死に戻り外道の異世界征服

@akitsu_mi

外道輪廻

 頭に怪物のこん棒が打ち下ろされた。頭蓋はあっけなく砕け散り、オレは死んだ。




 胸に矢が突き刺さった。激痛。血が流れていく。全身から力が抜けて立ち上がる気力もない。オレは死んだ。




 暗がりから飛び出してきた獣の牙が左脇腹を食いちぎった。支える筋肉をうしなって上半身が左に折れ落ちる。獣の口が再び眼前に迫った。顔面を食いちぎられてオレは死んだ。




 城壁のきわにたたされたオレの首には縄が括りつけられている。目の前に立つ男たちが叫び、オレを突き落とす。細い首は体重を支えることができない。縄がピンと張った瞬間、あっけなく首がちぎれ飛んだ。男たちはくるくると空中に飛んだオレの首を見て嗤っている。オレは死んだ。






 死んだ。死んだ。死んだ。――最悪だ――死につづけた。


 死ぬたびに意識は次の瞬間に死ぬ者の体に乗り移り、死の瞬間だけを引き受けて死ぬ。この繰り返しだ。




 何か逃げ出す方法はないのか?




 死に死に死に死に続ける中でオレはこの最悪な運命を押し付けたクソ女神のことを思い出していた。




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「いっとくけど私、アンタのこと大っ嫌いだから」




 白い光に満たされた空間でただ一人色彩をもった存在が聞くだけで人をイラつかせる鳴き声をあげた。




「貧乏、グズ、友達もいなければ恋人もいない。なにも産まない。生きるだけ無駄。っていうか邪魔。アンタが成し遂げた唯一のことは、婦女暴行? サイアク。ほんと死んでよかったねー。あんたが死んでみんな喜んでるよ」




 高慢ちきで上から目線のメス豚が手に持ったペンをオレに投げつける。ペンはオレの頭があるあたりをすり抜けて背後に落ちた。すでに死んで肉体を失っているオレにはモノが当たらない。




「避けもしないのね。ほんと可愛くない」




 豚が立ち上がって近づいてくる。歩くたびに胸にぶら下がった巨大な双肉を揺らし、ケツをぷりぷりと振っている。まるで百年前の映画にでてくる娼婦役だ。




「で、当然だけどアンタは天国に行けない。だから次に行く世界をここで決めなきゃ行けない」




 豚が両手を広げるとその手の先にいくつものミニチュア惑星が浮かび上がる。一番近くにあるのは見覚えがある。正面に太平洋、右にアメリカで左に日本。だがおなじみの球体は豚の手でかき消される。




「だけど、アンタみたいなクズを受け入れたい世界もない」




 緑にあふれた惑星、青い水におおわれた惑星、輝く月を従えた惑星、あまたの美しい惑星がかき消され――




「だからアンタをここに放り込んであげる」




 残ったのは赤茶けて荒廃した汚らしい惑星だ。




「これはもう少しで死ぬ。すべての神が見放してあとは混沌の海に呑まれていくだけ。この惑星の滅びまでこれに居続ければ魂も星もろともに消えうせる」




 豚はオレを指さして呪いをつきつけた。




「神、セアーが汝スサに命ずる。この世界で死に続けろ。お前がこの世界の誰かの代わりに死ねばその者はこの死に瀕した世界から救われる」




 豚が吐き出す毒々しい黒煙がオレの魂に混ざっていく。呪いがオレと死にゆく惑星を重力の鎖で結びつけた。オレの魂は加速度的に惑星へと落ち始める。




 豚が最後のトドメとばかりに叫んだ。




「死ねよ、クズ。死に続けろ。それが唯一アンタにできる善行だ」




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 熱病の業苦の中で。吹きだす血しぶきの中で。切り飛ばされた腕を探しながら。流れだす臓物をかき集めながら。


