#9 トンカツ茶漬けに始まる休日

 休日。

 起きる時間を気にしなくていいのは実に嬉しい。2度寝3度寝して夢の世界に浸っていたら昼近くになっていた。

 家の中はひっそりしている。そういや嫁は友達と映画を見に行くとか言ってたっけ。


 起き出してすぐというのは食欲が湧いてこないもので、俺はコーヒーを淹れてリビングで飲んだ。

 テレビ前のテーブルには、嫁が出しっぱなしにしたDVDのケースが散らかっていた。『ゾンビ特急地獄行』とか『若妻・恐怖の体験学習』とか……こんなセンスの嫁と映画見に行く友達ちゃん大丈夫かよ。


 積んどくになっている文庫本を読んでいるうちに、腹の虫が唸り出した。

 朝メシ兼昼メシはどうするか──考えるまでもない。残り物を片付けねば。

 昨夜スーパーで買ったトンカツが3分の1ほど残っている。夜遅くにトンカツもないものだが、ズシンと重い肉気が欲しいくらい疲れていたのだ。

 限りなく玉子丼に近いトンカツ些少のカツ丼にでもするかな、と思ったが、いや待てよと路線変更。

 こってり甘辛よりもあっさりアレンジでいこう。揚げ物であっさりって矛盾してるけど。


 おもむろにダシを取り始める俺。昆布や鰹節から丁寧にではなく、顆粒かりゅうタイプの簡易版。

 湯を湧かしている間にトンカツを温め、長ネギを刻む。米は冷蔵庫の冷やメシをレンチン。

 ダシが出来ればもう完成みたいなもんである。

 白米の上にトンカツを乗せ、刻みネギを散らす。丼の縁にちょびっとチューブわさびを絞り出し、全体に軽く醤油を垂らす。

 これに熱々のダシを注いで──。

 トンカツ茶漬けの出来上がり。

 茶じゃなくダシをかけても「茶漬け」──鰻なんかもそうだけど──って呼ぶよな。なんでだろう。


 ──ふう、ふう、ずるずる。

 揚げたてのサクサクしたトンカツでやったら贅沢極まりないのだろうが、これは俺なりに残り物トンカツを最大限の味わい方へと昇華させたものだ。

 ダシの旨味とぴったりマッチする醤油、そしてアクセントのわさび、海苔の香り。

 いやはや美味である。

 トンカツがもっと欲しくなる本末転倒の余韻を引きずりつつ完食。

 これ、嫁にも食わせてやりたいな、あいつ絶対おいひいおいひい連呼して貪り食うだろうな、などという考えが頭をよぎる。

 いやいや俺なに嫁依存症みたいなことになってんの。

 せっかくの休みに1人きりなんだから、羽根を伸ばしてまったりしようじゃないか。


 食器を洗っていると、コンロの鍋、中途半端な余り方をしたダシが気にかかった。

 汁物にするには少ない。おひたしかダシ巻き卵にするか──いや、なにか他に余り物があれば、ついでに片付けるか。

 冷蔵庫をガサゴソ。

 しまった。こんにゃくの期限が少し過ぎてるのを発見。すぐ腐るものでもない。よし、こいつを消費しちまおう。

 野菜ボックスから大根、ニンジンの切れっ端をピックアップ。

 冷凍室、ジップ袋に小分けしてある肉類の日付をチェック。

 というわけで、ダシを酒とみりんと醤油でかさ増しして、煮込みを作ることにした。

 20センチの小ぶりな鍋で作れる程度のちょっとしたおかず。


 コトコトと煮立て、いい頃合いで火を止め、洗濯や清掃。

 味は冷めるとき染みていく。煮込み料理は弱火で延々温め続けるより、温めと冷ましを交互に繰り返すほうがいいのだ。

 火を使う間は、キッチンに立ちっぱなしだ。シンクやコンロ周りの細かい汚れが気になり、これまたお掃除。

 そうしているうちに洗濯物も乾いてくるので、せっせと取り込んで畳んで。


 あっという間に夕方。晩メシ用の米を炊かねば。

 不意にスマホが鳴る。誰かと思ったらガキの頃から腐れ縁の友達からメッセージ。

『今日飲みに行こう!』

 だと。

 無理。

 だって家でメシ食うつもりで準備してるし。

 まだ独身で身軽な奴は、突発的に集まって飲んだり出来るだろうけど俺は無理だ。

 断りの返事を入れると、既読スルーされた。

「家族持ちは融通効かなくてつまんねー」とか陰で言ってるかもしれないが、堪忍してくれ。


 ところで、嫁が帰ってくる前提で支度してたけど、あいつ晩メシどうするつもりなんだ。

 まさかランチして映画からの流れで夜も友達と飲みに行ったりするんじゃないだろうな。

 未読放置されるパターンかなと内心で覚悟しながらメッセージ入れたら、

『もうすぐおうち着くよん』

 即レスきた。ああよかった。



「ただいまダーリン! これおみやげっ!」

 ご機嫌な嫁が手渡してくれるビールの空き缶……これ新手の嫌がらせか?

「間違えた! こっちだった!」

 俺の頬が引きつる前に自分で訂正してくれて助かった。

 嫁のみやげは、映画パンフレット──。

「お、おう……サンキュ」

 本編見てもいない映画のパンフ貰っても全然嬉しくないんだけど!?

 しかしタイトルはメジャーなアメコミヒーローものだったので、ちょっぴり安心。ディープな謎映画に友達を引きずり込んだりはしていないらしい。

「ダーリン、休日ゆっくり出来た?」

「ああ……まあ」


 結局メシ作ってばかりだが、俺にはこれ以上なく充実した休日だった。

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魔王は夜中にメシを食う 一一一一一 @pinzoro11111

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