第4話 終末



日差しが照りつけるアスファルトの上を私は今日も会社へと歩いていた。


まだ朝も早いというのに太陽は煌々と輝いている。


行き交う人の群れは何も変わりなく、昨日一昨日と何らたがわない。





真っ白な部屋にはベッドと机、椅子が2脚。

私は今日もまた、小さく膨らんだ真っ白なシーツをめくる。


「社長!朝ですよ!起きてくださいっ!」


「……あと……ごふん……」


そして私は朝日が差し込むこの閉ざされた部屋で彼に愛される。

甘美な快楽は現実から無理矢理目を背けさせ、理性と倫理の天秤は今日も片方へと酷く傾く。


「……んっ……あ、っっ」


「わこはここが気持ちいいんだよね」


「は……はいっ……いぃっ」


「大好きだよ、わこ」


快感の海を漂う私の耳に美しく響く声は、更なる深海ふかみへと私を誘う。

2度と浮かび上がることの出来ない深海へと。






White roomが世を席巻して半年が過ぎた。

彼が言っていた種は仮想空間に芽吹き、大輪の花を咲かせている。

誰も気付かぬ内に、ありとあらゆる電子機器に根を張り巡らせたRoomは全世界をこの閉鎖された部屋に凝縮させた。


予想と想像を超えていたとはいえ、凛にはそれもまたひとつのゲームなのだろう。


「そろそろつぎの段階に進もうと思うんだ」


「次の段階……ですか?」


「うん。せっかくきれいな花が咲いたんだよ、みんなに見てもらいたいじゃない?」


そう言って彼が浮かべた笑みは私の知る琴坂 凛の笑みの中では異質なものだった。

何と表現すればよいのだろうか?


凛は非常に無邪気な少年だ。

それは初めて会った頃から変わらず、この閉ざされた空間で人と接することなく成長してきた弊害でもある。


だが、今彼が見せた笑みはその無邪気さとはかけ離れた……やはり表現が難しいが、強いてあげるならば……歪んだというべきか。


この世界でネットや電子機器に頼らず生きている人は果たしてどれくらいいるのだろうか?


それこそ未開地の奥に住むような原住民でさえも、少なからずその恩恵を受けているに違いない。



「ねえ、わこ」


「はい、どうかされましたか?」


「わこはかくれんぼと鬼ごっこ、どっちが好き?」


「かくれんぼと……鬼ごっこ?ですか?」


「うん!」


私は凛が何を言わんとしているのか、分からなかった。

もし、仮にこの時私が彼の言わんとすることをその僅か少しでも理解していればこの後に起こる惨劇はなかったのかもしれない。


「かくれんぼ……でしょうか」


「そっか、わこはかくれんぼが好きなんだね」


そう言うと凛は天使の様な笑みを讃えて宣言した。


「じゃあ、ぼくが隠れるからわこが見つけてね」


「隠れる?この部屋でですか?」


ベッドと机、それに椅子しかないこの真っ白な空間に隠れれるところなど存在しない。


「違うよ、ぼくが隠れるのはね……」




この日を境に現実という世界は終わりを告げた。


そう、凛が彼の世界に人々を招待したのだ。

ありとあらゆる場所で人々が一斉に姿を消す。


人に限らず生きとしいけるもの、ネットの海に触れたものは全てこの地上からその存在を無くした。


「ぼくが隠れるのはWhite roomの中だからね、ちゃんと見つけてよ?わこ」

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────White Room────     彼女は白の少年の夢を視る 揣 仁希(低浮上) @hakariniki

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