第3話

「はあ……イサベレ、荷物をまとめてちょうだいな」


「はい、お嬢様。かしこまりました」


お父様に半ば引きずられるようにして、ビルギッタがいなくなったあと。

私は、離れにさっさと向かうべく、準備をイサベレに頼む。


準備といっても、私の部屋にあるものは、半分以上が不要なものなのよね……なぜなら、ビルギッタがくすねていっても困らないように、ね。

大切なものは、前もって離れに移すか、お父様のクローゼットに入れさせてもらっているのだ。


「早めに行ってしまいたいわね。離れなら、ビルギッタも来ないでしょう……」


そうして、私は本を、イサベレは服と宝飾品を、それぞれ仕分け始めた。


――――――


ほどなく荷造りが終わり、私はお父様の元へ向かう。


「失礼します、お父様。イェシカでございます」


扉を叩き、声をかけた。


「……わかった。少し待て」



聞こえたお父様の声に従って待っていると、


「ふんふんふーん……って、わっ!」


スキップして角から出てきたビルギッタが、私の姿を認めて急停止した。

鼻歌をやめ、取ってつけたような拙い礼をして、そろそろ通り過ぎていった。振り向くと、次の角を曲がる頃には、もうスキップをしているではないか。


……変な子ね。


口の中でつぶやくと、タイミングよく扉が開いた。


「待たせたな」


「いいえ、とんでもございません」


厳しい顔をしたまま、お父様が部屋に招き入れてくれる。


――――――


「座りなさい」


入った部屋の次室に通された私は、ふわふわのソファに腰を下ろした。

こちらの部屋の方が防音を徹底しているらしく、機密もあって小さい頃はなかなか入れてもらえなかった部屋だった。


「それで、何の用かな?イェシカ」


向かいに座ったお父様は、私のことをじっと見つめた。


「準備が整いましたので、離れに移ろうかと思います」


「わかった。何人かそちらにやるから、移動も彼らの手を借りるといい。離れはだいぶ過ごしやすくしておいたから、安心しなさい」


「はい、ありがとうございます、お父様」


安心しなさい、と言いつつもどこか心配そうな顔になってしまったお父様に、私は慌てて声をかける。


「わたくしは大丈夫ですわ。イサベレもついてきてくれますし、何より、お父様がわたくしのために手をかけてくださったのでしょう? 問題はちっともありませんわ」


「……そうか、よかった」


「お父様も、あまり無理をしすぎないでくださいね」


「そうするよ。……あの2人のおかげで、心労でハゲそうだから」


ジョークなのか本気なのか、真剣な顔で言い出したお父様に、私はくすりと笑った。


「それは、よくありませんわ。せっかく素敵な金髪ですのに」


「ありがとう、イェシカ。気をつけるよ」


微笑んだお父様が立ち上がり、前室の扉まで歩いていく。

それに私もついていき、廊下に続く扉の前で2人で並んだ。


「……では、お父様」


礼をとって退出しようとすると、


「苦労をかけてすまないね」


琥珀色の瞳を細めて、お父様が私の頭を軽く撫でた。

私はびっくりして固まってしまう。もう……お父様ったら!

何か返さなきゃ、と思って首をかしげると、


「……ふんふふーん……」


あまり聞いたことのないような旋律の鼻歌と、スキップ特有の足音が聞こえてきた。


「お父様!いらっしゃいますか?綺麗な花があったので摘んできたんです!入ってもいいですかー?」


まもなく足音がすぐ近くで止まり、一枚扉を隔てたところから、甘ったるい声が聞こえる。


「……ビルギッタ。少し待ってくれるかい?」


肩をすくめたお父様は、ビルギッタに声をかけた。

ごめんよ、と私に囁いて、お父様が一歩下がった。

外では、ビルギッタの催促の声が響いている。……いつまで経っても、マナーが身につかないのね。まあ、そう仕向けているのはお父様だけど。


私は頷いて、息を短く吸った。


「わたくしは、お母様に、日の当たる場所で生きていただきたかったのですわ。それが叶わない今、わたくしは、お母様を不名誉な立場に陥れた人を許しませんのよ」


一気にまくし立てて、ぽかんとしているお父様に笑いかけた。


――――――


部屋から出てきた私を見たビルギッタは、お父様に『イェシカ姉様と喧嘩ですか……?私のせいなんでしょうか……』などと話しかけていたけれど、やっぱりお馬鹿さんね。

さすがにちょっと腹が立つわ。


「お嬢様」


今は、部屋に戻り、イサベレに淹れてもらった紅茶で小休止していた。

私の好みを熟知したイサベレの紅茶は、いつも私を楽しませてくれている。今回はすっきりとした甘さで、腹立ちを溶かしてくれそうだ。


「どうしたの、イサベレ?」


「さきほど、離れを見て参りましたが、向こうはいつでも大丈夫とのことです」


「あら、では、飲み終わったら行きましょう。もうすぐよ」


「かしこまりました」


一礼して、イサベレは微笑を浮かべた。侍女らしく、と気をつけて表情をあまり出さない彼女にしては珍しい。


「……美味しかったわ。ありがとう、イサベレ」


「恐縮でございます」


イサベレはもう微笑をしまって、いつもの侍女の顔になる。


「何人か控えさせておりますので、お部屋に入らせてもよろしいですか?」


「ええ、構わないわ」


私がそう言うやいなや、彼女はキビキビと動いて使用人たちに指示を出していく。荷物がどんどん減っていき、気づけば部屋には私とイサベレだけになっていた。


「さて、お嬢様、参りましょう」


「そうね」


もう笑ってくれないのかしら、と思ったけれど、彼女はいつもの涼しげな表情を見せたままだった。残念ね。

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義妹を王妃にする計画ですか?むしろわたくしたちの計画通りです! 水無瀬葵 @black-silver3210

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