第3話 白の世界





「ねえ、わこ」


「……はい……どうかされましたか?」


「ぼくはどうやったらここから出れるかな?」


「……!?」


 真っ白な部屋の真っ白なシーツの上で、私は微睡みの中にいた。

 傍らに寄り添う美しく儚げな少年は一時の情事を終え、私にそう問いかける。


 ここ最近、凛は思い出したかのように外の世界への憧れを口にするようになった。


 私が彼の側に仕えるようになった当初も同じようなことを言っていたのを思い出す。


 生まれつき身体の弱い凛はこの部屋以外を知らないし、この部屋の外では生きられない。


「…………」


 彼は答えに窮した私を少し悲しげな顔をして見上げる。その真っ赤な瞳の中では私がゆらゆらと揺れていた。


「わこ、ぼくね、最近夢をみるんだ」


「何を見られるのですか?」


「ここじゃない世界でわこと一緒に遊ぶ夢」


「ふふっそれは素敵ですね」


「うん。だからね、わこ。ぼくは決めたんだ」


 そう言って凛は私のうえに跨り楽しそうに笑った。


「ぼくが世界を創るんだ」




 ────世界を創る。


 いくら世界最高峰の頭脳を有する凛といえど、現実にそんなことが出来るはずもない。

 だから彼は創り上げたのだ。


 彼が唯一外の世界を知る術だった場所に。


 きっと私にこの決意を伝えた時には、もうそれは出来上がっていたのだろう。

 世界中のネットを瞬く間に席巻したその世界はこう呼ばれた。



 ────White Room────



 インターネットという仮想空間上に生まれ落ちたそれは、創造主である凛ですら予想していなかった程に枝を伸ばし根を張り世界を形成していった。


 そう、まるで意思を持っているかのように。


 そしてRoomは世界各国のメインコンピュータにまで侵食を開始する。


「ねえ、わこ。なんだか楽しいことになってるね」


「これは凛がしているのではないのですか?」


「ううん、違うよ。ぼくは創っただけ。種をまいただけだよ」


 いつもと変わらず彼は無邪気に笑いながら、部屋の窓から街を見下ろした。


「種をまいて芽が出て花が咲いたらきれいだよね」


「…………凛?」


「きれいな花が咲いたら一緒に見にいこうよ、わこ」


 ゾッとするほど美しい笑み。

 そこにあるのは純粋な楽しみだけ。


 当たり前だ。


 凛にとってはこの部屋が世界の全てなのだから。


 彼の世界の住人は、たったふたり。


 私と凛だけ。


 そして彼は無邪気に笑うのだ。


「きっときれいな花が咲くよ」と。


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