嘘を見破る薬
東雲まいか
第1話 本心を知ること
青依は信人と二人で映画館に来ていた。今日は映画を見ようと、前々から約束していた。青依にとっては何日も前から楽しみにしていた映画だった。
映画が終了し、エンドロールが画面に流れ、スローテンポの音楽が心地よく映画館を包む。ロマンチックなラストシーンに思わず胸が熱くなり、その余韻に浸っていた青依は、隣の彼氏信人の様子をうかがう。目を閉じたまま微動だにしないその様子を見ると、一気に白けた気分になる。なんだ、熟睡してるんじゃない。いつから寝てるんだろう。
「ちょっと、映画もう終わっちゃったわよ。いつまでも寝てないで起きてよ!」
隣の席に座っている信人は、はっとして目を開け、青依の方を見つめる。付き合い始めて四か月ほどが経ったが、どうも内心何を考えているのかわからなくなることがある。
「うーん、いつから寝ちゃったんだろう。ごめんごめん。お詫びに夕食おごるよ」
「夕食は、もともと一緒に食べる予定だったわよねえ。しっかりしてよ」
「覚えてるって。君の好きなもの食べに行こう」
「全く調子のいい人ね。今日はお好み焼きでも食べようかな」
「ようし、焼きそばとキャベツがたくさん入ったやつね」
青依は、信人に目配せし、明るくなった映画館の通路を下りていく。信人の腕につかまりカップルであることを周囲に見せつけるように歩く。
「青依、今日も可愛いね。そのスカートよく似合っている」
本当だろうか。さんざん悩んで、仕方なく履いてきた、花柄のスカート。今日のブラウスとはミスマッチだと思っていた。信人の愛情を信じたい気持ちが胸の中の大部分を占めている一方、こんなの嘘っぽいという理性的な自分がそれをあざ笑っている。
お好み焼きを食べ、駅まで歩き改札の向こうへ信人が消えていった。振り向きざまに手を振ることは忘れなかった。
青依は、今来た道を再び歩き始める。家は、商店街を抜けたあたりにある。飲食店やコンビニなどが並ぶ大通りを一歩入ったところに、いかがわしい雰囲気の薬局があった。看板には、尾多須家薬局と書かれている。余りの店名のおかしさに、外から恐る恐る店内を覗いてみると、どこにでもありそうなシャンプーやトイレットペーパーといった日曜品が表に並び、奥には調剤のコーナーがしつらえてあった。どんな薬を売っているのかわからないが、入って一回りしてそのまま出てくればいいと思い、覗いてみようと決心して、目立たないようそっと店に入った。
「いらっしゃいませ」
声を掛けられるとは思わなかったので、きょろきょろと商品を見るふりをした。まっすぐ奥まで進むと調剤のコーナーに張り紙がしてあった。
(あなたのご要望に沿ったお薬を調剤します)
「ご要望に沿ったお薬って、例えばどんなものですか?」
「たとえば、相手の嘘がわかる薬などがありますよ」
「へえー、そんな薬があるんですか。それで相手が嘘をついているかわかるんですか」
「もちろんです! おたすけ薬局で最も売れている薬です。是非試してみてください。うそをついているか知りたい相手に飲ませるだけで、相手が本音を語りだすのです」
これは今の自分にうってつけの薬だ。この薬で信人の本音がわかるかもしれない。早速青依は、二つ返事でこう言った。
「その薬、ぜひ下さい」
「はいはい、そう来ると思いました。ウソミンと言いまして、飲み物などに一滴たらすだけで効果はすぐに現れ相手の本音を聞き出すことができます。しかし、効果は三十分ほどで切れますので、ご注意を」
「ほかに注意することはありますか?」
「使う方には慎重に。くれぐれもこれを使って後悔なさらないようご注意ください」
そういうと店主は、薬品の並んだ棚からビンを慎重に取り出した。
「おいくらですか?」
「一万円です」
それを聞いて、青依は、一瞬差し出した手を引っ込めようとしたのだが、次の瞬間にはバッグを開け財布から一万円を取り出して差し出した。
「ありがとうございました。幸運をお祈りいたします」
店主は意味ありげに、しかし恭しくお辞儀した。
次の日、信人にさっそく飲ませてみようと思い、近くの喫茶店に呼び出した。十分ほど待つと、信人が現れた。急いできたのか、息を切らし額に汗をかいている。
