嫌いと一緒に、魔剣と一緒に
「さて、と。とりあえず、改めて自己紹介からかな」
「私は、人の形をした魔剣。名前は教えられないけど、相手に警戒心を抱かせない特異性を持ってるの」
「……本当は、もっとゆっくり伝えるつもりだったんだけどね」
「アマリみたいに、山の中で拾われてね? それから師匠……先代の研ぎ師と一緒に暮らしてたの」
「楽しかったなぁ、前に来た不可視の魔剣ともその時にあって……っとと、話がズレちゃったね」
「それで、師匠と暮らして……師匠の持っていた魔剣に関する過去を聞いたりして」
「それが……大体、六十年くらい前だったからなぁ。今はもう居なくなっちゃって……何千年も生きれる私と違って、師匠は人間だったから」
「それで、別れる少し前に……師匠から受け継いたんだ、魔剣の研ぎ師っていう仕事を」
「……うん、大体そんな感じかな……まだ、話そうと思えば話せるけど――次は、アマリの話が聞きたいな」
◇
言えなかったはずの話は、思っていたよりスラスラと口を出た。
山の奥まで自分を殺しに来た父親の姿と、それを殺した師匠の姿を見て、半ばヤケになっていたのだと思う。
師匠は、僕の話を頷きながら静かに聞いてくれた。その手は血で汚れている、僕の嫌いな父親の血で。
「ねぇ、師匠」
なんで、僕の父親を殺したの?
と、思いのまま僕は師匠に投げかける。正直に言えば、怖かった。父親を殺した師匠のことも、それに対して、心が痛まない自分のことも。
「……国に突き出したりするだけじゃ、ダメだと思ったから。また襲ってくる可能性がある限り、アマリに刺さったものは消えないと思ったんだ」
「でも……師匠、師匠は言ってたよね、嫌いならそのままでいいって。なら、僕は傷ついたままでも――」
「違うよ、嫌いであるということと、心に刺さっているものがあるって言うのは、全然違うの」
僕の言葉を、師匠が優しげな声で遮った。
そして、ゆっくりと、染み込ませるように言葉を繋いでいく。
嫌いであるということ、何か心に傷を負ったこと。それを、無理に直す必要は無いのだと。もっといえば、直そうとするかどうかを自分で選べるのだと。
「でもね、過去の傷じゃない……まだ刺さったままの傷は、取り除かない限り絶対に塞がらない。そのままでも、歩くことはできるけど……それで進める道は、きっと少なくなってしまう」
アマリが、嫌いな魔剣のあるここから離れる選択肢を取れなかったように。
私の師匠が、壊れるギリギリでまだ無理をしてしまったように。
そんなことを、どこか遠くを眺めながら師匠は話す。
刺さっていたもの。父親の顔、振り上げられた魔剣、街が丸ごと乗っ取られたような光景。
恐怖が、ずっと刺さって傷になっていた。師匠が父親を捕まえて……それで、この恐怖は消えただろうか。
そんなこと悩んだ時に、何となくでわかっていたはずだ。
「その刺さった物を取り除くことで、今までみたいに進めなくなるかも知れない、立ち止まってしまうかも知れない。それでも、私は取り除いた方が良いと思った」
勝手な話だと、心のどこかでそう思う。
「……師匠は、それで僕が何も出来なくなったら、どうするつもりだったの?」
言うつもりのなかった言葉が口からこぼれた。聞いて何になるのだろうか、自分でも言った理由がわからない問いかけ。それに対して、師匠は、
「君が立ち止まったら、また進めるように私が支えるよ。だって、アマリは私の大事な弟子なんだから」
悩んだ様子もなく、そう返してきた。
言葉が止まった。何かを言おうとして、抑えてたはずの感情が一緒に溢れ出そうになる。
「でも、僕は……師匠の弟子のようなことは、何も……」
自分の声に違和感があった。頬に、濡れた感触があった。
何も出来てないのだから、そんなふうに構ってもらえる価値なんて自分にはないはずなんだ。父親が人を操る魔剣を手に入れて、僕が僕であることに意味を感じなくなったように。
「……ううん、確かに剣に関することは出来なかったけど……でも、何か自分に出来ることがないか探していたし、剣を持つ人自体とは関わりを持とうとした。それで、私にとっては充分」
帰ってきた言葉は、優しい肯定だった。自分の欠点を受け入れてくれる、そんな肯定。
怖かったのは、魔剣だけだっただろうか。怖かったのは、剣を受けてきた父親だけだっただろうか。違う、違う。一番怖かったのは、突然必要とされなくなったことだ。僕が、僕として父親に必要とされなくなったこと。
気づいてしまった。心はゆっくりと戻ってくる、父親は僕に助けを求めることすらしなかった、化け物だとそう言った。
溢れてくる涙を自覚する、身体の震えに気づく。声を上げそうになって、師匠が静かに抱きしめてくれた。
「今のアマリは選べるよ、ここにいても良いし、どこか遠くへ旅をしても良い。傷のせいじゃなく、自分の意志で選んで進めるはず」
私は、君の答えを尊重するね。
師匠が優しくそう告げる、今すぐ全ての答えを出す必要は無いんだろう。もう少し師匠と一緒に居て、その後選んだ方がきっと正しい判断ができる。
ああ、でも。
頭の中によぎったものがある、正しいか正しくないかは分からないけど、僕がそうしたいと思うものがある。
「師匠」
だから、それを言うべきだ。
「僕は、魔剣が嫌いだから……だから、この魔剣を僕が貰ってもいいですか?」
「そうしたいと思った理由、聞いてもいいかな?」
突拍子のない提案を、師匠は否定する訳ではなくたた理由を聞いてきた。
「……誰かを傷つける剣が嫌いで、魔剣を持った人が誰かを傷つけるなら……僕がこれを持って、誰も傷つけないようにすればいいんじゃないかって」
「うん」
「僕は、魔剣が効かないし……それに、師匠が、剣を嫌いなままでいいと言ってくれたから……きっと、この思考のまま……嫌いを抱えたまま、魔剣と付き合っていけるんじゃないかって、そう思ったんだ」
だから、どうかな師匠。
思いを告げる、たどたどしくて、つまりながらの言葉で。
静かに聞き終えた師匠は、笑顔を浮かべて僕の方を見る。そして一言、
「ヨイカガシの糸の魔剣」
「……え?」
「その魔剣の名前、嫌いでも、一緒に居るつもりなら覚えておいて。なにかあったら、いつでも私を頼ること。私は、魔剣の研ぎ師だから」
師匠の返事は、それで終わりだった。
それだけで、認められたのだとわかった。自分の道を自分で決めることを任されたのだと。
だから、僕も笑顔でそれに答えるのだった。
「はい、師匠!」
◇
あの日のことは、今でも容易に思い出せる。
僕にとっての殆どは、師匠にとっての数ある出会いと別れの中の一つなんだと思う。多くの魔剣の、出会いと別れ。
でも、それならそれでいい。
僕のことが、僕の持つ魔剣の事が。師匠の小さな魔剣譚の一つになったなら――、
きっと、それは素敵な事だから。
魔剣研ぎ師と呪いの少年 響華 @kyoka_norun
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