2.水晶寮へようこそ-1

「で、その手帳。」

「これ…ですか?」

私は彼女の手にあるそれを指差しながら言う。

「うん、それが本物なら、あなたと私の目的はほぼ一緒ってことになる。」

「一緒?」

私も手帳を持っている、そしてそして彼女と私の持つやや荷物の入ったカバンがあるということは、大体察しはつくだろう。

「高校入学のための入寮。」

「入……寮…?」

彼女はキョトンとしている。それを見て、そうだそうだどう説明したものかと頭を掻いた。

「まあ、私についてくれば多分わかるよ。」

「そ、そうですか…。」

脳内のあれこれをとりあえず隅っこに押しやりながら、電車の扉の上、列車の行き先を記す電光掲示板を見ていた。目的の駅はもうすぐだった。

ほんの少し、脳内も自分の外も沈黙を保ったのちに駅に到着する。

「ほら、降りるよ。」

「あ、はい……。」

いそいそと2人とも鞄を持ち、ホームへと降りていく。近代的なデザインの駅構内を歩き、目的地の改札前を目指す。

「あのさ。」

「はい?」

言い忘れてたことがあったと思い、彼女を呼び止めた。

「マリン…堀内真鈴。私の名前言ってなかったと思って。」

「マリン……さん。」

「呼び捨てでいいよ。」

「は、はい…。」

そのまま彼女を追い越して駅構内を歩く。少し遅れて彼女もついてきていた。

「あ、こっちこっち。」

少し歩けば、何度かビデオ通話で連絡を取り合ったため、私の方は既に見知った顔になっている彼を改札機の向こうにとらえた。すかさずICカードをかざして改札を通り抜ける。どうなるかと思われたが、彼女も難なく通り抜けていた。

「よし、時間も問題なし。こうして会うのは初めましてだから、一応自己紹介するね、英知大附属高校教諭の鹿賀です。」

腕時計を見たのちに、眼鏡姿の優しげな男性がこちらに笑いかけた。

「どうも、堀内真鈴です。」

「アリス……えと、織河…愛里寿です。」

彼女は戸惑いながらも所作正しくお辞儀をする。

「うん、2人ともばっちり。それじゃあ行こうか。」

駅を出ると、駅周辺の商業施設立ち並ぶ広場に出る。建物の並びの密度にしては、人の往来が少ないように見受けられた。

「人が少ないかな、とは思うんだけど、ここに降りる人って大体がうちの学生か、他の学校の生徒ってこともあるから、入学式前の今だと自然とそうなっちゃうんだよね。」

「あ、そうなんですか。」

ペデストリアンデッキと真下のバスロータリーをくぐり抜け、そこからさらに私たちは歩く。

駅から徒歩数十分と言ったところか、緩やかな丘の勾配を登り、住宅やマンションすらまばらになる場所の中で、そのひときわ存在感を放つ建物が視界を覆った。

「な、何かのお城…!?」

既に駅前あたりから、叫び声とかを上げていないだけでずっと周りの景色に挙動不審だった愛里寿がついに驚嘆の声をあげる。

「ははっ、まあそう思うのも無理はないね、何せ附属中も合わせてこの規模だから。」

「あー、そうですね…。」

「改めて、ここが君たちの通う高校、英知大附属高校の校舎だ。」

事情を知るものとしてはなんとも言えない気持ちだが、目の前にはそうとも捉えたくはなるくらいの建築物が聳える。

普通のよく見る直方体の校舎が約三棟、それが各階で回廊のような渡り廊下でつながっていて、それすら圧巻なのに、一体何を間違えたのか本当に明治期の洋館のような意匠で、それでいて何かのミスで縦にも横にも奥行きにも拡大処理されたかに見える建物が一棟、直方体校舎群とは校庭を中心に囲うような形で挟み、左隣にどっしりと構えられている。

「詳しくはオリエンで説明されるだろうけど、右が教室とかが主にある学習棟で、左が講堂とか、学食とか体育館とか部室とかを兼ねてる総合棟。総合棟は別に文化財とかじゃなくて、建ったのは普通に30年前とかそこらだったはずだね。」

「なんか…すごい趣味してますね。」

「まあ、こういう風にしたモデルがあるんだけどね、ほらこっちだよ。」

校門を通り、校庭の左脇を歩く。ちらりと横を見れば、何かしらの部活が今日も元気に練習をしている。

「………!」

それらに驚くような顔をいちいちしている愛里寿の挙動はなんというか見飽きない。

(………本当に異世界の人なんだ。)

半信半疑の姿勢を崩していないものの、本当に誰かを騙そうとしているとは思えないし、景色に対しても彼女に気の緩みとか緊張感みたいなものが抜けていないのも、嘘をついていない根拠になりそうであった。


✳︎


「あの、それで…ほんとにこっちなんですか?」

今まであまり喋らなかった愛里寿がここで声をかけた。

校庭を抜け、学習棟と総合棟の間に位置している、なぜか噴水や青銅像や石のベンチの置かれたエントランススペースをそのまま横切る。本来の学生であればそうそうこっちのスペースに用はないであろう、鬱蒼とした森の前に私たちはいた。

「ああ…まあ、確かに初めてだとこうなるよね。こっちにゲートがあるんだ。」

そう言って鹿賀さんの指さすその先には、白い金属柵が立ち並ぶ中に一つの柵用ゲートがあったのだ。

「よし、鍵はっと…。あっ、いずれ君たちにもここの鍵渡すからね?」

「えっ?」

懐から取り出した鍵束のうち一つを差して回すと、それがカタンと響いてキィと開いた。

「普段は室外機の設置とか焼却炉とかゴミ捨て場のためだけなんだけど、えーっと、この物置ね…。」

ゴミ捨て場と思しき物置群のうち、最も右に位置するその物置の鍵を開けて、扉を開くと中は暗い室内に……なっていない。

むしろ、ご丁寧に右半分の金属板が元からなかったのかの如くぽっかりとなくなっていて、そしてその先は森へとつづいているが、長い一本道が確認できるほどに、それがしっかりと踏みしめられ、あたりの雑草を駆逐している。

「もう少しだよ。」

鹿賀さんの先導でその獣道と思われそうな線を辿る。時折上の木々にランタンと思しき照明設備がくくりつけられている。

(いや、これ正規ルートなの…?)

明らかにあの物置ルートから来ることを想定した設備ではないか。

アリスも不思議そうに辺りを見やるが、森であるおかげなのか、幾許か先ほどよりも足取りは軽く見えた。やはり少し私とは感性が違うようだ。

「ほら、着いたよ。」

「え、あっ…!?」

「おー…。」

そこにいたのはまたもや洋館ともいえる大きな洋風建築。小豆色の三角屋根に、白く映る漆喰の外壁。等間隔に置かれた細長いガラス窓。両脇の2本の柱で強調された荘厳な門構え。先ほどの総合棟と違うのは、所々のくすみ、錆びや汚れが放つ年季の違いを見せつけるようかのような装飾へと変貌している点だろう。


「改めて、」

鹿賀さんが向き直る。

「特別推薦入学おめでとう。ここが君たちの3年間を彩る、水晶寮だ。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る