 全身を取り巻いた業火が眼球を濁らすまでの間に、跳ね飛ばされた首が地面に落ちるまでの間に、




 オレは世界を凝視し続けた。




 敵のこと、持っている道具、殺し方、死ぬまでの時間。


 そして死ぬまでの時間にできること。




 剣が振り降ろされる寸前に剣を握る手に向かって頭突きし――ヒルトで頭を打ち砕かれた。


 獣の牙が喉笛を噛み砕く瞬間、鼻先に噛みついた。5秒の命を稼ぎ、別の獣に全身を噛みちぎられた。


 妖樹の根が体を貫く直前に周囲に近くにいたおっさんを盾にした。なぜかおっさんは自分から別の根を防いでくれたお陰で10分逃げ延びて、別の食虫(獣?)植物の体液で溶かされた。






 10分――15分――3秒――20分――1時間――半日――10秒、生き残る機会が増えるたび、だんだん判ってきた。




 たしかにオレは死の直前の個体に転生するようだが、必ずしもすぐ死ぬというわけではないようだ。転生後すぐに訪れる死の危険さえ逃れれば長く生きられる可能性がある。




 ただしこの世界のほとんどは1秒後の死を免れたところで3秒後、10秒後、2分後……と数え切れないほどの死が行列を作って待っている状態だから1回死を免れたところであまり意味がないといえるかもしれないが。




 また一番死にやすいのは集団のなかで最も弱い個体。子供、老人、女、最後に男の順だ。しかし一方で生き残るチャンスが多いのは子供と女。周囲の人間が代わりに死んでくれる可能性が高い。




「逃げて、逃げてぇ!」


 オレの脳天を打ち砕くはずだったオークの一撃をかばった女が叫ぶ。この体の母親だろう。「逃げ――」次の言葉を叫ぶ前に顔面を半壊させ「ぶふっ。ぶ、ぶぐぅ……」かろうじて残った下あごから完結的に血を吹き出すオブジェと化した。




「ありがとよ、ママさん」




 オークは女を見るとまずその動きを封じてから強姦を始める。動きを封じる方法が少々あらっぽく、相手が死んでも構わないというところが魔物らしさというところか。しかしその性質のおかげで逃げるときには女を置き去りにするのが効果的だ。




 思った通りオークは痙攣を始めたママさんの死体に群がり、ドリル状のちんこを思い思いの場所に突き刺し始めた。興奮して死体にかぶりつく個体もいる。




 食欲と性欲がごっちゃになってるのか?


 あれでよく繁殖できるものだ。






 オレは近くにあったヤブに潜りこんで周囲の様子をうかがっている。遠くに巨大な煙の柱ができているのが見えた。おそらくこの体と母親はあそこから逃げ出してきたのだろう。




 幾度も死を重ねる中でこの世界の多くの場所が化け物の侵略を受けていることがわかってきた。




 化け物の姿はゲームの中に出てくるオークのようなヤツもいれば、人や獣、無生物が混ざり合ってできた正体不明のヤツもいる。一貫しているのは人間を含む普通の動植物への異様な憎悪だ。


 捕食、または繁殖が目的ならまだわかる。しかし繁殖が目的なら死んだ相手に群がりはしない。あれは繁殖ではなく、死者とその仲間を辱めることが目的なのだろう。




 生きることより、命をつなぐことより、壊すこと。世界を侮辱して死ぬことがヤツラの生甲斐なんだ。羨ましい。なにも産まず、作らず、ひたすらに後ろ向き一直線の生き方。




 とはいえこれまでオレがあちら側に転生したことはない。ということは、オレは常にあちら側に壊される側ということだ。






 また死んで、次の体に乗り移るまでの束の間。オレは吠えた。




 諦めるものか。絶対に生き残ってやる。


 クズだと。死に続けろと?


 誰かのために? 誰かの救いのために?


