スマホを殴れば破片が飛び散る

香珠樹

スマホを殴れば破片が飛び散る

『別れよ』


 突然彼女からメールが届いた。


 半年近く付き合っていた彼女。

 一緒にいた日々はとても楽しく、向こうもそうだろうと思っていた。


『なんで?』


 だからこそ、別れる理由が分からない。

 理由を聞いてみると、それはとても簡単な理由だった。


『別に好きな人ができた』


 どんなに俺が楽しい日々を送っていたとしても、彼女からするとそこまでだったようだ。


 俺はもう返信する気も起きず、ただ呆然と彼女の送ってきた文字を見つめていた。


 状況がだんだんと理解出来ていくうちに、俺の中の感情は怒りとなった。


「クソがっ!」


 完全なる八つ当たりと分かってはいるものの、むしゃくしゃしていた俺はスマホを地面に叩きつける。


 画面が割れようが、そんなことどうでもいい。


 こんなスマホ、壊れてしまえ。


 そうして地面へと辿り着いたスマホは、地面で小さく跳ねたかと思うと


「……は?」


 あまりの驚きに、思わず声が漏れる。


 画面が割れるのはまだ分かる。どんだけ固くてもガラスだということは変わらない。砕け散ることもあるだろう。


 だが、フレームまで粉々になってしまうのは流石におかしい。

 フレームは金属で出来ているはずで、歪むことはあっても粉々になることは無いはずだ。


 カバーだって、俺のスマホは手帳型の革で出来たものだった。割れるということが有り得るはずがない。


 どういうことだ?


 そんな俺の疑問に答えるように、空から一枚の白い紙がヒラヒラと落ちてきた。


『君にスマホを壊す能力を授ける。君が願えば、どんな方法でもスマホを壊すことが出来る能力だ。くれぐれも悪用することの無いように。神様より』


 ……色々とツッコミたい部分はあるが、とりあえず俺は神様に能力を授けられたみたいだ。そのおかげで、さっきのようにスマホを粉々にできたわけか。

 感謝すべきかわからないが、取り敢えずお礼は言っておこう。ありがとうございます。


 それにしてもこの能力、どういう場面で使うべきなのだろうか?


 そこら辺のスマホを壊す訳にも行かないし、他の人は持っていないであろうこの『能力』を持っていたとしても、使えないのならば宝の持ち腐れだ。……宝自体が腐っている気がしないでも無いが。


 この件については考えてもどうしようもないので、自分にそういう能力が宿っている、とだけ覚えておくのがいいだろう。


 スマホは粉々になり、もはや粉末状となって風で飛ばされいったので、俺は神様からの手紙をポケットに仕舞ってその場を去った。


 〇〇〇


「スマホを壊す」能力を得た日の翌日。


 今日は学校を休もうか、と何度も思いながらも、行かなければ評価が下がってしまうことは予想できるので、大人しく学校に行く。


 気乗りしない理由はただ一つ。


 同じクラスに彼女―――いや、もう元カノか―――が居るのだ。

 向こうはどうだか知らないが、少なくとも俺は顔を合わせたくない。嫌でもフラれたことを思い出してしまう。そして、惨めな気持ちになるのだ。


 学校に着いても極力彼女のことを視界に入れないように気を付ける。


 俺には友達がいないことが、この状況では救いだった。

 彼女とどうしたのか、などと聞かれた暁には、それはもう不機嫌になること間違いなしだ。


 自分の席で静かに過ごし、時折聞こえてくる俺と彼女の関係についての話でさえも無視する。


 だが、自分の席にいてもやることがない。スマホなら昨日粉砕してしまったし、本は持ってきていない。


 暇だ。

 することがない。


 今まではこの時間も、楽しく彼女と会話していたのに……って、もうこのことを考えるのは止めよう。


 授業が始まるまでの時間を、俺は最初の授業の予習に充てることにした。

 予習と言っても教科書をぱらぱらとめくるだけなので、楽しくはない。せいぜい時間潰しとして使える程度だ。


 しばらく教科書を眺めていれば、教室の前方からガラガラという音がして、先生が入ってきた。

 やっと授業が始まる。


 〇〇〇


 午前中の全ての授業が終了し、昼休みとなった。

 朝学校に来る途中で買ったパンを二つ頬張れば、昼ご飯は終わる。


 やっぱり暇だ。


 本当にやることのなくなった俺は、校舎の中を適当に歩き回ることにした。

 知り尽くした校舎の中だが、散歩程度にはなる。せっかくだし、外でも歩こう。


 中庭では、楽しそうに昼の時間を過ごす生徒の姿がいくつか見られた。

 彼らのことを何気なく眺めたりしながら、気の赴くまま歩き続ける。


 校舎裏に差し掛かった頃、不意に声が聞こえた。

 複数人の男女が笑う声だ。


 誰かがいるならここを散歩するのは止めよう。そう思って引き返そうとして―――足を止める。


 校舎裏には普段人が来ない。そして日があまり当たらずじめじめしているために、昼ご飯をここに食べに来る人は全くと言っていいほどいないだろう。というか、食べるスペースすらない。


 ならば、彼らは何をしているのだろうか?


