大好きなあの子からもらった地球儀
長月瓦礫
大好きなあの子から貰った地球儀
「私、もうここには来れないかもしれないんだ」
それは、あまりにも突然すぎる一言だった。
町から少し外れにある森の中で、私はキスカと遊んでいた。
わたあめみたいな金色の髪の毛をいつもリボンで結んでいて、目は青い海のように輝いていた。絵に描いたような可愛い女の子で、誰よりもおしゃべり好きだった。
一度話し始めたらなかなか止まらないから、周りの子から少しだけ嫌われていた。
『黙っていれば、人形のように可愛いのに』と、誰もが話していたものだ。
本人は「だって人形じゃないもーん」と言い返していた。
強気で言い返す姿は確かに、人形のそれには見えない。
「ごめんね……私にもよく分からないんだ。
なんかオトナたちばっかで話しててさー。もうワケ分かんない」
彼女は頬を膨らませる。
最近家族の間で、どうにも嫌な空気を流れているらしい。
私たちはまだ幼かったから、それをうまく言葉にすることはできなかった。
ただ、彼女なりに最悪の状況は考えていたのかもしれない。
だから、もう二度と会えないかもしれないと言っていたんだと思う。
「それでね、これ持ってきちゃった」
キスカが背中から取り出したのは小さな地球儀だった。
青い海と緑の大地で地球が描かれていて、縦と横に線が走っている。
確か、机の上に飾っていたんじゃなかったっけ。
それを回しながら、彼女はおじいちゃんから聞いた話をしてくれた。
熱砂舞う黄色い砂漠に鏡のように反射する湖、氷に覆われた大地に建つお城とか、いろんなことを知っていた。
気が遠くなるような長い旅の中、今のおばあちゃんを見つけたらしい。
「持ってきてよかったの?」
「いいんだよ、別に気にしなくて。
それでね、これにティアラをつけると、ほら!」
私の不安をよそに、地球儀のてっぺんに王冠をのせた。
地球儀の上に白い点がひとつ、自分の住む国の上に現れた。
「どう、スゴくない?
どれだけ離れていても、私がどこにいるか分かるんだよ!」
彼女は自慢げに腰に手を当てる。
白い点に私の目は釘付けになっていた。
いつのまにそんな機能がついたのだろうか。
そんな話は聞いたこともなかったから、私はただただ驚くばかりだった。
「だからね、これあげる! 私の一番の友達だから!」
「本当にいいの? 大切なんじゃないの?」
「大切だからあげるの!」
彼女が言うには、私が「一番の友達」で、「何でも話せる」相手だそうだ。
誰彼構わずにいろんなことを話していたようなイメージを持っていたから、少しだけ意外だったし、何よりも嬉しかった。
「ありがとう! 絶対大事にするね!」
そう言うと、キスカはようやく笑顔を見せてくれた。
次の日から会えなくなったわけじゃなかったけど、サヨナラは本当にすぐに訪れた。
お互いに枯れるまで涙を流して、またねを何度も言った。
キスカの言っていることは本当だった。
地球儀の白い点は移動を続け、彼女の転居先に落ち着いた。
ずっと動かない時もあれば、激しく各地を飛び回ることもあった。
年月がどれだけ経っても、季節を何度めぐっても、地球が何回回っても、キスカがすぐそこにいるような気がした。
その点を見続けてもう十数年が経つ。地球儀は未だに動いている。
白い点は昨日から東京周辺をうろついている。
ひとり暮らしを始めた私のことを探し回っているのかな。
うふふと笑みがこぼれた途端、インターホンが鳴った。
まさか、本当に来たの?
少しだけドキドキしながら、扉を開けた。
「ひさしぶり! 元気にしてた? 私のこと覚えてる?」
成長した彼女の姿がそこにあった。
大好きなあの子からもらった地球儀 長月瓦礫 @debrisbottle00
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