 いやなこった。


 何度でも死ねるなら何度でも挑戦できるということだ。


 あの豚をここに引摺り落としてやる。




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 死に至る世界。その北の果て、見渡す限りの荒れた海に小さな島がいくつもある。その島の一つに明らかに自然物とは見えない鋭利な形状の高い影がみえた。


 天を衝く鋭利な三角錐の構築物は継ぎ目のない光沢のある鉱物でできており、いくつかの窓や内部に続く入り口など人が暮らすための構造が見えなければ何らかの巨大な結晶とみまごうばかりである。




 その三角錐の頂点部分を取り囲むような望遠台が設えられており、白い服をまとった少女の姿が見える。




 少女は手すりに見を任せ遠くを眺めている。地平線の奥から立ち上る大きな煙の柱。その根本に目を凝らすがなにも見えはしない。




 あの方角には鉱山と近隣の海産物で栄えた街がある。いや、もう「あった」というべきかもしれない。






 昔は存在すら知られていなかった魔物が攻め寄せている。初めてその存在が世に知られたのは中原の王国の滅亡の原因としてであった。


 かつて偉大な帝国が支配した中原もいまでは多くの小国に別れ幾世紀も戦争を繰り広げていた。その歴史に終止符を打つと見られていたのが王国だ。


 当世の英雄と名高い王は戦争と交渉を巧みに使い分け、中原に束の間の平和をもたらしていた。また彼は中原を一体とするため皇帝を評決により定める諸王で構成される元老院を定めようとしていた。


 時代が動こうとしていた。混乱と流血から、平和と歌声の世界へ。しかしその望みは絶たれた。




 まさに最初の評議会が開かれようとしたその日、諸王が見守る中で王国は闇に包まれた。






 天の巡りからはありえないはずの日蝕。太陽と大地の間に現れた巨大な何者かによって陽光が遮られた短い間に、建物の影、木の影、人の影から異形の魔物が現れた。




 またたく間に多くの命が失われた。流石に戦時の王国であるから兵士たちの動きは早く、生き残った人々を城に保護し、攻勢に抵抗を示すも城外から響き渡る家族の悲鳴、投げ込まれる家族の残骸に戦意を失い防御線は崩れていく。




 英雄王は生き残りを逃すために城外への突破口を築くために出陣し「平和を成し遂げぬ我を、神よ、許したもうな。城の陥落とともに我死なむ。逃れるものには祝福を。死なんとするものは我に続け!」と叫んで魔物の中に姿をけした。


 少なくとも彼は敵の目を引くことでかろうじて家族と諸王を逃すことに成功したのである。




 こうして諸王の口から王国の滅亡が世界に向けて語られた。


 その諸王もほとんどがすでに死んだ。


 王国を滅ぼした魔物の群れは燎原を燃やし尽くす炎のごとく中原に広がり国々を滅ぼし尽くした。今や残るのはかつて帝国の辺縁と呼ばれた蛮地と周辺諸国だけである。






 英雄王の娘がいるこの塔もかつて帝国から忌み嫌われた蛮国の遺物である。世界的に崇拝されている女神とかつて敵対し大地に堕とされた神を封じているという。しかしいまや――




「その堕神のみが最後の術なのです」




 少女の背後から現れた壮年の男が歪んだ笑みを浮かべながら告げた。落ち延びた中原の諸王が一人、帝国において祭祀をつとめた一族の末裔であるイチュエ王だ。




「堕神は神殿の意向により封印されたとはいえ、かつては人と取引することもあったと伝えられています」


「主神セアーの敵と組む、ということですか」


「一時的にだけです。やつらから中原を取り戻せばまた封じればいい」


「そんなに簡単にいくのでしょうか」


「かつてうまくいったのです。再び同じことをやればいいだけでしょう。それとも、もう一つの手を試しますか?」




 少女は男を睨みつけた。しかし男はそれを意にも介さない。




 もう一つの手とは英雄王の娘とリチュエ王の婚姻を通じて散逸した中原の一族を一体化し、魔物に対抗するという案であった。


 もしリチュエ王が英雄王の半分でも能力を持っていれば少しはうまくいったかもしれない。しかしこの者は英雄王が血路を切り開かんと出陣したとき、我先とばかりに逃げ出した男である。うまくいくとは思えなかった。




