第3話:異臭騒動の伝播

俺はアステルに手を引かれながらも城下町のような街並みを進んでいた。

これから迷いの森に向かうらしいが、その前に今いる場所に強烈な違和感を覚える。

記憶を失っていたとしても何かしらの違和感を感じるものだろうか。俺は感覚の1つ1つを研ぎ澄ませていくと、違和感は周囲に漂う匂いから来ていた。


おそらく今いるのはウェールという街で間違いなさそうだと俺の嗅覚が告げている。2人ともこの異臭に何も感じないだろうかと疑問に思っていた時、近くにいたソルが俺にぽつりと言った。


「お前顔真っ青だけど大丈夫か? 」


俺は大丈夫だと軽く頷くと俺は2人に足を引っ張ることをしたくないと思いながら何とか誤魔化そうと歩みを進めていた。

しかしそんな思いを踏みにじるかのように突然得体の知れないものが俺達に立ちはだかるように現れる。どこか溶けかかった人のような姿はグロデスクそのもので直接的な不快感を与えていた。


「な、なんだこの化け物は!ソルくん、リネイムくん!何か知っていないかな? 」


アステルは動揺しながら俺とソルに助けを求める。

ソルならまだしも記憶を失っている俺に聞くのはどうなのだろうか。そんなことを思っている間に化け物は俺に向かって飛びかかっている。

腐敗したような匂いを強く感じながら俺は咄嗟とっさにバックステップで距離をとっても化け物は執拗しつように俺との距離を詰めていく。


「キシャァァァァァァッ! 」


化け物はどこから発せられているのか分からないほどの奇声をあげると、仲間を呼び始めたのか口笛のような音が辺りに鳴り響いた。

現状についていけない自身の頭を叱咤しながら俺は化け物に対して警戒心を強めていく。

おそらく化け物は俺達に危害を加えようとしている。そうなればやることは2つしかない。

逃げるか、戦うかだ。


「アステル、そんなこと言ってる場合じゃないだろ!いくぞ! 」


ソルは慣れた手つきで鞘から剣を抜くと同時に炎が上がった。その剣を見つめる彼の赤い瞳が炎の光によって輝いてどこか神秘的に感じる。

しかしそれもつかの間でソルはその剣を化け物に向かって斬りかかった。


あまりにも残酷すぎる状況に俺は堪えると同時に生々しい音が響き渡る。

完全な切断とまで行かなかったのか化け物はおびただしい程の血液を辺りに撒き散らしていた。異臭を放った血液によって思わず俺はせそうになりながら辺りを見渡す。

口笛のような音によるものだろうか、化け物達が俺達の周囲にぞろぞろと押し寄せていた。


「キシャァァァァァァ! 」


化け物の一体が俺に対して飛びかかっている。

心ではもうダメだと思っていたその時、気がつけば俺は化け物の胸を左で殴り飛ばしていた。

何故このような行動を取ったのかさっぱりと理解できない。しかし火事場の馬鹿力によってこの状況を切り抜けたのだ。

こんな芸当は普通の人ならできるはずがない。改めて俺は何者だろうかという疑問が頭をよぎる。

だが今はそんなことを思っている場合ではないのだ。俺は化け物に対して蹴り倒した後に再び警戒心を強めているとソルの一言によって吹っ切れてしまう。


「リネイム、お前戦えるんだな。」


俺としてはバトルアーマーを着ていなくて戦えないというのはある意味問題だろうと思っているとふと形容しがたい思いが込み上げてくる。

しかしその気持ちが一体なんなのかなど今の俺には到底理解できないものだった。

そんなことを考えていると地面が目の前に迫ってきている。

俺は咄嗟とっさに左腕で顔を庇ったとほぼ同時に衝撃が左腕に伝わってくる。衝撃は大したものでもなく、俺は仰向けになると状況を確認していく。


「リネイム!これ以上は危険だ。お前は下がっとけ! 」


アステルが化け物に向かって槍を叩きつけるように攻撃すると化け物の体から緑色の液体が夥しく流れる。化け物の波は収まるどころか増えていき状況は悪化していく一方だ。

俺は化け物の1部に足を取られていないことを確認する。そして俺は手馴れたように跳ね起きると口を開いた。


「いや、俺は下がらねぇ。俺に降り掛かってくる粉くらい俺自身でどうにかする。」


こんなことを言ったのは別にソルやアステルに情をかけている訳では無い。もしかすると彼らが俺の記憶を取り戻すための道標になると感じたからだ。