「信人、これ手を付けてないから飲んで。走ってきたんでしょ?」
「ああ、ありがと」
信人は、コップの水半分くらいを一気に飲んだ。
「ふーっ、落ち着いた。俺もコーヒー注文するよ。しかし昨日会ったばかりなのに、今日またすぐに会おうなんて、急用でもあるの?」
「いえ、そういうわけじゃないんだけど、ちょっと顔が見たくなってね」
私は、人差し指を顎の下に置き甘えた仕草で信人の様子をうかがった。薬はそろそろ効いてくるだろうか。
「青依、俺の気持ちがそんなに信じられないのか? 昨日のデートは楽しかったんじゃないのか? お前の本心がわからないから、俺は寝たふりをしてお前の様子をうかがってたんだ」
先ほどの口調とは変わって、拗ねるようなものに変わってきた。意外な言葉に、どう返答していいものか考え、慎重に言葉を選んだ。
「へえー、映画がつまらなかったのか、私といるのが退屈なのか、悩んじゃったわ」
「映画は正直俺の好みじゃなかったけど、青依があまりに熱心に見てるから、俺の存在を忘れてしまったのかと心配になった」
「まあ、ちょっと拗ねてたのね。これからはもっと気にしてあげるわよ」
「俺の気持ちがわかってくれればいいんだ。今日もまた会えてよかったな。本当は毎日でも会いたいんだけど、そんなこと言うと煙たがられたらどうしようか、心配になる」
「まあ、ちょくちょく会うことにしましょう」
信人は嬉しそうにコーヒーを飲み干し、不思議そうな顔で青依の顔を見つめ、スマートフォンを取り出し、メールをチェックした。
「そろそろ行かなくちゃ、仕事のメールが入ってた。昨日会ったばかりなのに、今日も合うなんて珍しいね」
「そ、そうね。まあコーヒーも飲み終わったことだし、そろそろ出ましょ。これからもちょくちょく会うことにしましょう。いいわよね」
「俺も、いろいろ用事があるけど、まあ青依が会いたいならいいけど」
どうやら三十分が過ぎ、薬が切れたようだった。
仕事をしていても、なぜか信人にウソミンそ飲ませた時のことが目に浮かんできて、一人でニヤニヤしてしまうことがあり、周囲に隠すのが大変だった。信人の変化を見るのが楽しみになり、次のデートの時にも試してみることにした。
「青依、今日のブラウスは可愛いね。さすがセンスがいい」
「そういってくれると嬉しい。おしゃれしてきたかいがあるわ」
「今日は給料が出たから、思い切ってフランス料理をご馳走するよ」
「フランス料理! 高いんじゃない、本当におごってもらっていいの?」
「もちろんだよ、たまには奮発してみるのもいいかなと思うんだ」
あのビルの二階にあるんだ、行ってみよう。
フランス料理店は、静かな雰囲気で、ワインから始まって一つ一つの料理が芸術作品のように美しく、味も素晴らしいものだった。
「あっ、ハンカチをそこに落としちゃったわ。信人の足元にあるから撮ってくれない?」
「何処かな、あああったあった。はい」
その隙に信人のコーヒーにウソミンを一滴たらし、飲み終わるのを待つことにした。食事に満足して、二人で食後のコーヒーを楽しんだ。
「最近随分積極的になってきたから、青依のペースでフランス料理をおごることになったけど、高いよなあ。こんなとこしょっちゅう来たらたまらないなあ」
「ああ、無理させちゃってごめん。たまにでいいのよ」
「当たり前だよ。以前は謎めいていて、神秘的な人だと思ってたけど、最近いやに積極的で自信満々だよな」
「以前の方がよかったの? 最近ちょっと変わっちゃって、がっかりしてるんだ。以前の青依の方がよかった」
「ああ、そうだったんだ。私も今の言葉を聞いてがっかりしちゃった」
「もうそろそろ帰ろうか、お腹もいっぱいになったことだし」
ああ、なんてことだろう。本音を聞いて喜んだのもつかの間、今度は本音に失望することになるとは夢にも思わなかった。
まだウソミンは残っている。次に使うときは慎重にならなくては、と青依は深く反省したのだった。
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