「心変わりがないご様子。では堕落神の解放の儀式を始めましょう。すでに準備はできています」






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 三角錐の内部は巨大な空洞になっており、祭壇は三角錐の重心部分に浮かぶような形で存在している。祭壇を支えるのは三角錐の底辺から一直線に伸びる階段のみ。そこから周囲を見回すと祭壇に掲げられた灯りが三角錐を形作る鉱物の中に封じられた忌まわしい堕神の影を映し出している。


 灯火のゆらめきか、あるいは忌まわしき力によるものか鉱石の中に封じられたはずの鉱石の中に凍りついたはずの堕神の影はゆっくりとふるえ、蠢き、踊り、やがて見る者を狂気へと誘うであろう。




 周囲で踊る堕神の影に気を取られぬよう両手を胸に当て足元を見ながら三角錐の底面から重心へと一直線に伸びる階段を登りきるとそこには尊大な笑みを浮かべたリチュエと二人の祭司が待っていた。


 リチュエは手にした杖を少女のあごにあてて顔を持ち上げる。




「その目を見ると決心は変わらないようですな」


「あなたのモノとなるならこの魂を堕神に捧げたほうがマシです」


「けっこう。では堕神復活の儀式を始める!」




 リチュエは二人の祭司に命じ少女を祭壇に横たえた。


 そして三人は大仰な身振りで杖を振り上げ地面に打ち付ける。すると錫杖の先端から放たれた金属音が鉱石の壁に跳ね返り始めた。はじめこそ甲高かった音は跳ね返るごと不気味に歪む。


 再び、また、再び、何度も杖が地面に打ち付けられる度に放たれた音が重なり、歪み、やがて幾重にも重なった音がおぞましき怪物の鳴き声のように三角錐の大空洞を満たすと、鉱石の壁面がぼんやりと光を帯び始めた。


 その光の中では先ほどにもましていっそう堕神の蠢きは蠱惑的な色を添える。




「おぉ。おう! Iä! Iä! Shub-Niggurath! Iä! 我ら汝の糧 Iä! 遍く大地に満ちる神の子ら Iä!」




 祭司の一人が口から泡を吐きながら人とは思えない不快な声をあげる。口元からこぼれた泡はまるで生きているかのように増殖し、大空洞を満たす異音に心地よげに身を震わせている。




「目覚めよ、堕ちた神! 


 汝を封じし帝国の血を捧げん!


 Iä! Shub-Niggura!」




 煮えたぎる湯の表面のように残った祭司の皮膚が滾り始めた。数えきれない蟲が皮膚の下を這いまわっている感覚に祭司は全身をかきむしり、破けた皮膚から彼の妄想通りに無数の節足虫がこぼれ落ちる。




「こんな、こんなおぞましい神に頼るのですか!」




 たまらず少女は叫び声をあげた。


 その声に振り返ったリチュエの目は窮屈な眼窩からこぼれ昆虫のようにむき出しになっている。少女の見守る中でリチュエの瞳孔は細胞分裂のごとく二つに別れ、四つ、八つと分裂し、いまや昆虫のごとき複眼と化した。




「IäIIIIäIä! ShubShubShub-NiNiNiNiNiggggggu!」


「いや、いやぁぁぁぁ!」




 リチュエは杖を少女の胸めがけて振り降ろす。尖った杖の先端が少女の皮膚を貫き、その命を奪わんとした瞬間、




「ざっけんなぁ!」


 少女の手が杖を弾く。いままで弱弱しく横たわっていたとは思えない機敏な動きだ。


 少女は周囲を見回すと泡を吹きながら膝まづいて堕ちた神への賛美をつぶやき続ける祭司の杖を奪い取った。




「三人だけ?


