2.思い出の夜【後編】
その回答は想定外だったのか、グリムは目を白黒させた。
すると、しばらく黙っていたクロイツが「まてまて」と割って入る。
「アロイスお前、俺の話を聞いていたか。グリムさんは王族付きの鍛冶師で……」
「だから金が掛かるってか。いや、違うだろ。このジジイは、金なんか問題にしちゃいないはずだ」
アロイスはグリムに詰め寄り、目を輝かせて叫ぶ。
「俺は今まで自分に合った武器を見つけられなかったんだ。ジジイの腕なら、俺のためにピッタリの武器を造ってくれるだろ。な、頼むよ。金で解決できるならそれのほうが楽だけどさ、アンタは金じゃ動かないタイプだろ。どうやったら造ってくれる!? 」
本来、グリムは個人依頼など受け入れない立場にある。
今回用意した片手剣とてクロイツとの仲で特別に打ち込んだ一品に等しい。
「……儂、一応エルフ族の生き国宝よ? 」
グリムは苦笑いする。
しかし、アロイスは――。
「ジジイ、頼むぜ。こんな良い剣を打てるアンタなら、俺に相応しい武器を造ってくれんだろ! 」
「お、お前なあ。儂にそんな態度取ってきた冒険者は……」
「頼むぜ! 」
「……ッ」
困惑した表情のグリムは、やがて深い溜息を吐いて言った。
「やれやれ。なんて押しの強い……しかし、お前ほど欲が強くなくちゃ冒険稼業なんて生きていけないのかもしれんな。クロイツよ、とんでもねえ男を連れてきてくれたもんだ」
クロイツは首を左右に振って「すみません」と本気で申し訳なさそうに言った。
それを置いてアロイスはグリムの両肩を掴み、揺さぶるように言い寄る。
「おおっ、造ってくれるのか。感謝するぜ! 」
「わ、分かった分かった。だが、条件がある。それだけは呑んでもらうぞ」
「おう、なんだ! 」
「俺の目に適う高純度の魔石を用意しろ。それが出来たら、金無しでも造ってやるわ」
「……任せろ! ちょっくら市場を探してくらぁ! 」
「ん、市場って……あ、おい! 」
グリムの制止を聞かず、ニヤリと笑ったアロイスは颯爽と市場に姿を消す。
その後でクロイツと合わせた目を大きく開き、口を開いた。
「市場に俺が欲する魔石があるわけねえだろうになあ。全く、本当にとんでもないガキを連れてきたもんだ」
「あいつはホントに……何から何までご迷惑をお掛けして申し訳ありません」
「いいさ。じゃ、儂はヤツが魔石を見つけられずガッカリした姿で現れるのをゆっくり待つとするかね」
壁際を背もたれにして腕を組む。
だが、クロイツは少しばかり楽しそうな態度である事を言う。
「今日はそうかもしれませんけど、三日後までにはお目に適う魔石を用意できるかもしれませんよ」
「なんだと。どういう事だ」
「この街に来た理由は、貴方とアロイスを引き合わせる事ともう一つ、ダンジョン攻略のためと言ったでしょう」
「クロイツ、お前らまさか……」
「ええ。俺たちは"蟻の巣"に挑むつもりで来たんです」
古代時代、エルフ族の祖先達が戦争から逃れるために砂漠の地下に切り開いたとされる巨大な地下の町。
強い魔力に守られたお陰で未だ遺跡として姿を遺しているが、永久の時を経て今や凶悪な魔獣の巣窟となっていた。
「複雑に入り組み迷宮化したダンジョンの奥には、当時のエルフたちの宝物だけではなく、グリムさんの目に適うレアメタルも眠っているはずです」
それを聞いたグリムは"参った"と天井を見上げた。
どうやら自分とアロイスのやり取りについて、クロイツの手のひらで踊らされた事を理解したからである。
「クロイツ坊、仕込みやがったな。アイツの専属武器を最初から俺に造らせるつもりだっただろ」
「何のことでしょうか。たまたまそうなってしまっただけですので」
「本当にお前は……。だけどな、蟻の巣はそう簡単に突破できるダンジョンじゃねえぞ」
「俺の家族は何よりも強い。何かあれば俺が命に代えても守るつもりですので」
「……そうかい。全く、お前がそう言うなら、そうなっちまうんだろうなぁ」
グリムは両手を軽く上げて観念した様子を見せる。
そして「しょうがねえ三日後まで店仕舞いだ」と呟いた。
