第38話 旅立ち、もう一度
「……お、おい、ラピス……?」
もしや、何か気に障ることでも言ってしまったのだろうか? なんて声を掛けようとしたその時、ラピスは顔を伏せたまま問うた。
「……た、旅に出たら……肉汁あふれる極上ステーキがあるですよね……?」
「え? ああ、まあ、どこかの酒場には……」
「……脂ののったぷりぷりのお刺身も待ってるですよね……?」
「まあ、そうだな、どっかの港町とかなら……」
「……それから、生クリームと砂糖をたっぷり使った、甘―いケーキも……」
「ら、ラピス……?」
どこかで聞いた言葉を滔々と並べるラピス。その意味を図りかねているうちに、ラピスはバッと顔を上げた。
「な、なら――ラピスも一緒に行くです!!」
「ええっ?! いや、それは嬉しいけど……ほ、本当に良いのか?」
俺は思わず聞き返す。先のアゼリアとの戦いで、旅先での安全など保障できないのはわかっているはず。飯に釣られた、なんて理由で外に出て後悔はしないだろうか?
けれど、ラピスの決意は変わらなかった。
「べ、別に、あなたのためじゃないです! ただ、お、おいしいものが食べたいだけです! 嫌になったらすぐ帰るですからねっ!」
ラピスはぷいっとそっぽを向く。だが確かに、その横顔には決意が秘められていた。
……ああ、そうか。こいつはこいつで、一歩踏み出そうとしているんだ。
だったら、答えは一つしかない。
「……わかった。これからよろしくな、ラピス!!」
「は、はいっ!」
「ほっほっほ、新しい仲間が増えて嬉しいぞ。今度はわしらの城にも招待せねばのぅ」
「大丈夫、こいつがおかしなことをしないかは私が見張っておこう!」
「らぴす! よろしくっ!」
口々に祝福され、えへへ、とはにかむラピス。だが、それから大事なことを思い出したのか、不安げな顔になった。
「あ、あの、アンヌさん……行ってもいいです……?」
と、ラピスはアンヌに伺いを立てる。ずっと匿ってもらっていた恩義を彼女なりに感じているのだろう。
そんなラピスに向かって、アンヌは満面の笑みで答えた。
「子供の旅立ちを喜ばない親がどこにいるっていうの? いきなさい、ラピスちゃん。それがあなたの道よ!」
喜んでラピスの背を押すアンヌは、しかし、最後に一つ付け加えた。
「ただし、行くからには絶対、幸せを掴むこと! 道具としての幸せも、女としての幸せもね!」
「へ……な、な、な、なに言ってるですか?!」
顔を真っ赤にしてあたふたするラピスと、にまにま笑っているアンヌ。なんだか大勢の前でお見合いを進める面倒な親戚のおばさん(男だが)みたいになっている。
「だって、ラピスちゃん。アタシたち魔装って損な存在だと思わない? 最初から誰かに使われるために生まれてきて、自分が主役にはなれなくて、そのくせ望んでもない力のせいで厄介事が次々やってくる。いっそ本当にただのモノになれたら楽なのに、傷つく心だけは持っているなんて。こんなの不公平よね? 神様の嫌がらせだとしか思えないじゃない!」
と、アンヌはおもむろに不満をぶちまけ始める。
「アタシね、そんな自分が嫌で嫌で……昔は結構やんちゃしたものよ~」
アンヌの言う『やんちゃ』がどの程度のものなのか……想像するだけで恐ろしい。
「だけどね、アタシは本当の持ち主と出会えてわかったの。魔族であり、剣である自分が――大切な誰かの力になれる魔装という存在が、どれだけ素敵かって。だから、あなたにもそうなって欲しいの。ううん、そうなるべきなのよ! ラピスちゃん、あなたはきっとこれから先、人の姿を持つ剣であることをたくさん喜ぶことになるわ。大切な人と並んで歩けること、一緒にごはんを食べられること、同じ景色を美しいと思えること、時には喧嘩できること。そして……その人が本当に困った時、助けられる力を持っていること。そのすべてをね」
ゆっくりと、言い聞かせるように、アンヌはラピスへと語り掛ける。ただ、ラピスは拗ねたように唇を尖らせた。
「む、難しくてよくわからないです……」
ラピスが素直に俯くと、アンヌはその頭を優しくなでた。
「ふふふ、今はそれでいいわ」
そうしてアンヌはこちらへ向き直る。
「リクちゃん、あとは頼んだわよ。王として、使い手として、ラピスちゃんのことをちゃんと守ってあげてね。……男同士の約束よ?」
あ、そこは男なんだ。などと突っ込みかけるけど、今の話を聞かされては適当な返事などできやしない。
「まあ、俺なんかに何ができるかわかんないですけど、でも……全力を尽くすことだけは約束します」
「はい、よろしい! きばりなさいよ~!!」
と、大きくうなずいたアンヌさんは、『闘魂注入!』とばかりに俺の背中を叩く。――バシン、ととんでもない音がして俺は危うく吹っ飛びかけた。
『庇護者の法衣』越しでこの威力とは、普通だったら背骨折れてるんじゃ……
さておき、これで出発の準備はすべて整ったわけだ。
「さあ、良い子たち。そろそろ行きなさい。……道はもう決まってるんでしょう?」
「ええ、まあ」
探し物はただ一つ、奪われたアムネスのペンダント。
その手掛かりを求めて、目指すはパンドラ大陸の玄関口・グラダス港だ。そしてそこから海を越えた先には、世界最大のローランド大陸が待っている。話によれば冒険者ギルドの本部があるとか。きっと否が応でもたくさんの冒険者や転移者と出会うことになるだろう。……もちろん、まだ見ぬ魔王たちとも。
これから先、一体何が起こるのか……きっと神様にだってわかりやしない。だがまあそれもいいだろう。人と魔族の中間を往く、どっちつかずの半端道。代理なりにゆっくりのんびり歩いてやろうじゃないか。
――すぐそばには、寄り添ってくれる奴らもいることだしな。
「それじゃ、お前ら、準備はいいか?」
俺は皆の方へと向き直る。
すると、その問いかけを待っていたかのように、全員揃って笑うのだった。
「ふん、当然だ!」
「ほっほっほ、あまり慌てるでないぞぃ?」
「まずは腹ごしらえですねっ!」
人間嫌いの毒舌メイドに、自称老婆な魔法幼女、それから食い意地ばかりの引きこもり魔剣……見れば見るほどおかしな奴ら。だけどなぜだろう、こいつらがいれば未知の新大陸も怖くはない。
そしてその先頭で、幼い王女様が元気に手を挙げた。
「しゅっぱーつ!!」
宿に響き渡る魔王の号令。
その明るい音色の中、俺たちは次なる一歩を踏み出すのだった。
(第1部・完)
魔王代理を押し付けられた俺は勇者だらけの異世界をアイテム頼りで成り上がる @dajinike
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