夜のブランコ
凪
夜のブランコ
――そっか。もう、この公園で待ち合わせすることもないんだ。
ブランコの鎖を握るあなたの手を、私はぼんやりと見つめている。
ゴツゴツした大きな手。手をつないで歩いた夜道、どれだけ幸せだったか。
「ごめん、ホント、ごめん」
あなたは私の眼を見ないまま、何度も謝る。
「ううん、私も、困らせちゃって……」
「いや、オレが悪いんだ。ずっと曖昧な態度をとってて。もっと早くにハッキリさせればよかった」
あなたは苦しそうに、絞り出すように声を出す。
そんな声、何度も聞いた。
「今、駅まで来てるんだ」
電話でそう言った時、あなたはしばらく無言になって、荒い息遣いだけが受話器越しに聞こえてきた。
「……うーん、じゃあ、うちに、来るか?」
うめくような声。そんな声を出させたのは、私なんだ。
優しいあなたは、絶対私に「こんなことをされたら困る」とは言わなかったね。
戸惑いながらも私を受け入れてくれた。
ねえ、私、ここで泣けばいい?
それとも、「私は平気だから」って強がりを言えばいい?
どうすれば、私のほうを振り向いてくれる?
どうすれば、私を愛しいって思ってくれるの?
私は無言で足元を見た。頭の中はぐちゃぐちゃだ。
分かってる。分かってるんだ。最初から、あなたは彼女を選んだんだって。
あなたの部屋に行ったとき、本棚の隅にタバコとライターが置いてあった。
あなたはタバコを吸わない。
それは彼女のものだって、私、最初から気づいてた。彼女とヨリを戻したんだって。
それなのに、何も知らないフリをして、何も気づかないフリをして、あなたの部屋に何度も行ったんだ。
あなたのベッド。彼女もそこで眠ってたのに。私もあなたに抱かれた。それを選んだのは、私だ。
ずるい自分、卑怯な自分。嫌な自分を止められなくて。
職場であなたと彼女が楽しそうに笑っている姿を見ながら、彼女の不幸を願ったりして。そんな自分が、もっと嫌になった。
「あ」
突然、あなたは立ち上がった。
見ると、彼女がこちらに向かって来ていた。
「話、終わった?」
彼女は明るく言う。
「ああ、うん……」
あなたは、最後にようやく私の顔を見た。
「ホントにごめん。ごめんな」
つらそうにゆがんだ顔。分かってる。私のこと、本気で好きだったこともあるでしょ? それだけで、充分だよ。
「もう大丈夫?」
「ああ」
彼女は笑顔であなたの顔を覗き込む。
彼女もすべてを知ったうえで、あなたと一緒になることを選んだんだ。
彼女のお腹には、あなたの子がいる。
二人が並んで去っていく後姿を、私はいつまでも見つめていた。
空になったブランコは、キイ、キイとかすかに揺れる。
涙が堰を切ったように零れ落ちた。
ああ、ようやく泣ける。
私、頑張ったでしょ?
最後まであなたを困らせないように、頑張ったでしょ?
夜空を見上げる。今日は三日月だ。よかった、満月じゃなくて。明るすぎる夜だったら、思いっきり泣けないから。
夜のブランコ 凪 @nagi77
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