トゲは時に視界から外れる。元々トゲがないこともあるが。

 


 その花屋は、バラしか売っていなかった。


 バラという統一感の中で、色とりどり花の個性が引き立てられている。




「……遅いな」


 店内でスーツ姿の男は腕組みをして待っていた。


 ガラガラ


 奥の障子しょうじから、ローブを着込んだ少女が現れた。

 無論、中身はバラの変異体の操るマネキンではなく、変異体の少女本人である。背中にあったバックパックは和室に置いてきている。


「……」

 変異体の少女は奇妙な声帯を出さずに、口を閉じたまま。

「あ、来た。昨日までお店が休みだったから、心配していましたよ。お母さんの具合は良くなりましたか?」

 男はいかにも常連客らしく気さくな態度で話しかけてきた。4日間の休みの理由なのだろう。少女もすぐに納得したようにうなずいた。

「それならよかった。それじゃあさっそくあの白いバラを……」

 突然、男は会話を止め、少女を見つめた。


 目線はつま先、膝、腹、胸、肩、首、頭についたら折り返し、つま先に戻ってくる。


「……なんか、背が縮んでいません? 10センチぐらい」

「……!!」

 たった10センチの違いでも、常連客の目からみれば異質に見えたのだろうか。

 変異体の少女は慌てたのか、自分の体のあちこちを見回す。無意味な行動を見て、男は目を細めた。




「今まではシークレットブーツだったんですよ。母親の看病で動きやすくするために、今は履いていないだけです」




 店内に聞こえてきた声に、男は振り返った。

 入り口には老人……坂春が立っていた。坂春のフォローに、変異体の少女は胸を下ろす。

「あなた、常連客ですか?」

「まあ、そんなところですな。それはともかく、何か注文するのでは?」

「そうだった。あの白いバラで花束を作ってもらえませんか?」

 少女はうなずき、壁に掛けられている白いバラを数本取り出す。すると、和室の中へと引きずり込まれるように入っていく。




 坂春は少女の行動に疑問に思ったのか、奥の障子をじっと見つめていた。

「母親にバラを渡しに行ったんですよ」

 男はレジの側に置かれているカルトン(お金を置くトレーのようなもの)に代金を置きながら説明した。

「……ああ、なるほど。店番は娘、花束を作るのは母親……ということですか」




「あのー、一応なんですよね?」




 坂春の頬に、汗が流れる。

「ちょ……ちょっと最近ボケてきましてな」

「その割には、シークレットブーツのことを指摘しましたよね?」

 近寄る男に対して、坂春はため息をついた。

「あまり……周りには言いふらさないでくれますか」

「?」




「あの子は俺の孫娘なんですよ。今日入店するのは初めてなんですがね」




 少女は白いバラの花束を持って、男の元へやって来た。

「……」

「……ああ、すみません。代金はいつものところに置きましたから」


 男は少女から花束を受け取る時、少女の耳元に頭を近づけた。

「あなたのおじいさん、なかなか孫思いじゃないですか。だいじにしてあげてくださいね」

 そうささやき、男は店内から立ち去った。


「……ふーう」

 男が見えなくなると、坂春は額の汗をぬくいながらその場に座り込んだ。

「オジイサン……大丈夫……?」

「ああ……ちょっとハッタリをかますのに疲れただけだ」






 2人が和室に戻ってくると、変異体の少女よりも10センチほど高いローブを着たマネキンが立っていた。

 先ほどとは違い、首がある。


「オツカレサマ。本当ニ助カッタワ」

 バラの変異体がねぎらいの言葉をかけると、坂春はため息をついた。

「なあ、おまえが花束を作ること、どうして教えてくれなかった? おかげで余計な理由を付ける羽目になったんだが」

「ゴメンナサイ、スッカリ忘レテイタノ。ダカラ彼女ヲツタデ引ッ張ッテキタワ」

「……お嬢さんも知らなかったのか」

 変異体の少女は少し恥ずかしそうに笑みを浮かべた。

「アノ時心臓ガ止マルカト思ッタ」

「マア、アナタ達ガ頑張ッテクレテイル間ニ首モ見ツカッタカラ、モウ一安心ヨ。本当ニアリガトウネ。女ノ子ニオジイチャン」

「……やっぱり別の言葉にすればよかった」

 バラの変異体はクスクスと笑う。


「“バラ”ノ“トゲ”ハ視界カラ外レタ時ニ刺サルノ。デモ刺サッタカラッテ落チ込ンデモ仕方ナイデショ? 刺サル未来ナンテ分カルハズモナインダカラ」






 花屋を立ち去り、歩道を渡る2人。

 変異体の少女は何回か首をかしげた後、坂春に尋ねる。

「ネエオジイサン、アノ刑事サンニナンテ言ッタノ?」

「あのバラが言っていた言葉通りだ」

「孫思イ……オジイサンッテ、孫イルノ?」

「そういうことでいい」

 それでも納得していない様子で、少女は再び首をかしげていた。




 突然、2人は歩みを止めた。




 向こうから、花屋を訪れていたスーツ姿の男が歩いてきた。




 既に2人に気づいている様子だ。




「やあ、先ほどぶりですね」

「……」「……」

「そのローブを着ている彼女は……変異体ですよね?」

 見つめてくる男に対して、変異体の少女はおびえるように坂春の後ろに下がった。

 坂春は下ろしている両手の拳を硬く握った。






「あの、よろしければそのローブをどこで入手したのかを教えてくれませんか? したいので」


「ん?」「エ?」






 数分後、男の目の前で坂春と変異体の少女は、口を開けて硬直していた。

「え……えっと……」

 坂春が困惑した口調で話す。

「あなたはコスプレが趣味で、刑事のコスプレを?」

「実はそうなんですよ……初めてあの花屋に来たときにこの格好で来たんですが……調子に乗って刑事と名乗ったもんだから……」

「……モシカシテ、通報スルツモリハナイノ?」

「はい! 僕は小さいころから、変異体を見て怖いと思ったことがありません。特別な理由がない限り通報はしませんよ」

 それを聞いて、2人は力が抜いたように大きなため息をはいた。

「俺たちはなんのために芝居していたんだ……」

「マ……マア、オ花屋サンガ捕マルコトハナイカラ、ヨカッタ……」

 その時、変異体の少女は向こう側の歩道を歩く人影を目撃した。


 コスプレ男が来ていたスーツと同じ物を来た男。


「あ、あの人は本物の刑事ですよ。なんて言ったって、僕の着ているコスプレの元ネタになった人ですから!」

 コスプレ男の話を聞いて、2人は互いに見合わせた。

「オジイサン、アノ方向ッテ……オ花屋サン……」


「大丈夫だ。マネキンが直っているから接客はできるだろう。だが、万が一のことを考えると、ここまで飛び火が来るかもしれん……」


 坂春は、花屋から離れるように走り始めた。

「マ、待ッテヨオ!」

「あ、ちょっと待ってください!! せめてそのローブ、お孫さんのローブの情報だけでも!!」


 3人は、駅に向かって一目散に走り出した。

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化け物バックパッカー、バラの花屋の店番をする。 オロボ46 @orobo46

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