 ちょっとした興味本位で覗いてみることにする。

 自分がいることがバレないように、静かに校舎裏を覗くと―――


 ―――そこには六人ほどの男女と、彼らに囲まれている女子が一人いた。


 その女子は全身が濡れていて、彼女を囲んでいる六人のうちの一人の足元にバケツが転がっている。恐らく、そのバケツに入っていた水を彼女にかけたのだろう。


 いわゆる、いじめというやつか。


 そのままじっと見ていると、一人の男子がスマホを彼女に向けているのが見えた。

 そして頭を乱暴に掴み、無理矢理カメラの方を向かせる。


 ここからでも確認できる彼女の顔は、びしょ濡れでもわかる程の涙を流しながらも彼らのことを睨んでいた。


 それを見た彼らは、彼女のことを腹を抱えて笑う。


 昨日のこともあってフラストレーションの溜まっていた俺は、ついに我慢が出来なくなって彼らのもとに飛び出した。


「……お前ら、彼女を放せ」

「あん?誰だお前」


 先程カメラを構えていた男子が不機嫌な顔で聞いてきた。

 どうやら、こいつがリーダー格のようだな。


「そんなことはどうでもいい。早く彼女を放せ」

「なんであんたの言うことなんて聞かなきゃいけねぇんだよ。……かけろ」


 そうリーダー格らしき男が指示を出すと、彼女を囲んでいた中の一人の男子がバケツを拾い、俺にかけてきた。

 まさか中身が入っていると思っていなかった俺は、よけられずにモロに水を浴びる。


「ギャハハッ!あんたもびしょ濡れだ!」

「そこの人っ!私のことは良いから逃げてくださいっ!」


 この状況でも他人のことを気遣えるだなんて、良い根性しているな。

 流石カメラに睨んでいただけのことはある。


 だが、俺は逃げるだなんてことはしない。

 今のことといい彼女に水をかけていたことといい、俺の怒りメーターは既に振り切れている。少なくとも仕返しをしなければ気が済まない。


 その時、ふと昨日俺が得た能力のことを思い出す。

 

 こういうときが、あの能力の使い時なのだろう。


「……お前、スマホ貸せ」

「はん!やなこった!貸してほしければ奪ってみろよ」


 スマホを見せびらかすように軽く振って、彼はポケットの中に入れた。

 そのしぐさが余計にイラつき、俺は彼の胸倉を掴んだ。


「……出せ」

「や、やなこった」


 それなら無理やりとるまで。

 胸倉を掴んだまま彼のポケットを漁る。


 彼は身をよじって避けようとするが、掴んだ手は外せない。

 彼は逃げるのを諦めて、目で合図のようなものを出したと思ったら、またもや頭から水を浴びた。


 だがその水も無視し、俺は彼のポケットからスマホをやっとの思いで取り出した。


「……ざ、残念だったな!すでにロックは掛けてんだよ!」

「だからどうした」


 もともとデータを消すつもりはない。


 俺がするのは―――



 ―――このスマホをぶん殴ることだ。



 左手に彼のスマホを持ち、右手で握り拳を作る。

 そして右手を思い切り引き―――左手に振り下ろす。


 パリンッ!


 俺の殴ったスマホは、弾けるように破片を飛び散らせた。


 その破片で少し左手を怪我するが、そんなことはどうでもいい。


 彼らを見ると、何が起きたのかわからないといった様子で呆然としている。


 まあ、当然の反応だろうな。俺も最初は同じように呆然としていたから気持ちはわかる。


「な、な、なっ!何をしたんだお前っ!」

「見てわかんないのか?スマホを殴ったんだ」

「おかしいだろ!殴っただけでそんな……」

「五月蠅い」


 俺の行為に驚いて騒いでいる彼らを睨めば、ビクッとして黙る。

 やはり生身の人間があんなことをすれば、かなり恐ろしいのだろう。


「……お前らもこうなりたくないなら、さっさと失せろ。……もうこんなことすんなよ」

「…………ち、ちっ!お前ら、帰るぞ!」


 まだ少しびくびくしながらも、彼らは校舎裏から立ち去った。

 

 残ったのは、俺とびしょ濡れの彼女。


 ……さて、どうしたものか。


 今のことについて何と説明しようかと悩んでいると、彼女の方から喋りだした。


「……あ、あのっ!あ、ありがとうございますっ!」


 そう言って頭を下げてくる彼女。

 見ると少し足は震えている。やっぱり少し怖いんだろうな。


「……それより、そっちは大丈夫か?」

「は、はい。おかげさまで……」

「そうか。ならよかった」


 俺はこれ以上何も言う必要もないと思ったので、そのまま校舎裏を立ち去ろうと彼女に背中を向けた。


「本当に、ありがとうございましたっ!」

「もうこんなことされないと思うが、同じようなことがあれば悲鳴でもいいから声出せよ。聞こえたら助けに行ってやるから」

「は、はいっ!」




 これが、使いどころのない「スマホを壊す」能力が初めて人の役に立った瞬間だった。

 



     完



☆あとがき

ふと短編が書きたくなったので、書いてみました。

人気が出ることがあればこの続きを書くかもしれません。続きが思い浮かべば、ですけど。

面白いと思ったら、☆をつけてもらえると嬉しいです。

よければ僕の他の作品も読んでいって下さい。

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