 ようやっとラッキーチャンスがきたな」




 少女は迷いなく杖の先端をリチュエの首めがけ思いっきり突き上げた。




「o オmaえは、Shub-Niggurath dえはNaイ! Nああぁニもnおだぁaah!」


「知らねえよ。お前よりは人間だ。たぶんな」




 リチュエに突き刺さった杖を左右にねじり、ついでにその首を千切り落した。




「gいシki をjaマするなぁぁああああ!


 Iä! Iä! Shub-Niggurath!


 Iä! Iä! Shub-Niggurath!


 Iä! Iä! Shub-Niggurath!」


「首だけになっても話せるのかよ、この世界のやつら生命力強すぎだろ」




 少女は無造作にリチュエの首を蹴り落し、同じように二人の祭司も突き落とした。




「さて―――」




 少女が脱出しようと階段の方へ振り返った瞬間、恐れを知らないその魂に冷たいものが走った。




 気づかないうちに三角錐の壁面が溶け始めていた。溶岩のように視界の限りの鉱石がこぼれ始めている。溶岩のようにゆっくりと壁を這いながら、またはこぼれ落ちるように溶け始めていた。




「ひ、hi, hあ。わ、Waたshiも帝koく貴族よ!


 Iä! Iä! Shub-Niggurath!


 わ、たしの血で、甦れ!Shub-Niggura!」




 大空洞のそこからリチュエの声が響きわたった。三角錐の崩壊ははやまっている。その中で階段にこぼれ落ちた鉱石が俄かに沸き立つ。泡は垂直に立ち上り人のような姿を作り出した。


 その輪郭は絶えず爛れ沸き立つ泡で定まらないが、その上半身はかろうじて人の影を見出すことができる。しかしその下半身は数多の蠢く触手でできており、なぜかその触手は絶えず自らの上半身を貫き、締め付け、傷つけているのであった。




「o, o, オ、オmaえ、お、お前はNa,にもノだ」




 少女を支配する魂は、その異形の中に見覚えのある影を見つけていた。




「Kおたeろ、CeあーをアガめRu者か?」


「いや。セアーは敵だ。いつか殺す。ところでアンタがきてるのはセーラー服?」




 異形は大きく目を見開いた。




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「oまエ。オmあえ、おま、エ、お前はナニ者だ?」




 異形の輪郭はいまだ泡立ち、触手の自傷はやまないものの異形の言葉は段々と人の発音に近づいてきている。




「さっきも聞かれたけど、それ、どう答えて欲しいか判らないんだよな。名前はスサヤヒロ。共通の話題で言えば、セアーの敵。セアーを殺したい。それくらいか」


「naぜ?」


「アイツにこの世界に放り込まれた。それで十分だろ」


「waたしと同じ、だね」




 少女、いやスサヤヒロは眉をひそめた。




 異形はスサヤヒロと同じく地球からの転生者サクヤである。しかし彼とは異なり混沌を滅ぼす勇者としてこの地に召喚されたのであった。


 はじめこそ与えられた無限再生の祝福により混沌の勢力の征伐を首尾よくすすめられた。しかし混沌を封じる最後のタイミングで女神は裏切った。




『ごくろーさま☆ じゃあ後はこいつらをさっちゃんの中に封じるだけだね』


『わたしのなか? どういうこと?」


『だってこいつら無限にわいてくるからキリないし、ゴミ箱のなかにいれて密閉しとかないと終わんないっしょ』


『それって……』


『物分かりのいいさっちゃん大好き。ってかゴミ箱ちゃん?


 お察しのとーり、このゴミをゴミ箱ちゃんの中に閉じ込めれば仕事は全部おしまい。無限再生だってそのためにあげたんだよー』


『ひどい』


『ふつーふつー。そんなんじゃ世の中やっていけないよぉ。でももう永遠にヒキコモリなんだから関係ないか。はい、無駄話は終わりー。じゃーねー』


『い、いや、い、イ、I、い、i, い、Iäääääääää!』






「で、封じられちゃったってわけだ」




 異形はうつむきかげんでうなずいた。その間にも触手は彼女の上半身を傷つけている。すぐに再生するとはいえ一度などは彼女の顔面の半分を弾き飛ばしていた。この触手は彼女のうちに封じられた混沌の一部であり脱出するため彼女を攻撃し続けているのである。


