その後の後

1.思い出の夜【前編】


 カントリー・タウン。

 英雄冒険家と呼ばれたアロイス・ミュールの経営する酒場が有名な田舎町である。

 当人は既に引退し、緩やかな時の流れに身を任せている。

 今や愛する者の傍に添い遂げると云う決意は揺らぐ事は無いが、猛々しい時代に想いを馳せる事は少なくない。


 そして、その日。


 アロイスは、酒場の閉店時刻を迎えてからカウンターに灯るランプを頼りに飴色のウィスキーを煽っていた。

 ふと店内の壁を見れば、堂々とした灰色の大剣が此方を見下ろす。

 幾度となく窮地を共にしてきた相棒との思い出は、語り尽くせないほど美しく輝く。


 嗚呼、今日もまた思い出すのだ。

 酒を飲みながら夢うつつに酔いに落ちて、彼との出会いの日を。



 ――それは忘れもしない十四歳の夏。


 

 まだクロイツ冒険団が"拙い冒険団一味"だった頃の話。

 クロイツ団長の指示の下、南方砂漠の遺跡攻略のためエルフ族の集落に訪れた時の事だ。


「チッ、こんな枯れた砂漠のダンジョン攻略なんて物好きに程があるぜ。本当にまともな遺跡があるんだろうなぁ? 」


 まだ若く血気盛んなアロイスの言動は今と比べて随分と攻撃的だった。

 姿格好も派手で、長髪を流し、薄手の衣装で肉体を魅せており、随分な台詞を吐き捨てる。

 そんなアロイスだったが、商店街をぶらついているうち、ある店舗の前で足を止めた。


「……お、鍛冶屋か? 」


 そこは煉瓦造りの小さな鍛冶屋だった。

 外から見えた陳列棚には輝くような武具が並び、思わず目を奪われる。


(リンメイたちは昼過ぎまで買い込みするっつってたな。まだ時間はあるし、ちょっくら寄ってみるか)


 最近はダンジョンでの連戦も多く、武器の消費が激しかった。

 すぐに破損してしまうものばかりで、少しでも長持ちする剣が欲しかったところだ。

 丁度良いと思い、早速店内に邪魔をする。

 グルリと見渡した商品棚には様々な商品が並んでいた。


(ほっほー、珍しいモンまで揃ってやがる。だけど俺はやっぱり無難に……そう、コレだコレだ)


 手前に並ぶ武器のうち、一本の片手剣を手にする。

 どうせ田舎のオンボロ商品だろうと踏んでいたのだが、それを見て驚いた。


「こいつは……」


 顔が映るほど磨かれた剣芯は燦々と美しく光る姿は文句のない逸品であった。


「まさか、こんな辺境のエルフの集落に、これほどの……」


 呟くように言う。

 すると背後から「お客かね」と渋めの声が響いた。

 振り向くと、奥の部屋からのそりと深シワの目立つエルフの男が現れた。


「辺境で悪かったな。生憎だが、子供に売れるような武器はウチに置いてないぞ」


 どうやらアロイスの言葉が気に障ったらしく、彼は明らかに不機嫌な様子だった。


「それが客に対する態度かよ」

「なら百万ゴールド、払えるかい」


 ……払えない金額では無い。

 腰に携えた金貨袋を叩きつけてやろうか。


「おいジジイ、俺を舐めるんじゃねえぞ。百万ゴールドなら安いもんだぜ」

「そうかい。だけどもなぁ、お前さんにゃ俺の剣を扱えるようには見えないねえ」

「どういう意味だ」

「未熟者ってことさ」


 ……どこまでも馬鹿にするジジイだ。

 チッ! 軽く舌打ちする。

 素直に『買ってくれ』と言いやがれ。


「俺はな、もう二十を越えるダンジョンを攻略してんだ。その辺の冒険者と一緒にすんな」

「ほー、だがまだまだヒヨッコには違いねえ。儂が知らねぇ奴は客と思わない事にしてんだ」

「ド田舎のエルフ族にまで名前を売れってのかい。ハハハ、無理な話だぜ」

「……ここまで無知とはな。馬鹿に拍車が掛かっちまって大変なことだ」

「ンだとジジイ! 」


 思わずいきり立ち、本気で喧嘩腰になる。


 ――が、その時。


 ゴチンッ!!!


 唐突に、アロイスの頭部へ鈍痛が走った。

 

「いってェッ!? 」


 何事かと頭を押さえて振り返る。

 そこにはいつの間にか、拳を握った団長クロイツが立っていた。


「この馬鹿モンが! 」

「お、オヤジ!? 」


 どうやら自分を殴ったのはクロイツらしい。


「お前を見かけて付いていけば、いきなり喧嘩を吹っ掛けるとはどういう了見だ! 」

「み、見てたのかよ。だったら、このジジイが悪いことだって分かるだろ! 」

「お前が馬鹿にした発言ばかりするからだ、きちんと謝らんか! 」


 クロイツはアロイスの頭を鷲掴みにして、思い切り店主に向かって頭を下げさせた。

 またクロイツ自身も深々とした態度で謝罪の言葉を口にした。


「大変申し訳ありません。まだ幼いものでご迷惑をお掛けしました」

「な、何すんだよ。俺ばっか悪いわけじゃねえだろ! 」

「喧しい。この方はな、お前が飄々として相手出来るような御方じゃないんだよ」

「あん!? 」

「ったく、この馬鹿が」


 クロイツはもう一度"ばしんっ"と軽くアロイスの頭を叩く。


「この御方はな、エルフ王族のオベロン家に代々専属鍛冶師で仕えるグリムさんだ。エルフ王の"刻印"を赦された、特級鍛冶師なんだぞ! 」


 ……は?

