第4話:暴走する力と記憶

「何をしているってそんな大したことじゃないぞ。」


彼の質問に対するソルの答えは素っ気ないものだった。

彼は俺よりも頭1つ分背が高い軍服の男が声をかけたとなんて思ってもいないだろう。

男は軍服と同じ色の髪の毛をなびかせるとユーピタの方へと歩みを進める。


「あ、あの……迷いの森で異臭がし始めて私アステル騎士長とソル副騎士長に助けを求めてました。しかし――」


彼の受け答えに不安を覚えたのかユーピタが動揺しながら軍服の男に説明している。

アステルとソルがこの国の騎士長と副騎士長という事実に驚く。おそらく30年前の大異変の解決による功績だと察することはできるが、流石に昇格にしても早すぎるのではないだろうかと疑問を感じ得ない。


その刹那、街いっぱいに鳴り響くほど高い音が聞こえた。

俺は咄嗟とっさに振り向くと右頬を押さえているユーピタが視界に入る。彼女の瞳には右手を振り上げて2発目の用意をしている軍服の男が映り込んでいた。


「街も守れないし人も守れないか。お前はなんのために街の長に選ばれたんだ。コネか。血族か。言え。」


男は睥睨へいげいしながらもユーピタに2発目を放つと鋭い音と共に彼女は頬を叩かれてその場に崩れ落ちた。

それに対してアステルとソルは微動だにせずただ彼女を見つめている。


「ごめんなさい……ごめんなさい……。」


彼女は泣きながらも無抵抗のまま男に叩かれ続けている。

俺は彼女が叩かれる様を見ながら謎の既視感きしかんを覚えていた。確か俺もこのような経験をしたような気がするのだ。

しかしこの状況に至るまでの経緯が判然はんぜんとしない。それが明白になれば俺の記憶の一部全てを思い出せそうな気がするが。

ふと脳裏に失われた記憶からの映像が浮かび上がった。黒髪でつり目の男がこちらに右腕を振り上げたかと思えば一瞬こちらを離れて剣を抜いている。

だが、その男が一体誰なのかは見当けんとうもつかない。

ふつふつと恐れと共に全身の血が逆流するほどの怒りが湧き上がっていた。性格が違えど昔の俺みたいな目に遭って欲しくはないという意識が勇気を与えてくれる。

俺はユーピタの目の前に立つと振り上げた男の右腕を受け止める。

あの時の俺と彼女の状況には明確な違いがあった。第三者がいるかいないかだ。

この状況は完全な第三者である俺でしか変えられないと思うと自然と掴む力が強くなっていく。


「リ、リネイムさん!やめて! 」


ユーピタの悲鳴で俺は我に返ると同時に現実へと引き戻される。しかし手遅れだったのか枯れ枝が折れるような嫌な音がすると男の右腕があらぬ方向へと曲がってしまった。

初対面早々腕をへし折る奴がどこにいるのかと呆れそうになるが、起こってしまったことは仕方がないと言われれば否定はできない。


「リネイム……か。」


突然軍服の男が抑揚のない声で俺の名前を言う。その声とハイライトのない瞳が得体の知れない恐怖をさらに掻き立たせる。

重苦しい空間が支配する中で俺は意地でも無言を貫こうと男を見つめていた。


「お前の無礼をめんじて言う。オレの用心棒にならないか。」


普通ならば初対面で腕をへし折った俺に殺意を持つはずだが、用心棒になれとはふざけた話だと苦笑する。

それ以前に異変解決のカギになると言っていたアステルが引き止めてくるだろうと俺は思っていた。


「その前にオレの名前を言い忘れていた。オレはユラナス・ジョーカー。隣国ジニアスの王子を――」


「ユラナス様。ちょっと待ってください。」


ユラナスが抑揚のない自己紹介する途中でアステルが遮る。

俺の予想通り彼が俺を引き止めるようなことを言うかと思っていた。だが彼の発言は予想と思わぬ方向に行ってしまった。


「リネイムを用心棒にさせるということはあの……これからユラナス様はどうするのですか? 」


