第2話 わくわくする瞬間

 もうすぐ信人の誕生日だ。


 青依は最初のデートで日にちを聞いた時、忘れないようすぐカレンダーに印をつけた。プレゼントは何がいいだろうか。何が欲しいのか、電話で訊いてみることにした。


「信人、今何か欲しいものある?」

「う~ん、急に言われてもなあ、悩むなあ」


 欲しいものがたくさんありすぎて悩んでいるのか、それとも本当に特にないのかどちらだろうか。


「もうすぐ信人の誕生日じゃない。どこかでお祝いをしましょうよ」

「ああ、そうだったっけ。忘れてた。覚えていてくれただけでもうれしいなあ」

「じゃあ、その日は開けておいてね」


 結局何が欲しいのかわからないまま電話は終わってしまった。じゃあ、無難なところでケーキを作ってプレゼントすることにしよう。


 家で焼いて生クリームやフルーツでトッピングすればお店で買うのと同じぐらいの物は作れる。嘘を見破る薬もこっそり持って行こう。

そしてやって来た約束の日。


 二人はイタリア料理の店へ入ることにした。サラダとスープ、パスタ、飲み物などのコース料理を頼んだ。始めにワインで乾杯した。


「誕生日おめでとう、信人」

「ありがとう。誕生日のこと一度しか言ってないのに、よく覚えておいてくれたね。記憶力いいんだね」

「まあ、大抵一度聞けば覚えているわ」


 信人は心から嬉しそうな表情をしている。カレンダーに書いておいてよかったと、青依はほっと胸をなでおろした。


 コースの料理を一通り食べ終わって、二人ともコーヒーを飲んでいた。イタリア風の深煎りのコーヒーはほろ苦かったが、お腹が一杯だったのでその苦さもちょうどいいくらいだった。青依は、持ってきたケーキをテーブルの上に載せた。


「信人、おめでとう。これ手作りケーキなの。口に合うといいんだけど。家で食べて」

「そうだね。じゃあ、青依も家に来て、一緒に食べない?」


「ええ、いいの! 信人の家に行くの初めてだけど」

「遠慮しないできてよ」


 私たちは、ケーキを食べるために信人の家に行くことにした。それが目的で作ったわけではなかったのだが、意外な提案にこちらも驚いていた。信人もこれを口実に私と親しくなりたいのかもしれない。


 期待して信人の部屋へ入った。ケーキを開けた瞬間信人は歓声を上げた。


「美味しそうだな。プロが作ったみたいだ」

「そうお、ありがと。そんなに難しいもんじゃないんだけどね」


 信人はお湯を沸かし、紅茶を二人分入れた。青依は誕生日の歌を歌い、手拍子をした。信人は照れ笑いをしている。


「さあ、お皿に盛って食べよう」

「これは美味しそうだ」


 二人はフォークを片手に、皿の上に乗ったケーキをパクパクと食べた。甘さも、固さもちょうどいいわね。青依は、我ながらうまくできたと納得していた。信人がトイレに立ったので、その隙に彼の紅茶のカップに『ウソミン』を一滴たらした。


 さて今日のデートで、彼はどれほど本音を言ってくれたのだろうか。


 トイレから戻ってきた信人は、紅茶を一口飲んで、残りのケーキを平らげた。


「ああ、美味しかった。今日はイタリア料理に、手作りのケーキまで食べられた。ふう、お腹一杯だ」

「わたしも。素敵な誕生会でよかったわ」


「ああ、でもケーキはちょっと甘すぎたかな」

「そう、砂糖が多かったのね。今度は控えめにするわ」


「それと……」

「それと……なあに、信人」


「家へ簡単についてきちゃうなんて、男には下心があるんだから。気を付けなきゃ、青依」

「分かってるわ。でも確か神秘的な女性が好きだったのよね」


「そう、分かりすぎちゃうのも嫌なんだ」

「じゃあ、これが誕生日プレゼント」


 青依は、信人の唇にチュッとキスをした。これが下心なんでしょ。信人は思い通りになり幸せそうだ。


「でも、本当は誕生日プレゼント新しいスマホが欲しかったんだ。まあ、それは値段も張るから自分で買うことにするよ」

「そうだったんだ。気がつかないで御免ね。ケーキじゃ安かったわよね」

「それは、家へ来てもらう口実になったからいいんだけど」


 まあ今回のウソミンの効力は、まあまあだったってことね。うまく使えてよかった。スマホを買う羽目になったら大変だったからこれでよかったのよ。青依はわくわくした瞬間を胸に、もう帰ることにした。


「あ、あたしそろそろ帰らなきゃ」

「え、もう帰っちゃうの。折角来たのに」


「ちょっと家の用があったのよ。またね。今日は楽しかった」

「俺も。またね」


 そう、次回に期待を持たせた方が恋は長続きしそうだ。信人は神秘的な女性が好きなんだもの。青依は、名残惜しさを信人に残して帰ることにした。

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嘘を見破る薬 東雲まいか @anzu-ice

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