4.夢の続き【後編】


「えへへっ。サプライズ成功ッス」

「そりゃサプライズには驚いたが、お前……う~ん」


 アロイスは思わず首を傾げる。


「どうしたッスか? 」

「別にお前が良いなら構わんのだが、まあ……」

「はっきり言ってくださいッス」

「これを言うのもどうかと思うが……お前は俺を追いかけるばかりの人生で本当にいいのかと思ってな」


 昔からそうだ。彼女は冒険団に入ってから、自分を追いかけ続けていた。

 ただ、今や冒険者も辞め、立派な所帯持ちである。

 つまり、リーフの人生に対して、付き合いこそあれど、昔のように親密な関係には無い。


「それは団長とかフィズにも言われたッス。だけどリーフは、アロイスさんがいなかったら今の自分はないし、少しでもお傍にいたいだけッス。もちろん迷惑なのもわかってるけど……だから、少しでも嫌だと思うなら言って欲しいッス。でも、許してくれるなら、リーフもこの町でもっと自分が幸せになれるように努力するッス! 」


 ……まったく、なんて奴だ。


 アロイスは今日何度目かもわからないくらい呆気に取られた。


 そのうえで思う。


 なんて馬鹿な奴だと。

 

 いや、彼女の行動を貶したわけじゃない。


 誰が彼女を傍に置いて文句を言うのだ、そういう事だ。


「お前が望むようにすればいい。俺も、お前が町に来てくれたら嬉しいさ」

「えへへっ、ありがとうッス♪ 」


 弾むような声色と満面の笑みを見せるリーフ。

 彼女の気持ちは重々に理解してあげようと思うが、少々気になるところもある。


「あー、ごほん。リーフよ、一応質問させてもらうが……」


 この問いは兄貴分としての質問だ。決してセクハラのように取ってくれるなよ。


「お前もいい年なら、そろそろ、アレとか、その辺は、どうなんだろうと」

「……結婚の話ッスか? 」


 ハッキリとした返答。

 「う、うむ」と小さく頷く。


「うにゃ、さっぱりッスねえ。本当はアロイスさんとくっ付きたかったッスけど~」

「……その話、ナナのいる前ではしないでくれよ」

「にゃはは、しないッスよ。でも、まじめな話、そこまで興味無いのが本音ッス」


 彼女ならば引く手あまたとは思うのだが。


「リーフが好きなのは、アロイスさんみたいな人ッスもん。最低条件はリーフより強いって事にしとくッス」


 小さな腕を組み、八重歯を尖らせて、どこか自信たっぷりな表情で言う。


「お前ほど強い男なんて、ほとんど限られているだろうに。……ああ、それならブランはどうなんだ。一応、コロシアムの時にはお前が負けたってことで認めたわけだしな」


 知らない相手じゃ無いし、お前の言う条件にピッタリじゃないか。

 半ば冗談混じりでブラン・ニコラシカの名前を挙げてみた。

 しかし、リーフの反応たるや意外なもので。


「……そ、それは、えっとお。悪くないとは……思うッスよ? 」

「えっ。なんだその反応」


 予想外なモジモジ具合に、興味が惹かれる。


「もしかしてブランのこと気になってたりするのか」

「その、ちょっと前に会って、恰好良くなったなとかは思ったくらいッスけど……」

「いつ会ったんだ」

「えーと、最近会ったのは先週ッス……」

「本当に最近じゃねえか! 」


 なんだなんだ、ますます気になる発言をしてくれる。

 カウンターから客席側に乗り出して、リーフの隣に腰を下ろす。


「詳しく聞こうか。ブランと何かあったのか」

「な、なんか会う度に男らしくなってきたな~とは思ってたッスけど、それくらいで」

「会う度にって、お前らそんなに会ってたか? 」

「去年の暮れ辺りに冒険者引退決めてから、冒険頻度抑えつつブランとは結構会ってて~……」

「なぬっ。そんな話、ブランからも聞いてないぞ」


 思ったよか、二人は親密になりつつあったという事だろうか。

 愛弟子たちから一報も無かったのは少し寂しいが、それはそれで嬉しくもある。


「ブランから会おうって言ってきたのか? 」

「ど、どっちからとかじゃなくて。本部でたまたまブランと会ってからッス」

「へえ~、ほお~。どんな話してたんだ? 」

「相談も多かったッス。例えば、今回の鍛冶屋の話とかも」

「……ブランは賛成したのか? 」

「それは良いと思う、って言ってくれたッス」

「む、それは……」


 その回答を察するに、ブランはあくまでもリーフを"憧れの存在"とだけ見ているのか。

 普通、その女性を気になっていれば、他の異性についていくなんて快諾しないと思うのだが。


(大方、俺と居れることが羨ましいとか言ったんだろうな。そりゃそれでアイツらしいが……)


 リーフには残念だが脈無しか。

 とはいえ、新人冒険者に過ぎなかった青年がリーフに好意を持たせる存在になっただけ凄い話だ。

 そう思った矢先――。


「また来週にも会うお約束してるッス。いまブランが冒険団のお仕事で遠出しているッスけど、時間見つけてリーフと遊んでくれるらしいッス。最近セントラルに出来たデパートで一緒にお買い物する予定ッス~♪ 」


 ……おや?

