アリス・イン・スクールカースト〜亡国皇女の逆転生〜

齋藤深遥

終幕 15歳だった私

「上がれ。」

そこら中から火種の燻るような音がしている。美しい王都の風景は変わり果て、暗くも美しかった夜空には煙が昇っていた。ただ私は足音を聞いている。自分の人生最後に聞く鮮明な音がこんなものなのは正直想像もしなかったというのが本音だったが、もはやこうなってしまっては受け入れるほかなかった。下を見れば錆びた金属製の台の表面と薄汚れた自分の足、少しだけ荒れた金色の髪が少しだけ見えた。

「諸君、我々はなんのためにここまでしてきたのか、古い体制を打破し、新しい世界を作る。そのために現皇帝家の打倒を掲げてきた。」

粛々と夜の街に誰かの声が響く。

「そして、ここで我々の悲願は達成される!ついに最後の王族、アリス皇女を捕縛した!」

にわかに歓声が巻き起こる。ここにいる人間全てが、この広場にいる誰もが「私の死」を渇望していた。

いつからだったのか、誰からだったのかということがわからないしても、私を含む一族への、つまりそれは今のジャスパニア帝国への反感、あるいは殺意のようなものがじわりと毒の沼のように私たちの周りを蝕んでいた。正確にはは蝕んだというよりは歪んだものを正した認識でしかない。

「まだ齢15であることを鑑み、確かに彼女を手にかけることを躊躇う者もいるだろう。しかし、新たな世界を作り、正しき政府を維持するためには、いつ皇帝家の血筋である彼女を持ち上げて再び旧体制の復活を望む輩を撲滅せねばならないと。だからこそ我々はこうして彼女を処断する。もう二度と帝政には戻らないという決意を示すためにだ!!」

正しきことがなんであるか、私にはまだ理解はできない。今かつての帝国民達が私を大声で罵ることを私は必ずしも悪だと断定し、敵意を剥き出しにすることはどうしてもできない。

「皇帝に死を!皇帝家一族に滅亡を!」

「これ以上我々を搾取するな!」

「今こそ政治を我々に!」

父は間違っていたのだろうか。本当に彼らを苦しめ、その体にムチを打ち、彼らの引きずる馬車の、その上に君臨していたと見えていたのだろうか。

そんなことはなかったはずだろう。いかに皇帝といえど、人の信託、さらに神々の信用を得てジャスパニアは帝政を執り行っていた。その元に成り立たねばこの国はなくなる…いや、信託がなかったからこうなったのか。身に覚えがない、私はどれだけ国民を想って政治をしていたかと父が言おうともその思いは無意味とも取れてしまう。

それは私にとっても同じだった。今私は民にとって害をなすものでしかなく、この処刑台にいる以上、命にいくらの値打ちもなかった。

「何か言い残すことは?」

多少の慈悲はあるようで、そんなことを言われた。私はこれが最後なのだと否が応でも悟り、そのまま口を開く。

「皆さんのことを恨むつもりはございません。」

音が凪ぐ。パチパチと火の散る音が響く。

「それがこの世界にとって、正常であるならば。私はいくらでもこの世界のために体も捧げましょう。それでこの国が、ジャスパニアが少しでも多くの民に光射す国になるならば、この命が短く終わることも惜しくはありません。」

今更私が泣くとでも思っていたのだろう。惨めに何かを乞うと思っていたのだろうか、処刑人の怪訝そうな顔が見えた。

「この火種から始まる大きな力がやがて、多くの土地を照らす大いなる火となることを願っています。」

手を組んで、指を絡めて、最後に私は天高く祈った。

「皆様と、この世界に少しでも多くの光が在らんことを。」

誰もが見ていたことを気にせず、私はそれだけを信じた。いつか私の犠牲はこの世界を変えてくれる。きっと誰もが幸せになれるのだ。

私はただ、それだけを信じた。

涙の橋に線のような流星を見た。いや幻視した。きっと多分、応えてはくれないのだろう。

「もうこれで良いでしょう。私の首を落として。」

「あ、あ…あ、ああ!」

あっけに取られたのか、少し動揺の残る彼らに従い、私は処刑台へと進んだ。

拘束され、首を固められる。

多くの民衆が複雑な面持ちでそれを見つめる中で、彼女は死の淵でなお、希望を持ち、夢を見ていた。上から落ちる刃など気にも留めず、ただ目を閉じた。



そして、アリス・リオルーカ・ゲセルク第二皇女は15の齢にしてその生涯を終えたという。


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