 アロイスは口をあんぐりと開ける。


 古代戦争時代、平和の礎を築いたエルフ王族のオベロン家。

 その王印が記された金属器は、永遠に欠けるの事のない銀の魔力に守られていると云う。

 一般的にも流通しない伝説の武具を扱う鍛冶師が、こんな場所に居るだなんて思うものか。

 というか、そもそもの話……。


「冗談きついぜオヤジ。この剣にはオベロンの王印なんか押されちゃ居ないだろうが」


 握り締めた剣には、何処にもオベロンを象徴する王印は刻まれていなかった。


「好き勝手に王印を刻めるわけ無いだろう。刻めるのはあくまでも高濃度の魔法銀を用いた道具だけだ。いいからまずグリムさんに無礼を口にしたことを謝罪しろ。話はそれからだ」


 こうもオヤジが本気で怒るってことは、本当にこの爺さんは有名な鍛冶師のようだ。

 かなり不本意であったが、すんません……、と一言だけ口にした。


「最初から素直に謝れ。全く……グリムさん、本当に申し訳ありませんでした」


 幾度目かのクロイツの謝罪に、グリムは「構わんさ」と笑った。


「気にしちゃおらんよ。まー生意気なガキがいたもんだと、ちょっとばかし喧嘩吹っ掛けてみただけだ。それにアレだろう、こいつが噂のアロイスなんだろう。特徴を聞いていたから直ぐに分かったぞ」


 どういう意味だろうか。

 もしや、オヤジとこのグリムって鍛冶師は……。


「ジジイ、オヤジの知り合いだったのか」

「クロイツがガキの頃から知ってるぞ。なあ、クロイツ坊」


 グリムはクロイツにウインクして言った。


「はは、グリムさんには敵いませんよ。で、お約束の話ですが……」

「分かっておる。しかしだな、儂が薦める前にアロイスは"それ"を取っちまってたよ」


 グリムが目配せしたのは、いまだアロイスが握り続ける剣。

 アロイスが「どういう意味だ」と首を傾げると、クロイツが答えた。

 

「この村に来た目的はダンジョン攻略だけじゃないんだ。本来の目的はココだ。そろそろ、お前に見合う武器を見繕ってやろうと思ってグリムさんに頼んでいてな……どうやらオススメの武器はとっくに見つけちまったみたいだがな」


 ……そういう事だったのか。

 アロイスは、改めて手にした銀剣をまじまじと眺めた。


「その武器を気に入ったかい。なら、持って帰るといい」

「あ、ああ……」


 美しい剣だとは思う。欲しいとも思った。

 ただ……。


「なあ、これ以外にも見ていいか」

「気に入らなかったか? 」

「すげえ剣だとは思うけど、これが欲しいのかって言われるとなぁ」

「最近造った中じゃ一番だぞ。これを超えるってなると難しいぜ」

「まあ、他の武器も見せてくれよ」


 取り敢えず剣を元の場所に戻して、再び店内を物色する。

 しかし、グリムの言う通り最初の剣を越える武器は見当たらなかった。


「やっぱこれしかねえのか」

「だからそう言ってるだろ。だけど、不満そうだな? 」


 どうして決められないのかとグリムが訊く。


「いや、悪くないとは思うぜ。けど、この剣は綺麗過ぎるんだよなぁ」

「綺麗過ぎるだと? 」

「飾るには丁度いいけどよ、使う武器とはちょっと違う気がするんだよ」

「……ほう」


 面白い事を言うじゃないか。

 グリムは顎を摩り、興味津々に「どういうことか」と尋ねる。


「きっと硬い魔獣もスパスパ斬れて気持ちいいとは思うぜ。でも、俺が思うのとちょーっと違うんだ。こんな綺麗なモンじゃなくてさ……」


 眉間にしわを寄せて考え込むアロイスに、グリムは小さく頷く。

 

「言いたいことは何となく分かる。もっと雑な武器が欲しいんだろう」

「そうそう。こんな小奇麗なのじゃなくて、泥臭いのがいいんだ」

「つまり……」

「もっと邪魔な奴らを"殺す"事を描いたような武器がいい」

「それはこの場所に無いんだな」

「悪い。でも、俺が考えるのはもっとデカくて、もっと俺の力を引き出してくれるのがいいんだ」


 アロイスは自らの力を鼓舞するように両手を大きく拡げる。

 ……そのうち、ハッとした表情を浮かべ、揚々と口を開いた。


「そうだ。ジジイ、俺に見合う武器を造ってくれよ! 」

「……なんだと」

「ああ。ジジイが思う俺のための武器が欲しい。頼む! 」

「そ、そうきやがったかぁ……」


……

<後編につづく>

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