第37話 円環は何度でも

 かくして村に戻った俺たちは、何よりもまず手当てを受けた。


 俺の症状はというと、能力行使による極度の疲労、全身の打撲、それから右手の大やけどだ。熱傷についてはなかなかにひどいことになっていて、うっかり傷を見たラピスが卒倒しかけたが、処方された薬草をこっそり強化することでことなきを得た。……いやあ、副作用のない薬で本当に助かった。


 ちなみに、診てくれた医者兼治癒魔術師は「私、チート能力に目覚めちゃったかも……」と呟いていた。そりゃ薬草貼り付けて二時間後には回復の兆しが現れていたのだ、驚くのも無理はない。ちょっと申し訳ない気がしたけれど、俺は適当に話を合わせておいた。といってもまあゲームみたいに即全快とはいかず、疲労回復も兼ねて一週間の絶対安静は言いつけられちまったが。


 そうこうしている間に、セラたちが病床に駆けつけて来た。待ってろと言ったのに、やはり我慢できなかったらしい。案の定「無茶しすぎだ!」とセラから手ひどく叱られたが、体調が悪いフリをしたらそれ以上の追撃はなくなった。まあこれぐらいのズルはいいだろう。俺、魔王だしな。


 そうして始まった療養生活。リリアに本を読み聞かせてやったり、ミラ越しにポチたちと話したり(まあ何言ってるかは全然わからないんだが)、見舞いに来てくれたあの婆さんの飯に舌鼓をうったり等々、それほど暇することはなかった。


 そんなこんなであっという間に一週間後が過ぎ――



 ※※※



「――よし」


 宿屋の一室にて、俺は確かめるように右手を開閉する。やけどの跡は綺麗さっぱり消え、動かしにくさも感じない。無事完治したようだ。


 そんな俺の腰にがしっと抱き着きながら、リリアが心配そうに首を傾げる。


「りく、げんきなった?」

「ああ、ばっちりだよ、ほら!」


 証拠代わりに右手でほっぺをむにむにしてやると、リリアは嬉しそうにきゃっきゃと笑った。


「ふん、しぶとさだけは認めてやろう」

「ほっほっほ、治ったのであれば何よりじゃ」

「そ、その……よ、良かった、です……」

「ああ、ありがとうな」


 一部怪しい奴もいるが……ともかく三人とも祝福してくれた。快気祝いの言葉としちゃ十分だ。


「では……そろそろ行くかのぅ?」

「そうだな、出発するか」


 元をたどればここには休憩のために立ち寄っただけ。それが色々あって随分と長居してしまった。そろそろ本来の旅路へ戻るべきだろう。既に出立の準備もばっちりだ。……ただし、その前に寄らなければいけないところが。


「ラピス、カナワ火山までは俺たちが責任もって送るからな」

「あ、はい……」


 なんだかんだこの一週間ずっと傍にいてくれたラピス。まずは彼女を送り届けないと。もちろん、もっと前に「アンヌさんが心配するからもう帰って大丈夫だ」と伝えはしたのだが、山を登るのが面倒とかで結局ずっと看病してくれていたのだ。実際のところ、この村のうまい飯が気に入ったのだと俺は睨んでいるが……まあこれが厚生の第一歩になるならそれはそれでありだろう。


「さあ、お前らも準備いいな?」

「ういっ!」


 かくして出発の時は来た。まずはカナワ火山からだ。

 ……と、部屋の扉を開けようとしたその時、ちょうど向こうからノックの音が。と同時にドアが開け放たれ、現れたのは恐ろしくガタイの良い筋骨隆々の大男。精悍な顎髭をたくわえたダンディなおっさんだが、その上半身はなぜか服を着ていない。……いや、誰だお前?!


「あ、えっと、どちら様……?」


 突然の不審者登場に、俺は恐る恐る尋ねる。というかなんでこいつ半裸なんだ? こえーよ。

 すると、謎の大男はにんまり笑って答えた。


「――やだ、わからない? アタシよ、ア・タ・シ!」


 男の口から飛び出したのは、どこぞで聞き覚えのあるオネエ声。

 まさか、と思った次の瞬間、男の全身から光が溢れ……一秒後には単眼の巨人サイクロプス――マリアンヌがそこにいた。


「うっふっふ~、驚いた~? アタシのお忍びモードよっ!!」


 と、ドヤ顔をきめるマリアンヌ。原理的にはラピスの変形と同じなのだろう。ただ一つわからないのは、姿を自由に変えられるのならなぜわざわざ男に……? オネエになるなら最初から女に変身した方がいいような気もするが……何かしらポリシーでもあるのだろうか? まあ果てしなく脱線しそうなのでそこは触れないでおくことにする。


「驚いたかって聞かれれば、まあ、驚きましたけど……」

「ど、どうしてここにいるです……?」

「あらひどい! どうしてって……いつまでたっても戻って来ないからじゃな~い!」

「あー、すみません、ちょっと療養中で……」


 事情があったにせよ丸一週間放置したのは事実。俺は素直に頭を下げる。すると、アンヌはにんまり笑った。


「なーんちゃって、いいわいいわ、それぐらいわかってるから!」


 冗談がわかりづらいわ。


「でもね、心配だったから降りてきちゃったのは本当よ。……まあ、その様子を見るに杞憂だったみたいだけどね」

「ええ、まあ、おかげさまでもうすっかり治りました」


 証明するために二、三度その場で跳ねて見せると、アンヌは我が事のように嬉しそうに微笑む。この人、なんだかんだで今まで会った魔王の中で一番優しいのかも知れない。……見た目を除けばの話だが。


「それにしても……お手柄ね、リクちゃん! 村もアゼリアちゃんも、両方守れたみたいじゃない! あなたはやっぱりもってる子。アタシの目に狂いはなかったってことね!」


 と、アンヌは手放しで褒めてくれる。普通に褒めてもらった記憶が少ない今日この頃、素直に嬉しいは嬉しいのだが……


「いえ……完璧じゃなかったです。結局平原は焼け野原になっちゃったし……」


 俺とエミリアが《アムシャの燈》を使いまくったせいで、辺り一帯の平原はすっかり焦土と化してしまった。きっと地中の種や根もダメになっているだろう。緑豊かなこの大平原に消えることのない醜い傷を残してしまったのだ。最悪の結末を免れたとはいえ、最善とはとても言えない。


 だが、アンヌは俺の言葉を豪快に笑い飛ばした。


「あっははははは、なーに言ってるのよ! アゼリアちゃんが無事なら、こんなのすーぐ元通りになるわ!」

「え……?」

「山から山へ渡るため、虫は必ず平原を通る。虫がいれば鳥が集まって、鳥の糞に混じって草花の種が落ちる。その種は焼け跡の灰さえ糧にして、また緑の芽を出すの。そうしてうまいこと回っていくものよ。自然っていうのは、アタシたちが思ってるよりずっとタフなのよ」

「……確かに、そうかも知れませんね」


 大自然の強さってやつは、多分この俺が誰より身を以て知っているだろう。


「だから、あなたは十分よくやったわ。胸を張りなさい」

「ははは、ありがとうございます。……つってもまあ、ほとんどは俺の力じゃなくてラピスのお陰ですけどね」

「にゃっ?! べ、別に……それほどでも……」


 そう、実際ラピスが駆けつけてくれなきゃどうにもなっていなかった。村は丸ごと食われていただろうし、当然俺だって死んでいただろう。今回の功労者が誰かと聞かれたら、間違いなくこいつだ。だから――


「だから、こいつラピスのこと、よろしくお願いします。……って、まあ俺が言うセリフじゃないけどな」

「え、あの、その……」

「ほら、ラピス。わざわざアンヌさんが迎えに来てくれたんだ、もう行け。今日まで看病ありがとうな」

「あ、えと、はい……」

「もしまた近くまで来たら顔を出すからさ、その時は色々と旅の話を聞かせてやるよ。もちろん、お土産にうまいもの買って来るからな!」

「あ、ありがとうございます……じゃ、じゃなくって……!」

「ん? どうした、ラピス?」


 なにやら何事か言いたげにもじもじしているラピス。その横では、セラたちがひどく冷たい視線を向けて来る。


「まったく、貴様は……!」

「察しが悪いというか、鈍いというか……」

「ぼくねんじん?」

「うっ、リリアまで……」


 まずいぞ、なぜか俺が責められる流れに。……いや、言いたいことはわかってる。今こそ「一緒に来ないか?」と誘うチャンスだってことだろ? んなもん俺だって百も承知だよ。だけどな、こっちにだって事情があるんだ。


「いや、無理に連れ出すとか、そういうのはナシって決めたんだよ。こいつにはこいつのペースってもんがあるからな。……そうだろ、ラピス?」


 そりゃ本心で言えば、俺だって一緒に来てくれと言いたい。ラピスがいてくれたらこれほど心強いことはないし、やっぱり穴倉で引きこもっているより絶対に良いと思う。


 だけど俺は一度、無理に誘ってラピスを傷つけてしまった。本人の意思を尊重すると約束した以上、そこの筋は通さないと。アゼリア戦で助けてもらった恩を仇で返すような真似はできない。


 だが、なぜかラピスは答えないまま、じっと俯いていた。

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