おせっかいな家族

秋色

おせっかいな家族

コミュニケーションアプリのトーク画面より

アカウント名:MASAKI(中田雅己 )

友だち名:木村康平


――おーい、風邪?もう治ったか?


――はい、今日から出勤してます。木村センパイは今日、外回りだったから会ってないだけです。


――良かった。三日続けて休んでたし、心配しとったんぞ。もう来ないんじゃないかと。


――は〜、病み上がりだと

優しくされるもんっすね。今日は何かみんなから大事に扱われて申し訳なくって。あの滝沢係長まで、人が変わったみたいでしたよ。


――お前、聞いてないの?


――何を?


――いやー、聞いてないんならねー。


――だから何を?


――オレ見たんだ。おとついの昼休み、一階のカフェレスで滝沢係長に、お前の弟が詰め寄ってるのをさ。


――はあ? オレの弟って何の事ですか? カフェレスで喧嘩でもありました?


――いやー、話してただけで喧嘩ではないな。でもお前の弟がえらい剣幕で滝沢係長に向かっていったから驚いた。モラハラとか何とか。まぁあの係長、言い方キツイもんな。でも弟さんて兄貴思いだな。わざわざ兄貴の会社まで来て。


――だから弟って誰? オレには弟なんていないんで、マジ冗談はやめてくださいよ。


――またまた。喧嘩売りに来たかと思ったら、「兄は小さい頃から野球を教えてくれたり弟思いでした。心優しい性格で、弟のイタズラにも怒らず、黙って我慢してくれて」っつーから、滝沢係長すっかりほだされてたぞ。


――マジっすか。野球教えたことなんかないし。誰が俺の弟なんて言ってなりすましたんですかね? 気味悪。どんな奴でした?


――どんなって。確かにお前には似てなかったな。イケメンってやつ。背が高くて、足が長いし、眼が薄茶で大きくて、ハーフかクオーターみたいだった。


――何かムカつくな。


――ってか、お前、俳優でも雇ったんじゃないのか?上司のイビリをやめさせるために弟のフリさせたとか。


――そんな手の混んだ事しません。でもそういや秘書課の岡田さんも今日、弟さんと映画に行ったりするんですかなんて訊いてたな。あの時は誰かと間違ったのかと思ってたけど。


――岡田佐和子ちゃん?   久々に仕事に出たら、今まであまり話せなかったヒトとまで話せるなんてすごいやん。弟様々だ。


――もしかして俳優雇ったの、センパイじゃないですか?


――そんな手の混んだ事よーせんわ。


――いつも俺がやられ続けているのを見て見ぬふりしてたセンパイも、実は内心罪悪感、感じてたとか。


――な、社内連絡のため佐和子ちゃんとラインのやり取りできるようにしてあるだろ? 直接聞いてみたら何か分かるんじゃないか。


――そうですね。親族を名乗るなんて何か気になるし。




コミュニケーションアプリのトーク画面より

アカウント名:MASAKI(中田雅己)

友だち名:SAWA


――お疲れ様です。岡田さん夜分にすみません!


――お疲れ様です。今日渡した書類の事で何かありました?


――いえ、仕事の事じゃなくて、今日僕の弟がどーとか言ってたでしょ?  家族の話題なんて珍しいから、誰かから何か聞いたのかなと思って。


――聞いたというか、この間、弟さん、下のカフェレスに来てたのよ。私は弟サンの事知らなかったけど、滝沢係長と話している背の高いコが中田君の弟って誰か話してて。同期だから挨拶したら、ちょっとした世間話になっちゃった。

実は兄貴には言わないでって言われたんだけどね。(^.^;


――はぁ? 言わないでって?


――悪く思わないであげて。弟からの援護射撃を受けたの、会社の女子に見られたら気まずいでしょ? だからよ。


――弟…どんな格好してた?


――Tシャツにオーバーシャツだったと思う。どうして? 中田君の弟さん、美形なんだね。でも耳に何か障害あるのかな。あ、ごめんなさい、こんな事言って。そんな風に見えただけ。見間違いかも。


――で、どんな話した?


――映画が好きで、子どもの頃、しんちゃんの戦国時代の武士とお姫様の恋物語で大泣きしたって。


――他に何か言ってた?


