天才と信じる兄の話

もやしの人

兄だけの秘密の話

俺は所謂〝天才〟なのだと両親は言った。

幼かった俺はその時は〝親が喜んでくれる〟という至って普通の感情で、魔法も他の勉強も習い事もそつなくこなした。

両親がただ自慢のために俺にそういう事をさせていたのは、その時気付くことはできなかった。


そんな日々を過ごしているなか、弟ができた。生まれたての弟のリュカは小さくて弱々しくて〝守ってやらないと〟と両親が言ったわけでもなく俺自身がそう思った。


リュカが生まれてから数年が経ち、いつもの様にリュカと遊んでやろうと思い、リュカを探すとリュカがクレヨンを持って何かを紙に描いていた。

もしかしたら俺の知らぬ間にもう文字が書けるようになっているのでは、と文字を書いたお手本を見せるとふにゃふにゃと曲がった線を書いた。なんと読むのか分からないくらいの文字と思われるもの。

既に両親が教えているものだろうと思っていたために、何故書けないのだろうかと思った。

俺は「上手く書けたな。でもこうするともっと上手く書ける。」と教えてやった。他にも簡単な、親から教わった魔法等を教えたりしてリュカと遊んでやっていた。

遊んでやれるのは1日のうちの短い時間。他の時間は親に言われ、勉強、習い事に費やした。リュカ以外の誰かと遊ぶということもなかった。

それに不満があったわけでもなく、それが当たり前なのだと納得していた。両親がいて、弟がいるだけで満足だった。3人が喜んでくれているならそれで良かった。


リュカに文字の書き方を教えて数日後のことだ。勉強をする為に部屋に行こうとした時、リュカが俺を呼び止めた。

紙とクレヨンを手に持ったリュカは、俺に教わった文字を書いてみせた。

〝たった1文字に数日もかかった〟

そう言われればそうかもしれない。だが、見せられた紙には俺が教えてはいない他の文字も並んでいて、文になっていた。だから何日もかかったのだ。

満面の笑みでその文の書いた紙を俺に渡してきた。

〝お兄ちゃん大好き〟

まだ子供らしい、ふにゃふにゃとした字であったが確かにそう書かれていた。

俺がリュカと同じくらいの頃にはもっと難しい文を書けるようになっていた。書けて当たり前だったから。


リュカの場合理解するのに時間はかかる。けれど理解しようとする。理解できないから努力するのだろうと考えた。

「上手くなったな。他の文字も書いて。自分で調べて何度も練習したのか。」と声をかけようとした。

その前に両親がやってきてリュカの書いた文を見た。きっと褒めてやるのだろうと思っていたが、リュカにかけられた言葉は違った。

「お、文字が書けたのか。きっとシドが教えてくれたんだろう。シドの教え方が上手かったんだろうな。」

「お兄ちゃんは今のリュカと同じ頃はもっと上手に、難しい文を書いていたのよ。お兄ちゃんはすごいわね。」

そう言ったのだ。それを聞いたリュカは一瞬、笑顔が引きつったように見えた。一瞬のことで、俺は気の所為だと思った。

「うん。おれのお兄ちゃんはすごいんだ!おれが分かるように教えてくれたんだ。おれとちがってお兄ちゃんは、すごいんだ。」

俺のことを自慢するように言った。何時ものように。だから俺は何も気にはしなかった。


数日後に俺は魔法学校へ入学し、全寮制の為に家には長期の休みがないと帰れなかった。

家族と離れている間も何事もそつなくこなして〝自慢の兄〟として振舞った。噂でも俺の事がきっと3人の耳に入るだろうからと。


魔法学校に入学して数年。夏季休暇で家に帰っていた。その日、両親の友人が遊びに来た。両親は俺とリュカをその友人に紹介した。

両親の友人は俺の事はよく知っているようだった。

だが、リュカの話を全くしなかった。

得意なことはあるのか等聞いていた。俺もそれは知らないな。何が得意なのだろかと考えていた。


視線を両親の友人からリュカの方にやると、リュカは今までに見たことのない目で俺を見ていた。表情は変わらないのにその目は〝自慢の兄〟を見る目ではなく、怨みを持った目だった。

何故そんな目を、と疑問が浮かんだが直ぐに解決した。両親の友人の言葉を思い出した。同時に今までのことを思い出した。


リュカは両親に褒められたことがあったのか。

それが最初に出てきた。俺は少しの間しかリュカと居なかった。だから両親とリュカがどんな会話をするのかすら知らない。俺がいる時は俺の話ばかりだったから。


何故リュカは褒められることがなかったのか。その答えも直ぐに分かった。

俺がいたからだ。思い返せばリュカの書いた文字を見た時に両親はリュカでなく、俺を褒めていた。

その齢で文字が書けるのは当たり前だ、とそう感じていたから。それは俺がその齢でもっと文字が書けたから。

それだけではなく他のことでも、俺が出来たことをリュカがしても両親は、周りの人間は褒めることはなかった。

俺がリュカの生まれる前に普通で当たり前のようにしてしまっていたから。両親もそれが普通で当たり前だと思ってしまっていたから。周りの人間は〝リュカが俺の弟だから当たり前〟なのだと思っていたのだろう。

だがそれらはリュカにとって普通で当たり前の事ではなかった。

だから褒められ(認められ)たかった。そのことに気付いたのはその時だった。遅かった。過ぎ去った過去になってしまった。

全て普通を壊してしまった俺のせいだった。


その時から俺はリュカにとって〝自慢の兄〟ではなく〝邪魔な存在〟になってしまった。

もしかしたら文字を見せた時、両親より俺に褒めてもらいたかったのかもしれない。認められたかったのかもしれない。リュカの中で兄を〝自慢の兄〟としてこれからも思える、最後の希望だったのかもしれない。


〝コンプレックス〟

おそらくずっと前から、自分すら気付かないずっと前から俺にコンプレックスを抱いていたのだろう。

それならばリュカにとってそんな存在の俺に出来ることはあるのか。もう勉強をしなくなれば、習い事をしなくなればそれからリュカを解放されるのか。否、解放されない。俺が居なくなろうが俺という存在が付き纏う。兄弟なのだから。

過去は取り戻せない。ならせめてリュカが成長する為の起爆剤になろうと。リュカが認められる(褒められる)ようになるまで俺の出来ることをしようと。


劣等感を抱きながらも努力する弟の為に、俺のできる事、それは最低で〝天才〟な兄をお前の為に一生をかけて演じ続ける事。それが俺のできる唯一の事だと、俺への罰だと勝手に決めて。


リュカに対する誰も知らない勝手な俺の償い。

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