「オレはほかの街を回ったあとに国王に謁見するつもりだ。しかし用心棒が居なくてお前に訪ねようとしたらただの兵士よりももっと良い奴がいるとはな。」


どうやら俺はかなりめんどくさい事に巻き込まれたようだ。

少なくともソルかアステルがユラナスを止めていればこんなことにはならなかったはずだが、隣国の王子相手となればそうとは行かないのだろう。

完全に蚊帳の外にも置かれてしまったユーピタは困惑を隠せないのかアステルとユラナスを交互に見ながら途方に暮れていた。


「ユラナス様、申し訳ないですがそれはボク達騎士団の仕事です。ボク達に任せてください。」


「しかしお前たちはこの街の処理に忙しいだろう。オレの好意を無下にするつもりか。」


アステルとユラナスの白熱した口論に水をさすように先程まで黙っていたソルがぽつりと呟く。


「うへぇ、まだ2人とも口論しているのかよ。」


確かに彼の言う通りだと俺は頷くと周りを見回した。俺たち以外に1人もいない閑散かんさんとした街と何かが腐ったような異臭が漂っている。


「――ああ、分かった。お前たちに任せる。」


しばくしてユラナスが痺れを切らすとアステルに折れて決着が着く。俺は長い口論の終了に一息ついているとユラナスが再び口を開いた。


「しかしオレのわがままを聞いてくれ。ほんの数時間……いや、数十分でいい。リネイムを借りてもいいか? 」


彼は先程のアステルに対してやや高圧的な態度を取っていたが、先程折れたせいかへりくだるような態度へと変わっていた。それほどまで彼は俺が必要だったのだろうかと疑問が浮上してもそこまで彼に深掘りをする気にもならない。


「い、いいですがリネイムくんに何をするんですか? 」


「リネイムをちょっと修行させるだけだ。それなら問題ないだろう? 」


アステルの疑問に対してユラナスはニヤリと笑いながら答えるとアステルは笑顔を彼に向ける。


「分かりました。ボク達は今からユーピタとやるべきことをやりますので終わり次第ボクか副騎士長に報告してください。」


ユラナスがわがままを言っていた時に俺は再び口論が起きそうなことを薄々感じていたが、どうやら杞憂きゆうに終わったようだ。俺は胸を撫で下ろすとユーピタに視線を移した。

彼女は漂う悪臭の中を耐えるように空を見上げている。その姿はまるでアスファルトに芽吹めぶく草のように美しく感じた。

しかし現実に引き戻すようにユラナスが俺の手首を掴むとそのまま引きずるように歩き始めた。



俺とユラナスは誰もいない閑散かんさんとした街を横目に舗装ほそうされた道を歩いていた。

聞こえるのは俺たちが歩く音だけで時々砂利を踏んだ音を立てる以外は単調な音が続いている。

俺はあまりの沈黙に耐えきれなくなり、重い口をようやく開いた。


「ユラナス陛下、1つ質問していいか? 」


「なんだ。」


ユラナスの答えは素っ気なかった。


「なんで俺を用心棒にするとか突然言い出したんだ。」


「なぜかって本能的にお前を敵に回したくないと思ったからだ。」


やはり彼も腕をへし折るやつなど相手をしたくないと思ったのだろう。

しかしそこまで考えているのならばアステルに折れた理由が分からない。折れた後に借りる約束をしたのも俺を用心棒にするための作戦だったのだろうか。

いや、流石にやるとしても労力に対するリターンが少なすぎる。きっと別の理由があるはずだ。


「いや、それは嘘だな。本当ならば意地でも俺を用心棒にしようとしたはずだ。他にも理由があるんじゃねぇか? 」


俺はユラナスを問い詰めると彼は鼻で笑った。


「全く勘の良い奴だ。しかし今のお前では知らなくてもいい。いつか知る時が来るからな。」


ユラナスは意味ありげな言葉を呟くとそれ以降は黙り込んでしまう。

残ったのは俺たちの単調な足音だけだった。

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