第2話:30年前の大異変
「お、起きていたのかい? 」
金髪の男は俺が視界に入ると笑顔を浮かべる。その笑顔と相まって柔らかい口調が何をしてくるか分からない恐怖が伝わった。
しかしその感情はすぐに怒りへと変わっていく。
俺は微動だにせずに無言で男を睨んだ。
「大丈夫だよ、怖くないよ。」
男は子供をあやす様に優しい声で言うと両手を広げながら構えている俺に近づいてくる。
どうやら俺の睨みは効かなかったようだ。
扉に向かうにも男が立ち塞がっていて逃げようとしても何かしらの壁に突き当たる。
もうやるしかない。やらなければこの窮地を脱することは出来ない。
俺は構えた姿勢で男に体当たりした。
金髪の男の胸の感触が腕に伝わる。
俺は相手を押し倒すようにしながら扉の方へ一直線へと駆け出した。
無我夢中になりながらドアノブに手をかけて、部屋を出ると慌てて扉を閉める。
そして駆け出そうとした時には赤髪の男が目の前に迫っていた。
「うわあっ! 」
俺は思わず叫ぶとなんとか止まろうとしたが間に合わずに赤髪の男にぶつかる。
あまりの衝撃に吹っ飛びそうな感覚を覚えながら思いっきり尻もちをつく。
突き刺すような痛みで意識が吹っ飛びそうになりながらも赤髪の男に視線を向ける。
「いってぇ……。」
赤髪の男は立ち上がると尻もちをついたまま動けなくなっている俺を見つめる。
その刹那、横の扉が開くと金髪の男が現れて耳を
「こんの……クソガキ! 」
しかし俺としては間違ったことはしてないし、ましてや俺をクソガキとは聞き捨てならないと思いながら金髪の男に対して構える。
ピリピリとした空気の中で赤髪の男が気だるそうに立ち上がると口を開く。
「はぁ……なんの騒ぎだ?まさかだと思うがこいつに暴力とか振るったりはしてないよな? 」
「してない!むしろボクは笑顔で親身に近づいただけなのに体当たりされたんだぞ。捕まえて懲らしめるくらいしたいけど――」
金髪の男は腕を組みながら
それに対して赤髪の男は呆れたような表情を浮かべながらため息をつく。
「懲らしめるってお前こいつに何する気だったんだよ。まぁ体当たりされたのはご
赤髪の男はにべもなく言い放つ。
それよりも彼の発言に妙な引っ掛かりと恐れに近い感情を覚える。
俺は蚊帳の外に置かれていることなど気にもとめずに記憶を呼び起こしてみてもぼんやりとしていて思い出すことなど到底出来そうになかった。
「しかし……お前、ずっと
突然赤髪の男に話を振られて心拍数が一気に跳ね上がった。
そして素振りを見る限りどうやら俺を殺そうとするつもりはなさそうだ。
記憶がない今の状況では彼らを少し信用した方がいいだろう。
俺は正直に言った。
「実は記憶がないんだ。ここがどこかも俺が誰なのかもわからない。」
「えっ!つまりここが季節の国ってことも知らないのか? 」
金髪の男が驚いた表情を浮かべながら俺に顔を近づける。あまりにも近すぎて困惑しながらも俺は頷いた。
「現国王もここに来た頃とほぼ変わらなかっただろ。問題はこいつが名前まで忘れてしまってる事だ。名前がなければ色々不便だろ。」
赤髪の男は困ったような素振りを見せる。
改めて赤髪の男を見ると
「そうだね。とりあえずキミの名前は“リネイム”くんでどうかな? 」
金髪の男は俺から顔を離すとにこやかに笑いかけた。
別にその名前が気に入っていないわけではない。しかし心のどこかに抵抗があり、それが段々と拒否反応を起こしていたのだ。
俺は首を横に振ろうとした時、赤髪の男が割って入るように口を開いた。
「そうだな、いい名前じゃないか! 」
それを聞いて俺は絶句した。まさか俺に選択する余地も与えられないとは思わなかったのだ。
まさかそんなに軽々しく名前をつけられるとは思ってもみなかったが、それ以外に最適解など見つかるわけでもない。
「あっ、記憶がないってことはボク達の名前も知らないよね。ボクの名前はアステル、アステル・インクワイヤだよ。」
金髪の男はしゃがんで俺に目線を合わせると再び笑顔になって自分の名前を述べる。
「オレはソル・セイバーだ。
この国は安全だ。なにせ4つのオーブがこの国を守っているからな! 」
ソルは誇らしげに拳をぐっと胸の前で握る。
しかしそんな彼とは裏腹にアステルは俺から離れると腕を組んだ。
「安全とは言えないよ。最近ウェール近くの迷いの森で異臭騒動があったんだ。今日その街の長が迷いの森に捜索に行くらしいけど……。」
彼の言葉により一瞬でピリッとした空気に変わる。あまりにも唐突に場所がふたつも出てきて俺の頭は混乱しそうだった。
俺はその事について訊ねたい気持ちに駆られたが、彼の真剣な顔を見ていると
「大したことじゃないだろ。また30年前の再来でも言うのか? 」
ソルはニヤニヤと笑いながらアステルの肩を叩く。またということはおそらく前にそのようなことを言っていたのだろう。
しかし30年前にどんなことがあったのかなど俺の記憶にもなくどれほど深刻な事が起きているのかなど想像がつかなかった。
「30年前に何があったんだ? 」
俺は2人の間を割って入るかのように訊ねるとアステルが口を開いた。
「リネイムくんは知らなかったよね。1度魔女たちがこの国で異変を起こして滅びかけたんだ。」
そんな彼を俺はただ見つめながら話に耳を傾けていた。彼は話を続ける。
「なんとかボク達が異変を解決して今があるんだ。だからこそ再来なんてことがあったら――」
アステルの熱弁が何も通さなくとも直接伝わる。
熱意を持つということは何かしらあると想像がつくが、そんなことよりも自身の記憶の方に意識を集中すべきだろうと脳が判断した。
そんな彼に対してソルが口を挟む。
「まぁそんなことはないだろ。あったらまたオレたちが解決すればいい話だ。」
彼は
俺は不思議な感覚を覚えながら彼がどうにかしてくれるだろうという気持ちになっていた。説得力がある訳では無いが、彼の言葉にはその気にさせるような力があったのだ。
「そう気楽に言えるなんて羨ましいよ。ボクは今から迷いの森に行くけどソルくんはどうする? 」
アステルはため息をつくと扉の方へ向かう。
彼はおそらくあの異臭騒動の調査に行くのだろうか。俺としては街の長が出向いているにも関わらずそこに行くことに理解が出来ない。
「オレも行くぞ。しかしリネイムをどうすべきか……。」
ソルは撫でる手を止めて考える仕草をする。そんな彼をアステルは見向きもせずに俺の腕を掴んだ。
まだ体当たりしたことを根に持っているのか分からないが、彼の掴む手が強くて抵抗など不可能だった。
「勿論行かせるよ。異臭騒動とリネイムくんはなにかリンクしてそうな気がするんだ。」
ここまで行けば強行突破しなければ気が済まない頑固な性格ではないかと勘ぐってしまいそうになる。
「おい、オレだけじゃなくリネイムも巻き込むなよ!アステル!聞いてるのか! 」
ソルは必死に追いかけながらアステルに向かって叫ぶ。しかしアステルは聞く耳を持たずに外への扉を開いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます