過去の記憶

シュート

1章:リネイム

第1話:始まり

水が滴り落ちる音――

規則正しく単調な音が意識を混沌とさせようとしている。

その混沌に抵抗するように体を動かすと倒れるような音と同時に全身に痛みが走った。

どうやら何かから落ちたらしい。その痛みと同時に意識が覚醒へと導いていく。


薄々と目を開けると椅子と窓が見えた。自分がいる所は家の一室だろうという情報が頭の中に入ってくる。

ゆっくりと体を起こしてみると転倒した時の痛みで思わず顔をしかめた。

そしてどこから転落したのだろうと思いながら振り返ると白いシーツが掛けられているベットが視界に入る。

ここから落ちたのかという軽い感想を抱きながら再び辺りを見回す。


すると窓があることに気づき、思わず窓に近づいた。

窓には家が連なっていてひとつの城下町を形成している。外は雨が降っていて最初に聞こえていたのは雨だったのかと納得した。

それよりも外の世界に違和感を覚えると、今いる所に違和感が芽生えていく。


ここはどこだという疑問に対して必死に頭を回そうとするが、ぼんやりとしていて思考がまとまらない。

せめて自分の名前くらいは出るだろうと自分を説得しながら記憶を呼び起こしてみる。

しかし求めたい答えを見つけようとすると何かの障壁に阻まれてそれ以上のことを思い出すことはできなかった。

愕然がくぜんと怒りのような感情が沸き起こり、思考が更にまとまらなくなっていく。

名前はともかく他に思い出せそうなものを探そうとする。しかし記憶の手がかりすらも見つからず、ただ時間を浪費していくだけだった。


自分の名前が記憶から抹消されていることなどあるのだろうか。もしそうだとしたらまさに自分は死んだも同然じゃないかと思いながら部屋の周りを彷徨うろついていた。

ふと記憶喪失という4文字が頭の中に浮かぶ。

それならば色々と理由はつくが、釈然とはしない。 勿論そうなった経緯も知る由もない。

やり場のない感情が抑えきれず、畜生ちくしょうと心の中で悪態をつく。

こんな現実を受け入れられずに夢ではないかと自問自答しても体に残る痛みが非情な現実を告げていた。


せめて身なり位は確認しようと思いながら自分の腕などに視線を向けると黒に赤のバトルアーマーが視界に入る。

を振り向くと、全身を見れるほどの鏡があることに気づく。

鏡が映し出していたのは燃え盛る炎を連想するような癖が強くて赤い髪に吊り目で黒い瞳が印象に残る少年の姿だった。


これが自分の姿なのだろうか。

俺は自身の姿を食い入るように見ると、失われた記憶の端っこに手がかかるような感覚を覚える。

その感覚は俺の顔から来ているようだった。

改めて俺は自身の顔をよく見ると左頬に5センチ程の傷があることに気づく。

俺は恐る恐る左手を傷の方に手を伸ばした瞬間、うめくほどの酷い頭痛に見舞われると同時に、ある記憶が文字ではなくその時の状況がイメージで蘇ってくる。


このようなところとはかけ離れた王室のような部屋と目の前には俺の血で滴っている剣先が記憶から呼び起こされる。

そして問題の俺を傷つけた者はズボンまでしか見えなかった。

記憶の中の俺は傷つけた者の顔を見るように見上げるが……惜しくも思い出せるのはここまでだった。


俺はリラックスするために軽く深呼吸をしたが、まだ心臓は車のアイドリングのように鼓動し続けている。

俺の左頬を傷つけた者が誰なのか何故傷つけたのかという謎や、俺が何者なのかと根本的な原因が解決するどころか増えてしまった。

しかし少なくとも俺は一瞬でも昔の記憶を思い出したことに嬉しさのような感情を覚える。

これ以上先程思い出した記憶を掘り起こしたとしても更に自分について得られる情報はないだろう。


「ふぅ、あの人を見に行かなければ。」


聞き覚えのない声で俺は我に返る。

そしてドアが開くと金髪の男が部屋の中に入ってきた。


もしやこの男が俺を助けてくれたのかという気持ちと殺しにかかってくるのではないかという気持ちが交差しながら俺は男に対して身構えた。

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