3.夢の続き【前編】


 それは、アロイスが引退してから丁度一年後のお話。

 いつものように、酒場の開店準備を始めた午前十時過ぎの事だった。


「今日のメニューは何にするか。相談役は不在というわけで……」


 普段、傍に居るはずのナナは今日に限って私用のためその姿が無い。

 もちろん一人でメインディッシュを決めることくらいワケないが、最近じゃ彼女の意見を取り入れることが多くなっていた。


(脂っこいものを選ぶとナナに怒られるからなぁ。今日くらいは俺の好きなメニューを選んでみるか……? )


 まだ三十代とはいえ、将来を考えるには十分な年齢を迎えたアロイスは、身を案じるナナからのお願いで高カロリーな料理は週二回程度に抑えていた。

 まあ、酒場の都合上、客の要望に応えてそういった料理もその場その場で作ったりはしているのだが。


(ナナの考えるメニューは評判もいいんだよな。客層も増えてきたし。やっぱり今日もその路線でいくか。買い込んでおいた鶏肉がたくさんあったな。それを使って……)


 素材というパズルを用いて、頭の中でコツコツと料理の形を組み立てる。

 

 鶏肉を小さめに切り分け、甘ダレと絡め焼くのはどうだろう。

 付け合わせには緑黄系野菜の塩ゆでを添えて、焼き鉄板での提供は見栄えもいい。

 だけど十分酒のツマミにはなるが主力にはちょっと弱いか。

 ……ああ、チーズを乗せてみようかね。

 ボリューム感が出るぞ。

 鉄板の上でジュウジュウ音を立てる鶏肉とチーズのハーモニーが食欲をそそるはずだ。

 甘いタレとチーズがよく絡んで、歯応えある鶏肉から染み出す旨みは溜らんぞ。


 ……だけどもう少し、ヘルシー路線でもいきたいんだよな。


 いっそのことチーズは100ゴールド増しのトッピングにしてみるか?

 希望者にはもっと増やすようにして。

 そうすれば、料理本体の価格もカロリーも抑えられるぞ。

 

 ――よし、決めた。


 パチンと指を鳴らす。


 今日は『ゴロっとチキンステーキの鉄板焼きチーズ乗せ』でいこう。

 早速、準備を始めるか。


 まずは、保存庫に仕舞っていた鶏肉を引っ張り出そうと手を伸ばす。


 だが、その時だった。


 酒場の玄関が"ガチャリ"と開いて、思いがけないお客が現れたのだ。


「こんちわッス~、アロイスさん! 」


 元気な声とともに姿を見せたのは、冒険団クロイツ副部隊長"リーフ・クローバー"であった。


「おお……リーフじゃないか。どうしたんだ急に」

「遊びに来たッス! それとお伝えすることがあってー」

「伝えること? 」

「はいッス。とりあえずお邪魔するッス~」


 リーフは、アロイスと一番近いカウンター椅子に上り、腰掛ける。


「アロイスさん、改めてお久しぶりッス! 」

「ああ、一年ぶりだな。とりあえず何か飲むか? 」

「うにゃ~、酔っ払う前にアロイスさんにお話しすることがあるッス」

「なにか伝える事があるとか言ってたな。まだしばらく休暇でも取るのか? 」


 アロイスは料理仕込みの傍ら、彼女の話に耳を傾ける。

 ところが、次のセリフを聞いた時、思わず握っていた鍋を床に落としてしまった。


「うにゃ~休暇じゃないッス。えーと、リーフは……冒険団を辞めたッス! 」


 ―――ガラァンッ!!

 

 アロイスの手から離れた鍋は床に転がり甲高い音を響かせる。

 表情を硬くして「冗談だろう? 」と聞き返した。


「うにゃ。団長とかフィズにもお伝え済みッス」

「お、おお……? 」


 理解が追い付かない。

 まずは鍋を拾いなおし、心落ち着かせ、理由を訊いた。


「一体どうしたっていうんだ。嫌なことでもあったのか? 」

「違うッスよお。アロイスさんが引退してから、リーフも色々思うところがあって……」


 彼女は小さな腕を組み、うんうんと唸りながらそれを語った。


「元々アロイスさんがいなくなったクロイツ冒険団にはリーフが残る理由はほとんど無かったッス。責任者の一人として数年残ったッスけど、去年にアロイスさんがナナと結婚して引退しちゃったから、そろそろリーフも第二の人生を考えたほうがいいかなーって常々思ってたッス」


 ―――なるほど。

 確かに彼女の言い分はもっともらしく聞こえる……が、しかし。


「お前、今年で幾つだったっけ。俺は現役じゃ退く年齢にもなったけど、リーフはまだまだだろ? 」

「女性に年齢聞くのは駄目ッスよお。うにゃー……アロイスさんが酒場開いた時とほとんど一緒とだけ言っとくッス」


 彼女の見た目こそ愛らしい少女そのものだが、それはドワーフ族の女性特徴に過ぎず、小柄で幼い見た目というだけ。

 実年齢に驚愕させられる事も少なくないのだ。


「もうそんな歳になったのか。そう言われると、俺がどうこう言える立場じゃないわな……」


 自分とて自由気ままに冒険団を去った身だ。

 彼女の行動に意見することなど出来るわけがない。


「そもそも、お前は俺と同じでよっぽど自由に冒険者らしく生きてるもんな。とやかく言っても仕方ないか。クロイツのオヤジに認められてるなら、俺が意見してもしゃあない。……で、お前の考える第二の人生ってのは何なんだ? 」


 彼女が冒険団を辞めたということは、リーフが人生を置ける場所を見つけられたという事だろう。

 

 ―――だが、しかし。


 次に聞いた答えに、持ち直していた鍋を再び落とすことになる。


「はいッス。リーフはカントリータウンに引っ越したッス。来月から商店街で鍛冶屋を開く予定ッス」



 ……ガラガラァンッ!!



 アロイスの手から滑り落ちた鍋が、再び、けたたましい音を響かせた。

 引きつった表情でリーフに問う。


「いま、なんて言った。この町に住む……と? 」

「はいッス。鍛冶屋で生計を立てるッス」

「冗談を言ってるようには……聞こえないな」


 間違いなく本気、本当の事だ。

 それに聞き間違いじゃなければ、既に引っ越したような言いぶりに思えたが。

 

「もしかして、家とか店とか準備済みなのか……? 」

「商店街の中央にあった空き家を増改築してもらったッス。ゴブリンの工務店に依頼してー」

「……あっ。もしかして、ミルクさんの酒屋の隣か!? 」


 言われてみれば、二か月ほど前から空き家を改築しているのを見ていた。

 ゴブリン工務店のカ・パリさんが施工しており、誰か購入したのか訊いた事はあったのだが。


「カ・パリさんから、オーナーの意向で口外出来ないと言われたと聞いてはいた。が、そういう事だったのか……」


 リーフがアロイスに隠すため、内緒にするよう依頼していたわけだ。


……

<後編につづく>

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