第11話 大団円かしら?

 「これで安心して君に無体を働けるね」

 

 すっかり身支度を整えて、カールは光が満ちるような顔でおかしなことを言う。

 それから、少し思案顔をして、芝居がかった口調で話し出す。


「ねぇ、テレジア、そろそろ八月だし、そろそろいい返事が欲しいんだ」

 やはり、そうきたか。

 良い感じに纏まりそうだったのに、また蒸し返すのね。

「そうそう、あのね、僕、国家転覆を企む悪の親玉を見つけたんだけど……今なら初期の初期だからどうにか無血で話をつけるように努力してみるけど、どうかな?」

 さっきは自分の一存ではどうなるか分からないと言っていたのに、だいぶ努力基準を上げたようだ。


 しかし、私の役は悪役令嬢なのだから、ここは最後で演じきらなくては。

「誠意が見られませんわね。私に捧げるものがもっとあるはずでは?」

 腕を組んで睨め付ける。

「ブルネットの孫で母上をメロメロにして、教育事業を唆し、新設する学校への援助を絞り取るというのは?」

 何が不穏な事が聞こえた気がするけど。

 ソフィア王妃を主体とした教育事業は以前から話が持ち上がっていたものの、芸術分野への興味のみが突出している王妃にとって、いまいち全体的に教育事業に本腰を入れるまでには至っていない。

 カールが唆すといえば、唆すのだろう。


「まだそんなこと覚えていたのね。でも、せっかくだから学校への援助枠は確保いたしましょう。それだけ?」

 これだけ面前で恥ずかしい思いをさせられたのだ。

 私はまだ引かない。

「国境の件で隣国との繋がりが出来たので、ハネムーンでお連れいたしましょう。物流を開く用意があれば、兄上に外交の席を設けると伝達済みなので、その頃には拠点とする別荘が建てられるはずです」


 これらはほぼ公約に聞こえるだろう。

 ここに集まる生徒達は、この国の未来だ。

 国家転覆の旗頭になり得るほどの力を持ったカール王子が、国の脅威とはならない事を暗に表明するには最適の場だ。


「そう。別に貴方と行きたいからではないけれど、国境の辺りは風景が美しいと聞くわね」

 あと、何を吹っかけてやろうかしら、などと意地の悪い事を考えていると、カールは私よりも意地悪い笑みを深めて手を差し出す。

「それと、改めて、昼食をご一緒したいのですが。僭越ながら揚げ芋を贈呈致します」


 あ、いきなり空腹だった事を思い出した。

 なんだかとても長い時間こうしていたような気持ちだ。

 色々どうでも良くなってきて、私もカールに向かって手を差し伸べる。

「カール……私を貴方の妻にして欲しいの。別にカールに言わされたからではなくてね……」

 とても最後までは言えそうにない。

「喜んで」

 跪いて私の手の甲に口付けする姿はそれはもう、絵画のようだ。


 カフェテリアは湧いた。

 何だかんだで私は演者として駆り出され、ハッピーエンドの大団円で舞台を降りた。


 あら?

 悪役令嬢ってこれでよかったかしら?



 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎




 色々後処理はあるのだろうが、少しは命を狙われた身として、馬車でタウンハウスまで送ってもらう事になった。

 さっきのさっきで、二人きりでというのは気恥ずかしいのだが、カールに連れられて馬車に乗り込む。

 

 カールと婚約してから、ボロを出さないように、日常的にもよそ行きの言葉で話すようにしていたのだが、今日は色々疲れてしまって、幼なじみの口調に戻ってしまう。


「ねえ、カール? その……わたし、ずっとわからないのだけど」

 夏なのに、ぴったりとくっついて暑苦しい。

「なに?」

「カールは……その、わたしのどこら辺が好きなの?」

「全部だけど? 今更、何言ってるの?」

 真顔だ。

「そういうんじゃなくて! だって、こんなに執着される理由が思い至らなくって」

 カールは私の髪を撫でつけながら、モソモソとした口調で話し始める。

「君は覚えていないかもしれないけれど、僕はあの時途方に暮れていたんだ。目の前で失われていく物がはっきりと分かるのに、それを止めるなんてこと考えつかなかったから」


 心細そうな口調は出会った頃のよう。

「あの時って、いつ?」

「君と森まで行って遊んでいた時、流されていく仔猫を助けたことがあったよね」

 いつもは城の庭でしか遊ばない私達は、ある時、王子達の叔父にあたる公爵の騎士に連れられて、森に散策に行った事がある。

 確か私が五つにもならない頃だったような。

 前日に雨が降っていたので、川へは近づくなときつく言われていたのに、カールは濁った川の前で立ち尽くしていた。


「流される仔猫を見ていて、僕の行き着く先が見えたんだ。僕は色々と先の事が見えすぎて、次から次へと沢山の人が死に、病んだり飢えたりするのがわかっていて。力のない僕はそれを見つめ続けなければならない事に絶望していた。仔猫が流れて来ても、王子である僕が危険を犯して川に飛び込む事は、多方向に迷惑をかける――うまく行っても行かなくてもね。叔父上には悪いけど、僕も一緒に濁流に流されてしまった方が今後、辛い物を見なくてすむなって結論にたどりついて、途方に暮れてた」