 それなら脈有りのような。


「立派にデートしてるじゃないか。そのうち、ブランから告白なんかされるかもなぁ」

「そ、そそ、そんなことはないッスよ!! 」

「動揺しているなあ。クク、満更でもないんだろ」

「も~、アロイスさん歳取ってオヤジくさくなったッスよぉ! リーフの事よりも、アロイスさんはどうなってるッスか! 」

「な、なにっ。俺がなんだ! 」

「いつも傍にはナナがいたのに、今日はいないッス。もしかして喧嘩でもしたんじゃないッスか! 」


 確かに、指摘された通りナナの姿はどこにもないが、それについては……。


「それは……喧嘩とかじゃなくてだな、いや……」

「怪しいッス。喧嘩したッスね」

「待て、本当に違う。ただ、あの、えーっと」


 まさかの反撃を喰らい、返す言葉がない。


 すると、その時。


 タイミングが良過ぎるというか、なんというか。

 酒場の扉が開かれて、噂の"ナナ"が現れる。


「アロイスさん、お待たせしました……って、リーフさん! 」


 ナナは戻って開口一番にリーフの姿に目を丸くした。


「あ、ナナ。お久しぶりッス~! 」

 

 リーフはカウンター椅子から飛び降りて、ナナの傍に駆け寄る。


「ナナ、元気そうで何よりッス」

「お会いできて嬉しいです。遊びに来られたんですか? 」

「お話に来たッス。いつもアロイスさんと一緒にいるナナの姿が無いから、てっきり喧嘩したと思ったッス」


 喧嘩、の言葉にナナは「ふふっ」と微笑みを浮かべた。


「仲良くやらせて貰ってますよ。今日居なかったのは、ええと……言っちゃっていいのかな」


 ナナはチラリとアロイスに目線を送った。

 アロイスは、溜め息がてら頷いて致し方なく了承する。

 そうしてようやくナナは不在の理由を明らかにした。

 ……実は"治療院"に行っていました、と。


「ええっ、どこか怪我したッスか。もしかして家庭内暴力……」

「ち、違いますよ。その、私もまだ信じられないんですけど、家族が増えるお話っていうか」

「……アロイスさんとナナの赤ちゃんッスか!? 」


 ひえーっ、とリーフは両手を挙げる。

 すかさず振り返ると、アロイスは「何だよ」と照れ臭そうに答えた。


「お、お子さんが産まれるッスか。いつ、え、どういうことッスか! 」

「あー、本当はまだ隠しとくつもりだったんだよ」

「どうして黙ってたッスか! 」

「伝えるのは安定期に入ってからとは思ってたんだけどな」

「おめでたッスよ。みんなに伝えなきゃッス」

「待て、まだ言わなくていい。そのうち俺の口から言う」


 何となく恥ずかしくて仕方ない。

 それに騒ぎ立てられて、ナナの体に負担掛ける事を避けたいのが最大の理由だ。


「あ~、確かに。アロイスさんのお知り合いに知られたら、連日お祭り騒ぎになっちゃうのが目に見えてるッス」

「そうだろ。だから今は内緒にしといてくれ」

「わかったッス。でも、えへへ……アロイスさんとナナの赤ちゃんなんて、リーフも嬉しくなるッス」


 他人事のようには思えず、心の底から喜びを見せる。

 ナナは「ありがとうございます」と優しく笑う。


「いえいえッス。だけど、リーフだけはお二人に是非お祝いさせてくださいッス。アロイスさん、この店で一番高いボトルをお願いするッス! 」


 元気よく注文を叫ぶ。

 だが、アロイスは苦笑いした。

 何故なら、全世界の酒を扱うこの酒場には、尋常ならざるコレクター品が眠りについていたからだ。


「ウチで一番高いのはグランノワールのワインだがな、洒落にならんぞ」

「おいくらッスか? 」

「最初の数字は"一"だが、そのあとにゼロが八つ付く」

「一億ゴールドッスか!? 」


 最早、博物館に寄贈されるようなレガシーアイテムである。

 というか、そんな逸品が田舎の酒場に仕舞われているほうが驚きだ。


「ナナの父親が生粋のコレクターでな。一応の販売許可は得ているが、まあ本当に買うやつは居ないだろ。お祝いの気持ちは嬉しいが、せいぜい安くて旨い酒を一杯だけ飲んでくれればそれで嬉しいさ」


 誰が一億の酒を買うものか。

 リーフにも一億は決して安くない買い物なのは分かっている。

 しかし、リーフは身を震わせて、豪と声を張った。


「買うッス。一億ゴールド出すッス~ッ!! 」

「……落ち着け。無理はするな」

「落ち着いてるッス。お二人のためなら一億くらい安いッス! 」

「いや安くないだろ……」

「買うったら買うッス! 」

「子供か! 」

「見た目は違いないッス」

「……自虐に等しくないか? 」


 このままでは本当にお買い上げされそうだ。

 リーフは本気で祝いたいかもしれないが、こちとら一億のお祝いなんて非常に困る。


「ま、待て。本当に待て。一億の酒を開けるのは、今度にしよう」

「なんでッスか」

「子供が生まれて、みんながいる時に飲もう」

「……確かにみんな居たほうが美味しいかもしれないッス」

「そうだろ。だから、今日はコレで祝ってくれ」


 キッチンに置いてあった適当なワインを一本手にして見せた。


「別段高くないワインだが、こういうのも旨いんだ。何も値段だけが全てじゃない。リーフ、今日はこういう酒でお祝いしてくれるか。きっとナナもそれで喜んでくれる。……そうだろ」


 ナナは「お気持ちが嬉しいんです」と頷いた。


「そうッスか。なら、今日はそれでお祝いさせてもらうッス」

「おう。代わりに美味い料理はいくつでも作ってやる! 」

「期待してるッスよ~! 」


 リーフからの期待の声に、アロイスは胸を張って「まかせとけ! 」と答えた。


 ………

 …


【 夢の続き 終 】


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『元』最強冒険者が酒場を開いたら Naminagare @naminagare

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