別に危害を加えるような人でなければ誰でもよかったのだが、目が覚めて間もなく残酷な世界を伝えてくれたという点では彼らについて行ったのは正解かもしれない。

俺はアステルに近づくと飛び上がるとバランスを崩しながらもそばにいた化け物に蹴りを入れる。


「全く可愛げのないガキだ。好きにしろ! 」


アステルは俺の蹴りによって飛ばされていく化け物を見つめながら言い放つと化け物に槍を突き刺していた。正に狂気の沙汰だと思いながら俺は再び辺りを見回した。

どうやら化け物は撤退したのか夥しい程の血液と化け物の死体が辺りに散らばっている。

それを見ていると頭痛と共に謎の既視感が襲いかかってきた。

この血腥ちなまぐさい匂いと異様な状況はあの時の――


「危ないっ! 」


突然声が聞こえてハッとしたのも遅く横から誰かにぶつかってしりもちをついた。

一体誰なんだと起き上がると緑髪の女性が呆然としながら俺を見つめている。

俺は取り戻そうとした記憶を邪魔された不快感を抑えながらも立ち上がると女性に手を差し伸べた。


「誰? 」


女性は弱々しい声でぽつりと俺に訊ねる。紫水晶のように輝く彼女の瞳はどこか怯えていた。

確かに彼女にとって不信感しかないだろう。さらに場違いのようなバトルアーマーを着ている時点で不信程度で済んでいないかもしれないが。


「俺はリネイム。お前は? 」


彼女は僕の手を借りずに立ち上がると蚊の鳴くような声でぽつりと呟いた。


「ユーピタ、ユーピタ・クラブ。え……えっと、よ、ようこそウェールへ。」


彼女が言い終わるとほぼ同時に緑色のボレロと緑色のラインが入った白のワンピースが緑髪と共に風に揺れる。その姿は周りが血で染まり異様な景色を癒すオアシスのように見えた。

あまりにも優しい空気に俺は何もかも忘れて彼女を見つめているとそれを打ち壊すようにソルの声が聞こえる。


「おーい!ってユーピタ、何故ここにいるんだ? 」


俺はハッとするとソルの方を向く。彼の姿は化け物による血で汚れていても無邪気な笑顔は綺麗なままだった。

化け物とはいえ殺しているのにどうして彼は笑顔でいられるのだろうかと疑問を感じせざるを得なかったが、戦う者である以上そんなことを聞くのは野暮やぼだろう。

その横にはアステルが真顔のまま俺とユーピタを見つめている。


「あっ、アステル騎士長とソル副騎士長さん。実は迷いの森に異臭などは確認されなかったんです。だから戻ってきたらこんな状況になってたのか理解できなくて……。」


ソルにも俺と変わらないような声でぽつりぽつりと状況を話し出す。何となく2人の話を聞く限りこの街の長はユーピタだと言うことが理解出来た。

しかしこんな状況になったのは馬鹿馬鹿しいほど単純ながらも効果的なトリックに引っかかった結果だということが手を取るように分かる。犯人がどのような意図で街を襲ったのかはっきりとはわからないが。


「騒動を起こした犯人がユーピタにデマを流してその隙に街を襲おうとしたからだろ。」


俺はシニカルな笑みを浮かべながらユーピタに言い放った。

こんなことすらも分からないとは街の長としてどうなのだろうか。

まぁそんなことはどうでもいいと俺はため息をついた。


「全く面倒なことになったね。ところでユーピタちゃん、春のオーブは無事かな? 」


アステルの一言にユーピタが頷くと袋から何かを取り出した。卵程の大きさの宝石は太陽の日を浴びて緑色に輝いている。

これが春のオーブだろうかと俺はまじまじと見つめているとソルは快活に笑いながら俺の肩を叩く。


「無事なら良かった。あとは犯人を倒してリネイムが異変解決すれば万事オーケーだな! 」


俺は驚愕した。正直言うと先程まで俺が異臭異変の犯人だと思っていたからだ。もしかしたら俺が犯人だからこそアステルは俺を連れて行ったのかもしれない。しかし彼の表情を見る限りその可能性は薄いだろう。

とにかく俺が犯人である疑いがなくなって安堵していたが、それよりも俺がなぜ異変解決に必要なのか理解ができなかった。

俺は困惑しながらもその訳を訊ねようと口を開いた時、冷たく鋭い声が阻害してきた。


「おい、ソル、アステル、お前達は何をやっている。」


その声につれられて俺は後ろを振り向くと白銀の軍服を着た男が俺の前に立っていた。

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