「だいぶ病んでたのね。今とは大違い」


 とはいえ、齢五歳の王子が厭世自殺する寸前だったと知ったら、城中大騒ぎになっていただろう。

「実際、君が僕に声をかけなければ、僕はあの時川に身を投げていた」

 冗談ではないのだろう。

 色々危なかった。

「仔猫、助けようって言ったから?」

「そう。君が仔猫を助けようって言ったから、僕にも生き残る選択肢ができた。君が僕の選択に介入してくれたから、僕は生きていられる」

 口の端を上げて、好物を目の前にしているような笑みをむけてくるが、なんだか納得が行かないような……。


「それが好きな理由ってなんか嫌かも。私じゃ無くたって、猫が溺れていたら、普通に助けようって言うんじゃない?」

「そうかもしれないけど、あの時、あのタイミングだったから僕は今生きてここにいるんだよ」

「執着の起源を聞きたいわけじゃないのに」

「僕が僕になった記念すべき瞬間なのに?」


 モンスターに生まれ変わった瞬間の話だったらしい。


「それって結局、私の何がよかったの?」

 クスクス笑いながら首筋に唇を寄せてくる。

「つまり、テレジアの全てが好きってこと」

 汗ばみそうなので、そこで喋られるのは感心しない。

「納得いかないなぁ」

 距離を取ろうと押し返してるのに、拘束がきつくなる。

「理屈じゃないんだよ」

「理屈にこだわるカールがそんなこと言うのね」

「じゃぁ、テレジアは僕のどこが好き?」


 期待するような顔も神々しい。

「……顔かな?」

「かお!?顔だけなの?」

 心外だと片眉を上げるのだが、満更でもなさそうだ。

「あと……匂いも好き」

 押し返すのも疲れたので力を抜き、見た目より分厚い胸板にもたれる。

「それは、結構クる告白だね」

 寄り掛かった胸から心臓がドクリと一つ脈打つのが聞こえた。

「そ、そういうんじゃないの!」


 変なこと言ってしまったわ。


「僕もテレジアの香り、大好物だよ」

 カールは首筋に当たっている鼻を更におしつけて深呼吸をはじめる。

 犬のように嗅がないで欲しい。

「言い方が気持ち悪い!」

 カールはちょっと叩いたくらいではびくともしない。


「カールに会った時、あんまり綺麗すぎて、天使って本当に居たんだと思った」

 儚すぎて消えてしまうと思った。

「何をしてもつまらなさそうで、何かを言いたそうにしては口を噤んで、全てを諦めてるみたいだった」

 おぼろげだった記憶が像を結ぶ。

「あの日、一緒に猫を助けて、助けたのは猫なのに、カールの方が安心した顔をしていて、私にくっ付いて離れなかったから、なんか可愛いし、懐かれて得意な気持ちになって」

 小さなカールに今みたいにくっ付かれていて……。

「あの時確か、もしかして、私がカールの飼い主になってもいいのかしら? って嬉しくなってしまったのよね」

 ぎゅっと抱き寄せる力が増して、内臓が出そう。


「テレジア、僕は君がいないと壊れてしまうんだ。君に助けられたあの時から分かっていたんだ。だから馬鹿みたいに君を望んだ。君に愛されないかもしれないし、君の幸せを奪ってしまうかも知れないのに、それでも君といる未来を選びたかったんだ。君が僕の原動力なんだよ」


 カールは人を救う口実を欲していた。

 私に褒美をもらうためなんて道化を演じながら、ずっと見える限りの不幸を止めようと奔走して来たのだ。

 隠れて鍛錬したり、よく分からない力を手に入れたのも、見ているだけの立場をやめたからなのだろう。

 少し捻くれたやり方だと思うが、私のカールはこういう面倒な男なのだ。

「カール、あなたは物事に介入する理由が欲しかったのね」

「テレジアはいつもそれをしていい口実をくれるから。キスもくれるしね」


 婚約者だし、キスくらいするわ。

 頼まれもしないのにキスをしてやると、十倍くらいになって返ってきた。


「私はね、婚約の話で呼ばれたあの日、大人達にアロイス王子と婚約させられて、すごく不安だった」

 割り切ってはいたけど、ずっとカールの顔がチラついていた。

「アロイス王子はもちろん嫌いじゃないけど、こうやって心音を分け合える気がしなくて、誰か助けてって思ってた」

 自分がその時何を思ったか思い出して、急に赤面してしまう。


「ううん、誰かじゃなくて……カールが助けに来てくれたらいいのにって思ってた。まぁ、あんなやり方じゃない方が良かったけど」

 あんな思いをするのは、たくさんだ。

「怖かったけど、カールが来てくれて、カールを選べて、すごくほっとした」


 今もそう。


「私、カールが好きよ。だから、誰にも譲る気はないわ」


 アメリアさんの命は助かるだろう。

 私だって頑張ったのだから、丸く収まって欲しい。


「でも、悪役令嬢役なんて、二度と御免だわ」




 ✳︎end✳︎



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悪役令嬢ってこれでよかったかしら? 砂山一座 @sunayamaichiza

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