3.水晶寮へようこそ-2

「え、うわぁ…!?」

エントランスに入ると、そこに置かれていたのは大樹だった。

正確には大樹と言うほどの大きさではないのかもしれないが、部屋の中に窮屈そうに収まるそれのアンバランスさと、視界に飛び込むその注目度の高さでそう呼びたくなる。

「植え替えたのは20年くらい前だったはずだから…元の大きさがそこそこあったとしてもまだまだ小さい方だね。」

「え、わざわざ植えたんですか!?」

「あーまあ、そこら辺も含めて説明しようか。」

二階へと行く階段の隙間に器用に植わったそれを見つつ、私たちは再びエントランスを見やる。玄関を抜けたエントランスホールには大樹の他に広々とした木製のローテーブル、洋風の猫足ソファーが何脚か並んでいる。

「とりあえず、一旦座って。」

それぞれが固まって座った故か、非常に空間を持て余しているように感じている。以前はもっと多くの人を収容するためにあったのだろうか。

「改めて言うと、君たち『特別推薦入学枠』の合格者は基本的にここ、水晶寮での生活が認められる。今日から卒業まで3年間、ある程度自由に使ってもらっても構わない。」

実際にこの木もとある卒業生たちが植えたものだしね、と付け加える。自由度のレベルが従来の寮の比じゃないのだが。

「と、言っても今年度は15年ぶりの合格者でその数は君たち2人のみ。…多いんだか、少ないんだか。広々使える分、だいぶここ以外の空間については持て余すかもしれないね。」

さて、一旦ぐるっと見て周ろうか、と立ち上がった。私たちもそれに倣う。

「ここがいわゆる共有スペースになって、1階の奥と2階には各々の部屋に使えるスペースが存在する。とりあえず2階の部屋の2つに、事前に君たちが持ち込んだ荷物があるから、後で各自荷解きをするように。」

で、と続ける。

「大樹の右手奥の部屋がキッチンになっているし、ちょっと遠いけど駅周辺なら買い物もできるし、なんならうちの卒業生が裏に畑にできるスペースを作ったから、元気があればそんなことをしてもいい。」

卒業生たちマジで何者なんだよ、と驚愕し、呆れる他ない。

「まああとはこの中にあるものは基本的に卒業生の厚意などで残ってるものだから、自由に使っても大丈夫。管理やメンテは自分たちで行うわけなんだけど。」

見れば周りには、エントランスだけでも壁面を改造して作られた何かの壁画、おそらく窓をぶち破って作られたと思しきステンドグラス、おそらく先ほどの木製ローテーブルも自作かもしれない。

ここ自体がもはや遺産や遺跡ともいえるような形が成されていて、途端に静謐の中にほのかな神秘性ともの悲しさを感じさせる。

「あの…少しいいですか?」

ふと振り返ると愛里寿が質問を投げかけた。

「特別推薦というのは…一体なんなんでしょうか?」

「えっと、それは…?」

やや私すらビクビクしつつも、その先の言葉を待った。

「その…こんな厳かな寮に対して…とても何か自由な気風や奇抜さを感じるのですが…以前の卒業生とは一体…?」

なんだそういうことか、と鹿賀さんが笑って彼女に言う。

「知りたい?」

彼女がこくりと頷いた。

「特別推薦入学、ひいては水晶寮の学生たちは…かつてのこの高校の雨とも嵐ともいえる存在だった。」


✳︎


かつてのこの寮はもっと大きな規模だった。わたしたちと同じ特別推薦入学生だけでなく、一般入学の希望者も入寮できたのだからだという。


しかし、やはりその中心だったのは特別推薦入学生だった。通称特推と呼ばれた彼らは学問とともにさまざまな分野の秀でた者が合格していたこともあり、その圧倒的な才能の発露と勢いの巻き起こす旋風は高校の中を飲み込んでいったのだ。この寮はそのかつての本拠地なのである。

しかし、その圧倒的な勢いと注目を快く思わない者もいた。特に学問エリートの内進生などとは折り合いが悪く、彼らとの対立は日に日に苛烈を極める中で、生徒会選挙による全面対立にまで発展。当時の外進生が内進生中心の生徒会との関係に溝があったこともあり、それを味方につけた水晶寮組が完全勝利し、生徒会の陣営を塗り替えたのだった。

しかし、そのメンバーの卒業以後は特推の合格者数は徐々に減少。近年はずっと該当者なしの年が続いたこともあり、水晶寮は風化して、忘れられていったのだ。


「……というのがことの顛末だよ。」

鹿賀さんはいつのまにか大樹の方を見ながら、酔いしれるかのようにそう言った。

「はぁ、なるほど。」

やや引いてます、というニュアンスで私は相槌を打つ。気づいているかはさておき。


✳︎


「で、向こうが浴場に洗面台…お手洗いはここ以外にも二階に何個か………っと、これくらいかな。」

「はい、何から何までありがとうございます。」

ペコリと頭を下げた。聞けば私たちが来るまでの間、定期的にここを手入れしていたのは鹿賀さんだったらしい。間取りを把握しているのは当然だろう。

「電気や水道は確かもう今日から使えるはずだから安心して。まあ、最悪そこの木の落ち葉で焚き火もできるからね。」

「え、嘘ですよね?」

「本当にできるけど…まあやらないほうがいいだろうね。あ、でも誰かが持ってきた発電機はあるから。」

「なんでもあるんですね、ここ。」

奥の物置だからと指差したその方向、木の根元には確かに過去に落葉したそれが積み重なっている。


「で、これがここの鍵…。それじゃ、なんかあったら言ってね。」

パタパタと鹿賀さんはそのまま外へと出ていってしまう。

だだっ広い寮の中に私たち2人が残された。


「さて、荷解きかなぁ…。」

これからやることを明確化するために呟くと、となりの愛里寿が少し戸惑うようにびくついた。

「………?」

「あの、私って荷物、見てもいいんでしょうか?」

自身の両手を所在なさげに擦り合わせつつ、そう言った。

「ああ…そういうこと。」

まさか線路内に落下した人間が突如、異世界の人格と入れ替わる、なんてこと想定なんてしてないだろう。

「今のあなたは織河愛里寿なんだし、いいんじゃない?」

「そ、そうですか………」

そう言いつつも何か歯に挟まっているのか、もどかしい言い淀みをする。

「………………物とかよくわからなかったら私に言って。手伝うし。」

「あ、ありがとうございます…。」

随分と彼女の話し方も現代日本に近づいてきたところで、私たち2人の共同生活の最初の一歩が始まったのだった。

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アリス・イン・スクールカースト〜亡国皇女の逆転生〜 齋藤深遥 @HART_N

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