 彼女の言葉が正しければ数百年ものあいだ休むことなく。




「Yuるセない」


「同感。オレもアイツはつぶす」


「そレはムリ」


「あ?」




 異形はスサヤヒロにすごまれて一瞬怯む。見ただけで、いるだけで周囲を狂気に陥れる堕神だが元々は気が弱かったのかも知れない。




「ダって、セあーは降りてこない」


「裏でコソコソして殴れるところに来ないってことか?」




 異形はコクンとうなずく。




「それならいい案がある。聞くか?」






 ずっと考えていた。


 あの豚神はなぜこの世界の魂を救うためにオレを、またはサクヤを使ったのか。


 もし十分な力があれば自分の手で解決したはずだ。


 それにあのクソな性格の豚が自分の世界とはいえタダで魂を救うためになにか努力するとは思えない。魂を救わなければならない何らかの理由がない限り。




「豚にとって魂はできる限り守らなければならない稀少資源なんだ。だから自分のところの魂が失われる可能性のあることをしたくない。だからわざわざオレやサクヤを使っているんだろう」




 納得できるところがあったのだろう。サクヤはうなずいた。


「そこで、だ。資源をオレたちが独占する」




 オレを殺すことで魂を救うと言っていたが、あの豚がそんな殊勝なタマだろうか。おそらく違う。奴にとって魂自体が金銭に相当するのか、それとも別か。すくなくとも失えば相当な痛手に違いない。


 とすれば――




「少なくともオレが死ななければ魂はこの世界に残り続ける。そうなれば豚は次の手を考えるしかない。手がなければ自分で来ることもあるだろう」




「ソのぷラんはタマシイがセあーにとって重要というノが前提。でモ本当にそウ?」


「自信はある。あの豚はよほど重要でなければ働かない」


「ソう……」




 サクヤは虚ろな表情で数秒思案し、スサヤヒロに目を合わせた。




「いいよ。どうせ他にとれる手段もない。わたしがスサヤヒロを守る。


 それと――」




 サクヤは右手で左肩を掴むと腕ごと事も無げに引きちぎって捨てた。もげた肩は数度地面の上で跳ねて転がり、すぐに全体が泡立って見えなくなる。その泡がはじけて消えた後には手足を生やした玉ねぎに触手を生やしたようなちいさな異形の姿が現れた。


 小さな異形は触手をらせん状に揺らめかせ、弾丸のような速さでスサヤヒロのすぐ脇に触手の先端を伸ばした。その触手が伸ばされたあたりにサクヤが口から黒霧を吹きかけると幼い少女の輪郭が浮かび上がる。


 その少女の姿はいまスサヤヒロが支配している体にそっくりであった。




 少女は小さな異形の触手に両手両足を巻き取られて身動きできない。それをいいことに触手は少女の口、耳、鼻、肛門、性器に侵入する。『―――!!!!』聞こえはしないが絶叫を放っていることは判った。体の外側も内側も触手に巻き取られた少女は成すすべなく触手の本体、小さな異形の玉葱状の胴体に引きずり込まれていく。




「これは?」


「その体の本来の魂。体が死んでないからどこにも行けずずっとここにいた。もしその体が死んでも収穫されないよう、閉じ込めておく」


「最高だ。あの豚に目にものみせてやろうぜ」


「ところで、セアーを豚と呼ぶのをやめて」




 案外とお上品だな。もしかしたら後々めんどくさくなるか――?




「豚がかわいそう。セアーは、最悪な神の最悪な名前だから、セアーと呼べば十分」




 く、くく。ふは。最高だ。最高の相棒だな。


 見てろよ、豚。いや、セアー。てめえの大切なモノをぜんぶ分捕ってやる。そしてお前をこの大地に引きずり落してやるからな!


 いまはせいぜいそこで贅肉でも肥やしていやがれ!!!

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