんだったの?」


あれだけ強いのに死んだ? 何か弱点があるのかもしれない。


「……餅が喉に詰まった」


「餅ってなに……?」


勇者はそれ以上聞かせてくれなかった。

餅、もち、モチ。勇者の弱点。覚えておこう。いつか必ず役に立つはずだ。


「でも別に死んだわけじゃない」


「……えっ? 転生したんでしょ?」


「正確には転移らしい。女神様って奴がボクのこと気に入って推したいから急いで呼んだらまだ死んでなかった。てへっ♫ って言ってた」


「おい女神ぃぃぃぃ!!」


あれ? ちょっとおかしくない?


「それならなんで女の子になったの? 転生受け入れる代わりに女の子にしてもらったんでしょ?」


そもそもそこからだよあたしの人生設計が狂ったのは。


「新しい環境で生きる時は女性の方が生きやすいよってとうさまが」


「それで女神様に女にしてくれって言ったの?」


「あー、ごめん。それ嘘」


「……へ? どういう事??」


「ボクは自分でこの姿になっただけだよ。女神様に頼んだわけじゃない。女神様がしたのはボクが詰まらせた餅を取り除いてくれただけだよ。死ぬ所を助けてもらったし仕方ないから魔王退治するって約束した」


ちょっとなにいってるかわからない。

女神様との約束とかどうでもいいけど、自分でこの姿になった??


「それって、姿を変えられる……って事?」


「そう」


「あの、物は相談なのですが」


「……なに? 困ってる人全員助けろとかそういう面倒なのは嫌だよ? 魔王倒すのは約束だからやるけどさ」


「そんな事はどうでもよろしい!!」


「……?」


初めて勇者が驚くような顔をした。

あたしにとって大事なのは人命じゃあねーんだよ!


「あんたの本当の姿を見せて」


「え、やだよ。ボク鬼だし」


「お願いお願いお願いお願いお願いー! 顔だけでいいからーっ!」


「仕方ないなぁ……これでいい?」


勇者の顔がスッと変わり、男性の物になった。

角はあるけど顔は人間と変わらない。




「あー、えっと……うん、ありがと。それとね、一つ言っておく事があるんだ」


「何?」



「今後ともよろしくお願いします」



完ッ!!



――――――――――――――


お読みいただきありがとうございます!

少年漫画的王道ファンタジーを作者的解釈で書いたらこうなってしまいました。


普段は【ぼっち姫は目立ちたくない!】というTSファンタジーをメインに書いておりますのでよろしければ上記作を含む他作品なども覗いていただけると嬉しいです☆彡


ではまた他作品でお会い出来ることを祈って。


あ、それとね、一つ言っておく事があるんだ。


今後ともよろしくお願いします。

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