1. 行く先は別世界
誰かに呼びかけられたような気がした。
「ねぇ、ねぇったら!?」
目に飛び込んでくる薄い光を感じながら、ゆっくりと閉じたはずの目を開いた。
「……?」
死後の世界は明るいものだった。大きな光に満ち、風の吹く様を感じていられる。そして存外、私というものが消えていないものだと考える。死後の精神など肉体の容器がなかったら霧散するものだと、そう聞いていたのだが………と目を開いて起き上がった。
ん、と想定以上に違和感なく身体が動くのを確認する。
あたりにあったのは硬い地の感触と、吹き抜けるやや冷たい風。そして隣に人がいた。
「あ〜、びっくりした。」
わたしと同じくらいの背丈、そして黒い髪を靡かせている少女は何か終わったようにそう息を吐く。
「あ、と、とりあえず動ける?ちょっと、この場所だとまずいから。」
「……?」
手を引かれて、私はそのまま大きな何かの下へと誘導される。
一旦そこに留まったのち、何者かが様子を伺うようにこちらに来て、そのまま、隣の彼女が何かを応対して私たちはその大きな何かの上に登った。
「び、びっくりした……。まさか線路に飛び降りるなんて……怪我とかない?」
「け、が……?」
初めて聞くような言葉だが、それがなぜか少しずつ理解でき、わたしは自分を見回して、体をよく観察した。
驚きしかなかった。
あれだけあった傷も土汚れもなくなっているのもそうだが、肌の色が少し違うような気がする。自分の体が自分ではないような見た目だった。
「大丈夫かな…?」
驚くあまりに何も言葉が出ない。口が上がり下がりするのみだった。
「よし、腫れもなさそう。………えっと、何かあった?」
彼女がゆっくりと私の顔の方を見た。
「何か…?」
ゆっくりとどう形容すればいいのか、わかってくる。知らない言葉がするりと私の口から溢れた。
「私…死んだんですか?」
*
「いや…ちょっと待ってね?」
頭がクラクラする。無論乗り込んだ電車の揺れに酔いを覚えたわけではない。
眼前の少女、アリスと名乗った彼女の言ってることに私は頭を抱えていた。
結論から言うと、「もし彼女の言っていることが正しいんだとすれば、異世界から来たことになる。」ということだ。
「まず…色々教えてくれてありがとう。その上で整理するんだけど…」
何から話せばいいのかと、処理落ちしそうな頭を巡らせ、問題をソートする。
「なんていうかな…とりあえず、まずあなたが生きているか生きてないかということについては、生きていると…言うべきかな。」
「えっと、一応私は革命によって命を落とした後のはずで………えーっと、断頭台で首をこう………」
聞くだけでもウエッとなりそうな生々しさを封じ込めようと制止し、私は続ける。
「大丈夫、とにかくね…ここはジャスパニア帝国…?ではないし…」
「ええ、革命が起こりましたから。」
「ああ…えっと、そもそもこの世界の有史に、ジャスパニア帝国なんてものは…存在しない。」
「えっ…」
絶句する彼女の表情に同情を覚えつつも、私は少しずつ語り始める。
「私もこの世界に生まれて15年だから…この世界のことについてはわかんないことが多いけど、多分…ここはあなたがいた世界なんかじゃない。貴方の語ったことが起きたことなんて聞いたこともないし…貴方の国のことは何もわからない。だから、あり得ないかもしれないけど、貴方が死んだのは本当のことで、でもそれがなぜか記憶を引き継いでこっちの世界に来てしまった…。」
「……そうなんですか。」
ややまだ理解が追いつかないのだろう。少し彼女の整理がつくの待っていた。
私だって最初からこんな突飛なことを鵜呑みにしようと思っていたわけじゃない。でも、あんまりにも彼女が真面目に語るもんだから、ありえないことをそんな可能性として、口に出してしまったのだ。
既に電車の動きは平常時の最高到達点へと達し、軽快に線路上を行く。少しずつ、人里よりも自然の多さが目につき始める。
「…こうしてみるとなんとなくわかってきます。」
眼前の彼女の呟きに私は向き直った。
「まるで違う景色なんです…瞼の裏に焼き付くあの国の姿とは。違う世界に来てしまったみたい…いえ、本当にそうなんでしょうね。」
窓辺に映る景色を見ながらそうつぶやく彼女の少し悲しげな表情が窓ガラス越しに少しだけ目に映った…とそこでふと思いつく。
「……あ。」
私はそのまま、カバンに目を移すと、中身を少し漁り、とあるものを取り出す。
「はい。」
「ん…?」
「ろくに自分の顔も見れていないんじゃない?」
手に取った折り畳み式のコンパクト、つまり手鏡を開けて彼女の顔を見えるようにかざした。
「…!?」
驚きながら、彼女はぺたぺたとほおを触った。
「私ですか、これ?」
「そういう反応をするってことは、肉体の中に別の人の精神だけ入ってしまったみたいに聞こえちゃうわね。」
「だって私…!」
そう続けて彼女はかつての自分の容姿を口にした。金色の髪に白めの肌、この世界における翡翠とも形容できる目の色。
しかしそれはあまりにも今の姿とはかけ離れている。彼女の容姿は金髪までとはいかないやや黄色がかった明るめの茶色の髪に、普通の日本人の黄色の肌、瞳も普通に黒に近い色となっていて、いかにも普通の日本人って感じである。
「……あと、あなたのバッグ。」
「え…?」
「持ち物でも見れば、何かヒントでもあるんじゃない?」
「えっと……これですよね?」
彼女が前に抱えているそれには結構見るからにたくさんの物が入っている感じがしているから、何かしら見つかるのは当然だろう。
「すみません、じゃあ…。」
おずおずとジッパーをこじ開け、彼女は中身を漁った。身の回りのもの、貴重品などを含めて入っているようで、だからこそ、それも容易に見つかった。
「これ……?」
彼女の手元にあったそれは学生用の手帳だった。その表のカバーと表紙に挟まるような形で、彼女の学生証が見つかった。私が持っているものと同タイプだった。
「
本人と思しき顔写真もあることから、間違いはないんだろう。
「だからたぶん…あなたはその人なんだよ、織河愛里寿って名前の。」
その日だけでは私は信じきれなかったけど、ここから全ての運命が変わっていったんだと思い返している。
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