#8 ある夜の俺は安楽椅子探偵
定時に帰り、洗濯をしたり掃除機をかけたりしてから、メシの用意に取りかかる。
帰りにスーパーで新鮮なゴボウが買えたので、粗めのささがきにして豚肉と炒め合わせる。ゴボウは皮を剥かず、泥汚れの染み付いたところだけ包丁の背でこそげ、アク抜きもしないのが俺流だ。
ゴボウ3本、それに豚肉も多めだったので、随分な量が出来てしまった。
ほうれん草の海苔和え、それにアサリの味噌汁が今日の晩メシだ。
「メシだぞ」
寝室で漫画を読んでいる嫁に声をかける。
「こっちまですんごい良い匂いする〜。読んでる漫画のせいもあってお腹ぺこぺこだよぉ」
「グルメ漫画でも読んでんのか?」
「ううん、『フランケン・ふらん』」
「食欲そそる要素あるか!?」
嫁の嗜好、よく分かんね。
炊きたての白飯がぐんぐん進む豚ゴボウ炒め。ダシと醤油味のところへ、たっぷり七味をかけて食うのが
わさびを効かせた海苔和えもそうだが、酒の肴系統。しかし米のメシにも合う。
夢中でたいらげた俺と嫁。
食後に煎茶でひと息。職場の部下がくれた旅行土産というクッキーを開けて、茶菓子にする。
「ダーリン、あたし今日ね、恋のキューピッドみたいなことしちゃった」
手柄話を自慢したくて仕方ないという顔の嫁が喋りだした。
「あたしの友達で、事務のOLやってるコがいるの。そのコが既婚者の上司に恋しちゃっててね──」
「既婚者かよ!? 晴れやかに自慢する要素ねえだろ!」
「不倫は一種の純愛だと思うわ」
「お前またなんか変なラブロマンス映画とか見てたんじゃないだろうな?」
「一昨日から『エマニエル夫人』シリーズ一気見してるけど」
「ど直球きた!!」
「しるびあ・くりすてる綺麗よね〜。女のあたしが見てもエロい!」
嫁の映画感想はさて置き。
話はこうだ。
嫁の友人ちゃんは、日頃よく接する上司に惚れてしまい、事あるごとに話しかけたりプレゼントをしたりして気を引こうとしている。
だがその上司は友人ちゃんに対してなんの感情も持っていないようで、ただの部下としてしか見せてくれないという。
するとますます燃え上がってしまう女心。どうにかその上司のハートを射止めたい一心で、友人ちゃんは夜も寝付けないとか。
「……で、あたし電話で言ってやったの。鈍い男は遠回しなアプローチじゃダメだって。思い切って直接的な誘惑しちまえよって! 肉欲よ肉欲! 所詮はオスとメス、求めるものは肉体の快楽なんだから!!」
ハァハァと息荒く力説する嫁。
「なんか随分と経験豊富みたいな言い草だけど……お前にそんな肉欲遍歴があるとは思わなかったな」
「はうっ!?」
しらーっとした顔で言ってやると、嫁の顔が真っ赤になった。
「な、ないわよ……助言求められて、つい上から目線でアドバイスしてやりたくなって」
「だよな」
男性経験、俺オンリー。ツンとした顔立ちの割に内向的で家にこもりがちな、不倫とか出来そうにない嫁。
こいつがドヤ顔で友人ちゃんにアドバイスとかしてるの、見てみたかった。
「ちょっとぉ、笑わないでよね」
「すまん……でもな、それ、あんまり笑える話でもないぞ?」
「へ?」
きょとんとした嫁に、言ってやった。
「俺、そのコの名前当ててやろっか?」
「ちょ、え!? どうして分かるの?」
フルネームでそいつの名をヒットさせた俺。嫁は手品でも見たかのような驚き顔だ。
だがおっそろしく単純な話でしかないのだ。
「……お前が受けた相談、多分その上司って俺だ」
「ひゅおぁっ!?」
どんな悲鳴だ。
「なによそれっ! それじゃ、あたしのダーリンってこと知らずに、あたしに相談してきてたわけ!?」
「いや、あいつ俺らの結婚式にも出席してただろ。お前の友人として」
「そうだっけ……?」
「俺がお前の亭主ってこと承知の上で寝取ろうとしてたんだろ。なおかつ、お前に相談してみせて、気付きもしない間抜けぶりを
「くっ……! そういえば、勤め先とか曖昧にはぐらかしてたの、今になって思うと変だった!」
嫁は険しい顔になり、テーブルをぶっ叩いた。湯呑みがひっくり返り、クッキーがちらばる。
「ちなみにこのクッキー、あいつがくれた土産な」
「ぬぉっは!?」
またも謎の奇声を発し、クッキーを叩き潰す嫁。
「殺す! マジあいつぶっ殺す!!」
「落ち着けって。俺があいつの誘惑に乗ると思うか?」
俺は嫁を抱き寄せた。
「友達の亭主にちょっかいかけて、なにも気付かないお前のこと笑うような性悪女に俺が惹かれるわけねえだろ?」
「ダーリン……」
俺の腕の中でうっとりと目を細める嫁だ。
「しかし、お前も相当な性悪女だよな。アドバイスの仕方ゲスすぎんだろ」
「うぅ……こんな女で、嫌いになった……?」
「ならない。俺、お前のそういうタチ悪いとこ含めて好き」
「ひへっ!? ちょ、そんなストレートに好きとか──んむぅっ!?」
奇声をあげながら照れる嫁が可愛くて、強引にキス。
アク抜きしない本来の味を楽しめるのが、一番ってもんだ。
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