――新人研修の後、いつか同期のみんなで映画観に行こうって口約束したの、あれけっこう本気にしてたって。

今度あの約束通りに映画に行くのってどう? 残念ながら同期も次々に辞めたり、転勤しちゃったりで、結局、私達二人になったけどね。



コミュニケーションアプリのトーク画面より

アカウント名:MASAKI(中田雅己)

友だち名:木村康平


――とまぁこんな感じで。岡田さんには一応話を合わせておいたけど、マジで謎。一体誰がオレの弟のフリしてるんですかね?


――その映画の思い出話ってデタラメなの?


――それが真実だから訳分かんないんです。しかもしんちゃんの映画で大泣きしたのなんか、家族以外の誰も知らないはずだし、同期で映画観に行く話なんて、家族にもしたかどうか、あやしいもんです。


――二年前、お前が入社した頃ってまだ一人暮らしじゃなかったよな。


――ハイ、実家暮らしでした。


――お前の兄貴が弟って言ってる可能性はないのか? あの、出来のいいエリートコースに乗ったという…。


――それはないでしょ。兄貴は東大に進学してからはずっと実家から離れていて、プライベートな話なんてしないです。昔から出来の悪いオレに活を入れる事はあっても弁護しようなんて思わないタイプだし。おまけにメタボで、とてもイケメンになんか見えないですよ。

詐欺にあってるって警察に行った方がいいですかね?


――待てよ。警察って何の被害で?

とにかく謎の弟は、兄であるお前のモラハラ上司に抗議し会社での居心地を良くした。そして憧れの同僚とデートできるように陰で取り計らった。メリットはあっても被害はないよな。


――そう言われるとそーだけど。


――お前、最近頭を強く打ったりしてないか?


――まさかセンパイはオレが頭おかしくなったとか疑ってるんですか!?


――まぁ落ち着け。カミさんの弟がお前の小学校時代の同級生と仲がいいだろ?


――ああ、永野雄太。いつだったか四人で一緒に飲みにも行きましたよね? 子どもの頃はそんなに仲良しというわけでもなかったんですけどね。三年の時あいつは転校していったし。


――さっき気になったから雄太にラインで聞いてみた。ショック受けるなよ。雄太はお前の小学生時代の弟についての作文を憶えていた。弟思いなんだって感心したそうだ。やはり、野球を教えているとか書かれてあったそうだ。


――はぁ? 嘘です!弟がいたらいいとはずっと思ってたけど、オレには出来の良すぎる兄貴しかいなかった。バットの素振りもいつも一人でしてたし。


――野球の話が何か気になるな。バットの素振りをしている時、誰か側にいたんじゃないのか? 誰と一緒だったかよーく思い出してみろ。作文の事は憶えてないのか?


――あ、ちょっと待って下さい。あ!

また後からメッセ入れます!


――何なんだ? 説明しろよ。


ちぇっ! 最後の質問には未読のままかよ。



コミュニケーションアプリのトーク画面より

アカウント名:MASAKI(中田雅己)

友だち名:中田温子


――母さんミュウどうしてる? 子ネコの時おじさんからもらったスコティッシュフォールド。オレの弟って言っていつも連れて歩いてたあいつだよ。


早く答えて。ミュウどうしてる?


母さん、早く答えてよ。



中田雅己のスマートフォンの通話記録より

発信者:中田温子  


――雅己、野菜は届いてる? 何も連絡がないから心配してたのよ。誰かから何か聞いたの?


――こっちがだよ。半日、既読にもならないし。


――ミュウ、二日前に亡くなったのよ。


――まさか…。


――それで昨日は一日父さんとペット火葬場に行ったりして忙しかったの。でも十六才の大往生よ。もうすぐ表彰される位の長寿だったんだから、淋しいけど明るく見送ってあげて。

あんた、一緒に弔いたかったの?


――当たり前だよ。


――だけどあんた、子どもの頃はかわいがってて、作文に弟なんて書いてたけど、最近はミュウに無関心だったじゃない? まぁ向こうもクールな性格だったから。子ネコの頃はいつものクローバーの丘で素振りするあんたの足にじゃれついて甘えてたけど、ずいぶん前からおじいさんネコで、誰にも近づかなかったわね。


――でもさ、あいつ、最後までずーっとオレの弟でいてくれたんだよ。最後まで。


*スコティッシュフォールド(Scottish Fold)は、イギリスにその起源を有する猫の一品種。折れ曲がった独特の耳が、何よりも際立った特徴とされる

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