今日も変わらず日は沈む。

ニョロニョロニョロ太

教室

 キーンコーンカーンコーン

「起立。気を付け。礼。着席。」

 チャイムの直後、始業の号令をかける。

 この時間で最後だ。

(帰ったら何しようかな)

 頬杖をついて、窓の外に目を向ける。

 教室全体に差し込む真っ赤な光。

 雲一つない澄んだ空。

 グラウンドではサッカー部がサッカーをしている。

 女の子たちが校門前で駄弁っている。

 もうすぐ日が沈むから、足元にくっきりした影が長く伸びている。

 静かな教室と違って、笑い声や叫ぶ声が聞こえる。

(自由だな)

 もちろんそれは構わないんだけど。

 教科書やノートを開く気にはなれず、しばらく窓の外を眺めていた。

 真っ赤な景色と、いつもより浮ついていて騒がしいのが、まるで世界の終わりみたいに見える。


『もしも明日、世界が終わるとしたら、何する?』

 いつだったか親友に聞かれた質問を思い出した。

『わからないよ。その時にならなきゃ』

 確かそう答えたはず。

 昔から親友についていくばかりで、無趣味だった。

 自分は何が好きだったかもよく覚えていない。

『でも、大きくなれば好きなものややりたいことが見つかるはず』

 とも思っていたはずだ。

 だから、周りに言われるまま学校に行って、大学に行くために勉強して。

「夢が無くても、大学に行けば、大人になれば見つかるよ」

 という誰かの言葉を信じて。

 まだ、自分の好きなものが分からない。


 あの子は今何をしているんだろう。

 違う高校に進学して、しばらく続いていたLINEもだんだん疎遠になってしまった。

 一度疎遠になってしまったら、会話が再開することはない。

(話しかけようにも、どう切り出せばいい?)

(もしかしたら迷惑なんじゃないか?)

 ぐるぐる考えて、何もできずに日が沈むのだ。

 そして日が昇って、また昨日と同じことを繰り返す。

(LINE、してみようかな)

 終末のようなこの景色なら話の種に出来るんじゃないか。

 鞄からスマホを取り出して、あの子とのLINEの画面を開く。

 会話は二年以上前で止まっている。

【高校生活がんばろうね!】【うん、頑張ろう!】が最後の会話だ。

 カメラを起動して、窓の外に向ける。

 カメラのモードを変えても、赤と黒のコントラストがなかなか理想的に映らない。

「駄目かぁ」

 連絡しなくていいんじゃないか、と言われているようで、スマホを鞄にしまった。


 結局、今日も何も変わらず日が沈む。

 あと少しだけ。あと少しだけ、時間をくれれば、私のしたいことも見つかるんじゃないかな。

 なんて。

 それができていれば、私は今頃ここにいない。



 静かな教室。

 日直も先生も、私以外誰もいない。

 多分学校の中にも、私以外いないんだろう。

 もう一度、窓の外に目を向ける。

 夕焼けみたいに真っ赤な空。

 それを覆う、巨大な隕石。

 まるで終末のような景色だ。

 もうあと1日もしないうちに地球にぶつかる。

 信じられないけど、本当のことらしい。

 眼下には友人との最後のサッカーを楽しむ人。

 誰かに会うためにどこかへ走っている人。

 世界最後の日に、やりたいことをしている人。足元に異様に長くて黒い影を伸ばしている。

(羨ましいな)

 私はというと、世界最後の日にやりたいことが分からなくて、昨日の繰り返しをしただけ。

 世界最後の日に、やることも無く、学校に来るなんて、そんな奴他にいるだろうか。

 自分のことながら、惨めで笑えてくる。


 日が沈めば、また日が昇って、同じ毎日を繰り返される。

 それでもいつか好きなことも見つかる。

 そのために、未来のために勉強する。

 そう思っていたのに、自分の好きなこともやりたいことも、見つけられないまま、私は死ぬ。


 鞄の中で、スマホの通知音がした。

 見てみると、さっきまで見ていたLINEの画面に、新しいメッセージが来ていた。

【今どこ?】

 親友からの突然のLINEに驚いて反応に遅れる。

 急いで返信する。

【自分の教室だよ】

【〇〇高校】

【何組?】

 私がクラスを教えるより早く、親友が続けた。

【会いたい】

【1組】

「えっ」

 目を疑った。

 今頃何してるんだろう。とは思ったけど、まさか会いに来てくれるなんて。

【すぐ行く】

【待ってて】



 隕石が地球に近づくほど、景色の赤みが増して、黒い影は見たことないほど引きのばされる。

 信じられないほど空が赤い。

 さっきまでの喧騒はどこへやら、人の声はしなくなった。

 代わりにゴゴゴゴゴゴゴという低い音と、地響き。

なんとなく気温が高くなってきている気がする。



ああ、待って。

あと少し。あと少しだけ。

やっと私の好きなものが、やりたいことが見つかるから。

日が沈む前に。

あと少しだけ、もう少しだけ。

私は必死で願った。


いくらそう願ったとしても、今日も変わらず日は沈む。
















教室の扉が開く音がした。

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今日も変わらず日は沈む。 ニョロニョロニョロ太 @nyorohossy

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