「いい武器を造るには、相応に道具の準備も必要なんだ。今から準備しねえと間に合わねえやな。おう、三日後にまたお前らが最高の素材を持ってくるのを楽しみにしておくからよ」
そう言ってグリムは奥の部屋に姿を消す。
クロイツは背を向けた彼に一礼すると、市場に向かったアロイスを追って店の外に足を運んだ。
そして、眩しい太陽の空を仰ぎつつ、揚々として思い耽るのであった。
(グリムさんには迷惑かけて悪いけどさ、手のかかる子供ほど可愛いモンでね。甘いと分かっててもついついアロイスのために世話しちまうんだよなあ。さてと、ウチの子供はどこまで買い物に行っちまったのか探しに行くかねぇ……)
………
…
その後――結局、全てはクロイツの思惑通りに事が運んだ。
三日後には、蟻の巣から特級品の魔石を持ち帰ったアロイスに、グリムは約束通り、特別な武器を造り出す。
人ひとりの大きさを持つ破壊的な武器、アロイス・ミュールという男専属の大剣である。
それは、アロイスにこれから先訪れる"最強"に成り上がるきっかけになったと言っても過言では無いだろう。
――やがて。
二十余年という長い時を経て、アロイスは武器という相棒を置いた。
愛する者へ身を捧ぐため、自らの物語への終止符を打ったつもりである。
だが、人生の大半を過ごした"戦いの場"をそう簡単に忘れられるはずも無い。
故に今日も、閉店時刻を迎えた酒場で一人酒を煽り思い出に浸る。
そのうち、相棒との出会いを蘇らせていたうち、ふと笑いが込み上げた。
(そうだ。ナナの家に初めて行った時、カクテル道具を見て驚かされたっけなぁ……)
自分がカントリータウンに落ちてきた日、自宅に案内されて出てきたのが"カクテル用の道具達"だった。
よもや、それに記されていたのがオベロン家の王印。
つまりは"グリムの制作品"だったのだから驚きと興奮を隠せなかったわけだ。
(昔、別の誰かが造った道具ってのも考えたけど、王印を刻んだ酒用の道具を造るなんてグリムさん以外有り得ねえもんな。ククッ、こんな遠い地でまた爺さんの道具に世話になるとは思わなかった。ある意味、俺の人生のほとんどがグリムさんに左右されてるって言っても過言じゃないわけで)
思えば俺の人生は大抵、誰かに助けられ生かされてきた。
英雄なんて持て囃されているが、結局は他人の助けがあってこそ今の自分がある。
ガムシャラに駆け抜けてきた人生だが、どうやらゴールも近いと考える。
(冒険稼業としては俺の役目は終わりだ。今ならオヤジが四十前に一線を退いた意味が何となく分かる。あの頃は、まだ現役でイケるオヤジが戦う姿を見ていたいと思ったモンだが……)
周りは俺が現役でいて欲しいと思っている事を重々承知している。
自分とて、まだ戦える事は分かっているし、自信家じゃないが俺ほどの実力者もそう多くないと自負してる。
だけど、そうじゃない。
あらゆる考えが複雑に混じり合い、言い様が無いグニャグニャとした考えの結末が、今こそ武器を置くべきだと導いた。
恐らく、オヤジも、こんな気持ちだったんだろう。
(後は酒場のオヤジとしてのんびり生きていくさ。だけども、なあ……)
心残り、やり残した事が一つある。
武器を置いてなお、それは最後にやらなければいけないと考えていた。
ま、世界に関わる大事な話じゃない。
これは至って個人的な、ただのワガママ。
しかし、それをやるには時期尚早なのだ。
(いずれ機が熟せば、アイツから言ってくるだろ。待ってるぞ)
ひらいた右手で覆うようにして持ち上げたグラスの内側に揺れるウィスキー、そのガラス鏡面に映る自分の顔に投影したのは"ブラン"の姿だった。
そう、望んでいたのはブラン・ニコラシカとの力比べである。
自分が育て上げた最初で最後の弟子は、今や立派な冒険者として飛び立った。
彼との決着こそが、自分と云う物語の終焉に相応しいと考えていた。
(いずれ、な……。ブランと戦い終えた夜には、二人で思い出話に花を咲かせたいもんだ)
アロイスは残り少ないウィスキーを一気に飲み干すと、柔らかな微笑みを浮かべた。
………
…
【 思い出の夜 終 】
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